第137話 足軽大将
【天正七年 荒木信濃守村重】
「降伏に当たって、先の城主を追放した不忠の徒、森下、中村は切腹とする。荒木は我が陣営に加われよ」
降伏の条件を持ってきやがったのは高山右近であった。まったく久しぶりのことだ。
「かたじけなし」
森下と中村は礼をしてやがる。
「わしを再び家来にすると大隅殿は仰せか」
「ああ」
こくりと高山が頷く。
「一度は一の一文字の元、戦ったものであろう。お主は。それに此度の戦で殿はぬしの才を感じ入ったものぞ」
高山はべらべら喋る。こんなに喋るやつだったか。いやどうであったか。いまいち覚えていない。
だが、まあわしの言葉は決まっておるがな。
「笑止」
人差し指で高山を指差す。骨に薄皮一枚がかぶさっているだけの貧相なこのわしの腕が目に入る。
「わしを家来としたければこ奴らを生かせ。生かせなければわしも死ぬ。そして地獄を征伐してくれるわ」
「それが返答か」
横に控えていた森下と中村がざわつく。そのざわつくせいなのか高山はどうにも浮き上がった。
遅れて無言で頷いたわしを見て、高山は下がっていった。
【天正七年 山田大隅守信勝】
「あいつがそんなことを言ったのか」
村重の条件は森下と中村の助命か。いい家臣なのかそうではないのかはわからないがあいつが言うのであれば、いい家臣なんだろうな。
「森下、中村の助命か。それでは山名殿は納得しまい。それに奴を信用できるか」
祐光が呟く。
追放された山名殿は今現在、姫路城でおれに養われている身だ。
所領もなにも無いおっさんだが元々、四職に数えられた家柄。室町を引き継いだおれらにとっては大事にしなくちゃいけない。
あ、前約束した山名に権力を渡すって言うのは無し。だって太郎生まれたし、あいつ所領無いし。ニートだし。一色につぐ二代目ニート。
「迷うな」
今の心情を吐露する。率直に。降伏となったが処分が一人もいないとなればおれの家来、豪族共は不平を鳴らさないか。
こんなときあいつならどうするんだろうか。信長なら。
義輝様だったら切るんだろうな。義昭公だったら殺すだろうな。でも信長だったらどうだろうか。
あいつは強いようで弱い。でも強い。訳わからないやつだ。だが、おれを重臣に引き上げた奴だ。
海とも山とも知れぬおれをな。
「ふう」
言葉に出る。嘆息の言葉が。
「村重かあ。結構、てめえらと仲良かったよな」
「ん。そうですね」
摂津からの家臣が頷く。あんな野望の塊だったあいつは結構人付き合いが良かったりする。
更に最近やっと見慣れた中指がない右手を見る。
おれがあんなことをやったなんて考えたこともなかった。今でも。
村重の違ったところ、中々他人では判断できないところがあるのかもしれない。
あいつは自分を信用しすぎている。だが、森下と中村を信用したか。
人は変わるなら、それはきっと村重もだしおれもだしこいつらもだ。
ならば、信じてみようか。
「いいぜ。村重を足軽大将とし森下と中村は足軽組頭に遇し、寄騎とすると」
「てめえはいつも賭けるな。だが、それでいいんじゃないか」
「はげ祐光が」
意味がわからないが、これでいい。
【天正七年 荒木信濃守村重】
「はん。足軽大将か。それに名門山名の家老が貴様らが馬の骨の山田の足軽組頭とは」
「はは。中々面白き人生ですな」
ふん。どこまでいっても馬鹿な奴等だよ。
「わしを忘れておりますな」
高杉がその細顔を見せてくる。
「主など知らん。毛利に帰れ」
「先達ての鳥取落城により伯耆の我が実家は南条に下りましてな。南条づれに使われるなら、殿に使われるならほうがいい」
掠れた笑い声が出てくる。
天人がいる地獄というのがあるならそれは間違いなくここだろう。
そしてあの憎き山田大隅守なる愚将にて猿もどきにて不世出の豪運がしたり顔で座るあの場は悪魔のいる地獄だ。
だが、いつか天人のいる極楽にしてみせるさ。
わしがこの手でな。
「大将に会いにいくぞ」
まあ、出戻りだ。
「よう。荒木 。久しぶりだな」
それは相変わらすの馬鹿顔であった。
「相変わらずなご尊顔で」
「褒めてんのか」
「勿論」
そんなわけあるか。馬鹿。
「足軽大将に下がったが、まあ頑張れ。軍議に出させてやるから」
「はい」
思い切り笑ってやった。
「相変わらずな笑い顔だな」
「褒めてますか」
「いや」
まさかこいつと同じかよ。まあわしはここから大名になり山田家を牛耳り幕府で台頭してやるよ。まあ待っとけや。すかんぴんで甘ちゃんであっぱらぱーの山田君よ。




