第133話 本番
【天正六年 山田大隅守信勝】
おれたちの戦略は如何に尼子殿の雁金攻めから目をそらさせるか。この一点に尽きる。
その為、おれは敵を圧迫するために本陣を帝釈山に置いた。
鳥取と帝釈山は近い。尋常じゃないくらい。まさに目と鼻の先。
更に特注で作らせた特大の金の唐傘。これも目立つはずだ。
木枯らしのような風が吹いて、おれの体を冷やそうとするが、そう冷えるもんでもない。
負けらねえ。
拳を握り、鳥取をじっと見ていると自然に口許がほころんだ。
へっ。
間違いなかった。あの年の割には若く見える顔に、その分厚いあごひげ。そして、相も変わらない生意気そうな、あの目。
村重だ。
ふいに、村重と目が合った。どうするつもりだ。睨むか、無視するか、それともそらすか。
だが、奴はにやけやがった。おれもそれにつられた。それでいて奴は、おれから目をそらさなかった。
「村重っ!こら!なにがんとばしてるんだ!阿呆が!」
当然の如く、奴はおれの煽りを無視する。
【天正六年
荒木信濃守村重】
周りで打ち鳴らされる金槌や釘の音は間違いなく鳥取の者共の感覚を刺激していた。
「……殿、いかがなさいますか」
思案顔の高杉の声を聞くが、目はやらない。
「捨て置け」
どうせ、勝負が決するのは雁金だ。このようなものなど、砦の作成などどうでもいいことだ。
山陽には宇喜多をおき、山陰には南条をおき、そして海路は水軍に封鎖させ自らは鳥取をぐるりと囲んだ。
見事な包囲網。だが、それがどうした。
結局、雁金がすべてだ。
雁金を落とせなければ、戦況は膠着し鳥取はおちない。その間にやってくる毛利の援軍によって山田の勢力は崩壊する。あの梟雄の宇喜多が山田の凋落と見れば、裏切らないはずがない。
そうすればやつはどうなるか。
間違いない。やつは滅亡する。
周囲を敵に囲まれている幕府にとって信長が中央に鎮座しなければならないのは絶対。それが毛利来襲、山田劣勢となれば、出陣しなければならない。
そうなれば、幕府は中央より崩れる。滅亡にまでは至らぬが、信長の天下統一は大幅に遅れる。
そこで毛利に負ければ。信長は終わりだし、勝っても山田は責任をとらされ、よくて所領没収。悪くて切腹。やつは終わる。その場合の毛利がどうなるかなど知ったことではない。
わしはどうにかして鳥取城主として生き残ってやる。
「支城群に伝令を出せ。取り乱さぬようにと」
ただでさえ、帝釈山に本陣が置かれ動揺が大きいのだ。なんとか息を潜めてもらわねば困る。
言わば、これは新しい合戦。ここまで大規模の兵糧断ちなどない。
流れる汗を拭こうなどとは思えなかった。
【天正六年
山田大隅守信勝】
「旦那ぁ!」
「なんだ」
職人の一人が、本陣までやって来た。
「木材がたりませんぜ」
「長盛!どういうことだ!」
材料の手配などはすべて長盛にやらしてある。しかしこいつはミスをしないのだが。
「ええっ」
驚いたとすぐにわかる声を出した長盛はすぐに図面を見ながら、目を走らせた。
「……申し訳ございませぬ。某の間違いでございました」
顔色が青くなっているのがわかる。こんなんを見るとやはり、なんだか可愛そうに思えてくる。
「足りるか」
「……いえ」
「買え。銭は出す」
暫しの沈黙が流れた。
「……わかりましたか?職人殿」
「へいっ」
走って出ていくのを見て、おれは息を吐いた。
緊張しておるのか、長盛の野郎も。
舞鶴の頃から見てきたがこいつが計算ミスをするなど見たことがない。
だが、扱う額も額だし、戦略も戦略だ。
「長盛……勝つぞ。なんとしてでも」
「……はい」
弱々しく呟かれる返事を聞いた。しかし、砦の着工具合は予想以上に早い。これならいよいよ本番に移るか。
「伝令をだしてくれ。各自、手筈通りにやれと」
だめだ。変に緊張してきた。
【天正六年
荒木信濃守村重】
「軍議だ」
そう言って、部屋に集まったが別段、何を言うこともない。ただ、鼓舞し、奴等が雁金を狙うそのときを待てと言うだけだ。
「それでは-」
口を開いたその時、耳をつんざくような火縄銃の音が聞こえた。
この音の大きさ、帝釈山か。
山田めが。威嚇のつもりか。
憎々しいやつの顔を思い浮かべたその時、まるで咲き誇る花のように、大量の銃声が響き渡った。四方からだ。
「なにごとぞっ!」
「敵襲か!」
ざわめく家臣団のによって花は摘まれる。
「報告致しますっ!」
滑り込んできた伝令は肩で息をしている。
「前田部隊、大手門にせめかかりました!」




