第131話 そんなこんなで土下座を
【天正六年 山田大隅守信勝】
但馬から祐光がやってきたのは使者をやった翌日だった。夏らしく蝉の声がこだまするなかでのことだ。
「よう」
「おお。但馬一国、大過なく治めているんだってな」
広間で正座する祐光はあごを掻いた。
「当然だ」
すぐに言葉を付け足して、
「誰に言ってやがる」
「へ」
相変わらず可愛げのない男だ。
「官兵衛」
おれが脇でじっとこのやりとりを見ていた官兵衛を見る。
「はっ」
「やるぞ」
この大広間にはこの三人しかいない。こいつらと一緒に決めた策を後で皆に話し、なにか意見があるなら議論する。つまりここの三人の話し合いで大枠は決まる。
「鳥取は兵糧攻めだ」
「ああ。そうだろな」
「ん」
知ってやがる風だ。
「そりゃ知ってるわ。但馬は因幡の横ぞ」
派手にやったつもりはなかったが。派手だったのか、それともこいつが情報網を張り巡らしているのか。
「如何に雁金を落とすかだ」
おれがふうと溜め息をつく。鳥取の支城群の中央に位置する雁金の攻め落とし方。これが難点だ。
「……論点をかえるべし」
「かえる?」
唸るような祐光の言葉におれはいぶかしむ。
「……つまりは誰に攻めさせるか、ですか」
「さすが小寺殿。どこかの大隅守とは違う」
あれえ。おかしいぞ。大隅守ってこの日ノ本に一人しかいないんだけど、そいつこの男の主君だぞー?
まあ。いい。誰に攻めさせるか、か。
「意表をついて、おれがするか」
「それも想定内だ」
ばしっと言われた。ばしっと。
「山田様。雁金を攻めるなどという命懸けの行為。山田様に命を懸けるはずのない人を選びなされ」
「……尼子殿か」
すぐにわかった。官兵衛の顔をさっと見るが目が合うや否や、すぐに顔を伏せやがった。こいつ、やっぱ基本的にはへたれだ。
「そうだ」
軍学オタクで狂人の祐光は平然と頷く。
「わかった。恩賞は鳥取城だ」
「こ、これは壮大で」
へたれ40%軍師、もとい官兵衛が今日、一番の大声を出した。おれはそれを睨む。
「当然だ」
言葉が少なかったのかもしれない。信長が移った。だがこれで十分だと思う。
「どうする?呼ぶか」
「いや」
膝を上げながら前を見る。
「おれが尼子殿のとこにいく」
一文節ごとに区切る。なにかすごく重苦しい雰囲気から逃げ去るようにおれは部屋を出た。
「尼子殿」
「おお。山田殿」
屋敷に上がったおれはその場で正座をし、頭を下げた。まあ土下座をしている。
「頼む。雁金攻めをしてもらいたい」
「……」
無言。そりゃそうだと思う。おれが助けられなかったから尼子殿の家臣が死んでいった。それに命懸けの任務をやれと言われている。
恩賞は鳥取城だと口を開こうとしたその時、頭上から言葉が降ってきた。
「御意。頭をお上げ下さい」
おれは思わずすぐに頭をあげた。
「いいのか」
「はい」
頷き、尼子殿は涼やかな眼差しを遠くに投げた。
「生き抜く為に死ぬ気でやる。それが死んでいった家臣への示しですから」
「……恩賞は鳥取城だ」
「これはまた過大な」
にこにこと尼子殿は笑う。
「そうでもねえだろ」
おれもそれにつられて笑い、屋敷を出た。
【天正六年
荒木信濃守村重】
「荒木殿」
「あ?」
わしの後ろをついてくる高杉にげんなりとした顔を寄越す。
「何故、鳥取城主についたのですか」
わしが無視して歩き続けると、構わずに高杉は言葉を次々と投げ掛ける。
「失礼ながら、武人としてのご生涯を閉じられた身。どうしてでございますか」
いい加減、うっとおしいし、答えてやらないこともないような気分だ。今は。
「山田を殺す為さ」
「ほう」
間延びした声の高杉にいらついた。
「奴は色んな奴に恨まれている。が、そのなかでもわしが殺さなくてはならない。これは絶対なんだ。その為だ」
「……何故?」
言葉に詰まる。何故か山田にむかついて何故か山田を嫌う。ただそれだけ。理由などどこか遠いところに置き忘れたように思い出すことができない。そもそもあったのかすらわからない。
「……さあな」
そんな感情を曖昧な言葉でごまかして、わしは広間への歩みを進めた。幸いにも高杉はそれ以来、言葉を発しなかった。
切るところ、迷いました。
次には対陣までいけると思います。




