第130話 明日と明日
【天正六年 山田大隅守信勝】
「鳥取の米、買い占めましてございまする」
「よくやった」
多羅尾が報告に来る。鳥取城も米蔵をを開けて米を売ったと聞く。
「しかしすぐに鳥取方も美作に人をやり米を買っているとのこと。一人見つけ、切り殺しました」
「早いな」
兵糧の欠乏にもう気付き、そしてすぐに手を打つとは。おれの目論見が兵糧攻めであることをもしかして勘づいているのか。あ、そういえばまだ鳥取の城主の名を聞いていない。
「鳥取の城主は誰か」
正史だと吉川経家だったと思う。うろ覚えだが。多羅尾の顔が一瞬、曇った。
「御敵の名は荒木信濃守村重」
「なに?」
忘れるはずがない。幾度もおれの目の前に立ちふさがり家族を皆殺しにされながら逃げた男。まさかまた戦うのか。
「次は殺す」
おれは薄く笑った。
「官兵衛を呼んでくれ」
「はっ」
【天正六年 荒木信濃守村重】
「各々方、これは補給合戦と考えられよ」
「補給合戦?」
高杉の間延びした声が響く。
「敵が狙うは兵糧の枯渇。即ち狙うは雁金山の制圧。これはまさに補給合戦と相成る。中村殿」
「はい?」
小声で中村対馬が返事を寄越す。
「兵糧はいかほど持つかご存じか」
「……半年ほどかと」
「いいや三ヶ月だ」
わしは対馬の発言を食いぎみで返答する。
「敵は必ず鳥取の民を幾人か殺し民を城に生い立てる。ここの兵糧は食い潰される」
「……さすれば如何するおつもりで」
ふうと短く息を吐いて、既に切り揃えざんばらではなくなった髪の毛を触る。
「これは仕方がない。防げぬこと。だが補給合戦と申したはずだ。既に戦は始まっておる。米の管理は厳重とし決して不足を悟らすな」
兵糧がないとわかれば兵はどうでるかわからない。しかもわしは外より入った城主。それこそ殺されるやも知れぬ。
「それと雁金は今のままでいい。下手に兵を増やさば山田に悟られる。そして恐らく、毛利の補給を邪魔するは奈佐水軍。安心せい。弱点は存じておる」
「弱点?」
「ああ」
わしは人差し指を一本建ててその固められた拳を見る。わしにはあるのだ。中指が。お主にはないものをもっておる。この差が、一度落ちたか落ちてないかが勝敗を決めるのだ。
「奴等は最近の増えた銭で大型船を揃えた。がそれ故操船は慣れておらぬ。そこを叩けと村上水軍に申せ」
「御意」
間髪入れずに返答し、立ち上がった高杉はすぐに走って大広間を出ていった。
「城主殿」
森下出羽守が片手を挙げた。
「なにかね」
「この城、落城のさいも我等を見捨てるおつもりか」
場に緊張が走る。存じておる。わしの悪名など。だがどうということはない。
「なにを言う。鳥取は落ちぬ。その為にわしは来た」
これは偽るべからぬわしの本心だ。
【天正六年 山田大隅守信勝】
「毛利を真似致しませ」
「うん?」
招いた官兵衛はまた要領を得ないことを言った。
官兵衛は地図上の鳥取の横、帝釈山にぽんぽんと指を叩いた。
「ここに御本陣を置き、周りに上月が如く付け城を築かれよ」
「兵でつくるか」
「いえ。京で多い職人を雇われませ」
そうも銭が掛かるか。おれがぽりぽりと頭をかいていると、襖が開いた。
「申し上げます!奈佐水軍、敗北し鳥取に兵糧が運ばれました」
……やるな。村上水軍か。それか村重がいらぬ知恵を吹き込んだか。それはわからないが、たしかに銭はかけるべきだ。
「宇喜多の家臣で小西弥九郎をご存じですか?」
官兵衛の問いにおれは腕を組んだ。はて。弥九郎。小西弥九郎。どこかで聞いたことがある。
「そのもの和泉の豪商の小西隆佐の息子にございます」
「そいつを向かわせてその小西から銭を出させるのか」
「はい。それと我らの金で木材と職人は大丈夫でしょう。あとは大量の火縄銃が必要」
成る程な。今回で最も大事なことは雁金攻めから相手の目をそらすこと。それに必要銃必要ということか。
「明日、祐光を呼ぶ。策を決めるぞ」
「はっ」
【天正六年 荒木信濃守村重】
「荒木殿」
「高杉か」
部屋で髪を溶かしているとこいつが入ってきた。
「村上水軍のお手際、お見事で」
「やめい。わしの手柄ではないわ」
あんなもの手柄と言わぬ。
「しかしこれで家臣の見る目も変わりましょうぞ」
「いいや。お主の言う通り扱いにくい。面従腹背がわかるわ」
瞳を閉じるとあやつらの覚めきった目が、目が思い浮かぶ。
「御難儀ですな」
「ああ」
深く息を吸い、鼻から息を出した。繰り言を行っても仕方がない。やらねばなるまい。
「明日、家臣を掌握する」




