第129話 鳥取の統率
【天正六年 山田大隅守信勝】
鳥取を落とせば他の商人からも金が借りることができる。ようは信用の問題。そこはおれがいた未来とそう変わりはない。だからこそ、ここで鳥取を落とすことが可能ならばどこまでも銭を使える。
たとえ借金してもだ。
「補給合戦とでもいうべきものでしょうか」
「補給合戦?」
部屋に招いた官兵衛に仔細を話したところ、放たれた聞き慣れない単語に顔をしかめた。
「敵の補給路を絶つのが最も重要。しかも鳥取ほど大規模な城を相手にするなど未曾有の大戦」
「勝てば明智を超えれるか」
「わかりませぬが可能性は高いかと」
おれはそれを聞くと、手元の地図に目を落とした。
「補給路を絶つにはやはりそこか」
「はい」
ふうと息を吐きながらその文字を見た。
雁金山と。
「既に呂宋の金で鳥取の兵糧は買い漁っている」
更にじきに米の売買を禁止するつもりだ。その分、米屋には銭を払うが。
銭を多羅尾の配下に預け、鳥取に潜入させ金に糸目を付けずに買わしている。
「ほかの銭は我らで用意するということですね?」
「そうだ」
おれは大きく頷く。これ以上、銭を借りては呂宋の介入を招きかねない。あいつはそんなやつじゃないと信じているが。それにこの場合の皆とは播磨、但馬の商人も指している。
「どれだけの銭がいるかな」
「増田殿に算用は任せましょう。しかし言えるのはおびただしいとだけは確実です」
「そうだな」
おれは微妙に口角を上げた。
「官兵衛、皆を集めてくれ。あ、播磨の奴等な」
但馬から祐光を呼んでは、どんな小言とキックを貰うかわからないし、あいつには鳥取のある因幡の監視という職務がある。
「存じております」
小僧たらしい笑みを浮かべた官兵衛はその場で頭を下げた。
「集まったか」
姫路城に集まった家臣たちを見回す。
「今回の鳥取攻めは銭が掛かる。だから」
おれはそこで言葉を区切り家臣の顔を見る。
「失敗すれば商人はおれらを見限る。おれは佐久間殿のように追放される」
家臣誰かが発した生唾を飲み込む音が聞こえる。
「だが、鳥取を落とせば毛利平定はぐっと早まる」
拳を握り目を見開く。
「だから、死ぬ気で働いてくれっ!恩賞はやる!いくらでもやってっやる!だから銭とお前らの命をおれに賭けてくれっ!」
さすがこの乱世をここまで生き抜いた男達だと感じさせる熱い眼差しがおれに降り掛かる。
「いくぞ!えいえいっ!」
「おうっ!おうおうおう!」
口々に喚かれるおうを聞きながらおれは場を立った。
【天正六年
荒木信濃守村重】
「荒木殿の寄騎を仰せつかった高杉と申します」
「ほう。寄騎か」
「は。荒木殿は家臣がいない故」
「鳥取に入るではないか」
わしは嘲るように、凛とした高杉の顔を一瞥した。
「山名家の家臣衆でございます。統率に難渋致しましょうぞ。でありますから拙者が付きました」
「わしも甘く見られた者だ」
「お言葉ながら」
高杉は手を広げ、わしを制止した。
「これは誰でも難渋するもの。殿は荒木殿を軽んじたわけではございませぬ」
「そうかい」
いちいち真面目な野郎だとその横顔を見た。するとなんだかおちょくりたい気分になった。
「貴様は随分山名に詳しいのう」
わざと間延びした声で言ってみる。
「はい。拙者、因幡の隣国の伯耆出身故。ですから彼らの扱い憎さはわかっております」
「ほう」
一単語発するとこくりと高杉は頷いた。
「山名は四職に数えられし家柄。だからその家臣は驕っております」
「そうか」
「特に中村対馬守、森下出羽守には気を付けられよ」
「案ずるな。わしは手段を選ばぬ男よ。存じておるだろ?」
家族を見捨て、家臣を見捨て逃げ去るというのは、つまるところ手段を選ばない。こう言える。
「はい」
高杉もまた理解したのか大きく頷いた。
「ようこそ。荒木殿、高杉殿。某、山名家家老をつとめておりました、中村対馬守と申します」
「同じく森下出羽守と申します」
ほう。この二人が高杉が言っていたやつらか。
鳥取城の大広間に案内されたわしは上座についた。
「早速だが、山田に対する策を話したい」
「それは心配ご無用。代々山名に伝わる方法を用います」
くそっ。たしかに高杉が言っていた通りだ。やりにくいことこの上ない。
「ならそれを教えてくれまいか」
「先祖伝来の方にて」
舐めているのか。ぎりぎりと歯を食い縛り怒鳴り散らしたい衝動を鎮める。
「なら武具はどうだ」
「ご安心を。豊富にございます」
「どれくらいか」
「お見せしろ」
そう言って運ばれてきた矢、甲冑は山のようにあった。
「これでも一部にございます」
ん?ちょっと待て。但馬を攻めとられた山名はそのための戦に大量の矢、甲冑を消費したはずだ。しかも負け戦。それに但馬を失った今、そこまで年貢が入るわけもない。なら何故。
……まさか。
「兵糧を売ったのか?」
「はい。米の売値が高騰しており銭を潤沢にする好機と。ご安心を、兵糧はこれより買います」
「馬鹿者っ!これが山田の策だとどうして気づかぬっ!」
顔が紅潮していくのがわかる。鳥取の米屋はもう米を持っていないだろう。この城も然り。そしてやつは領国の米屋の売買を禁じているはずだ。
ざわつく鳥取の家臣を睨む。
「急ぎ、毛利本家に兵糧輸送を要請致せっ!それに隣国の美作に赴き、米を買えっ!」
場がざわつく。
「はやくっ!」
怒鳴ると同時に床を思いっきり踏みつけた。




