第128話 村重
【天正六年 山田大隅守信勝】
東伯耆を領有する南条が裏切り、おれらについたことでおれたちが次に攻めるところが確定した。
南条と祐光に挟まれた鳥取城だ。
毛利は鳥取を属国にしてから、拡張を進め、これを山陰最大の城にしてきた。
これを落とせば山陰の有利は確定的になる。
これはやはり正史通りに兵糧攻めにするしかない。
まずは鳥取の米を買い占めるところから始める。
金を掛けるしかない。ここで負けたら宇喜多、南条の動向は間違いなく不穏になる。逆に落とせば毛利につく豪族はおれたちに膝下を揃え、忠勤を誓うはずだ。
「よう、呂宋」
「これは山田様」
堺の馬鹿でかい呂宋の屋敷に入る。あの時、舞鶴の頃とは比較にならないほどのでかさだし、なによりも呂宋の大商人らしい風格が時の流れを感じさせる。
「鳥取の米を買い占めろ」
「これはまた壮大で」
苦笑が返ってくる。
「一年だ」
人差し指をまっすぐ立てる。
「この一年、しこたま儲けただろ?」
宇喜多を傘下に納めてから一年。瀬戸内の利権を貪ってきたはずだ。
「ええ。もちろん協力させていただきますよ」
「ありがとう」
「明智様のご繁栄ぶりは凄まじいですからね」
ああ。とおれは無言で頷く。佐久間さんの追放も驚いたが、その権力を受け取り筆頭管領にまで成り上がりやがった。
「商人は目ざといですからね」
そう言った呂宋はでっちが出した白湯を飲み干した。
「遠く坂本にまで赴いて明智様に誼を通じようとしているものもおります」
「成る程な」
「最も、明智様はどれも贔屓にはしていないようです。商人に興味がないのかどうなのか」
「忙しいんだろうよ」
大坂、坂本、丹波の政務、それに筒井家の後見、さらに最近は朝廷の担当も任されたらしい。これでは忙しくないはずがない。
「だからこそ山田様に成り上がりして頂けねばならないのです」
「そうか」
おれは苦笑と共に立ち上がり、白湯を勢いよく飲んだ。
「銭がかかる。此度の戦は」
「お任せを。此度の出費は投資と見ます」
投資ね。なかなかおもしろいじゃねえか。こいつら期待している、だけではなくおれも親になったわけだ。誇れるように戦うしかない。
光秀。必ずお前を追い落とす。
【天正六年
小早川左衛門佐隆景】
騙して、潰して踏み越えて出世する。そんな血で血を洗うようなこの乱世においても理解不能な悪行をしたことがある男が目の前に一人。
兄上がこの男を呼び、我ら三兄弟で面談しておる。
「わしに泣き付くか。天下の大毛利が?えっ?」
にやつきながら笑うその男はかなり伸びた無精髭に囲まれた口をがばっと開けて哄笑した。
「まあ、そういふうに言えるやも知れぬがやって来たのは貴様自身であろう?」
兄上、駿河守元春がじっと男を見据えた。
「ま、そうだなぁ」
そう言った男はつまらなさそうに頬杖をついた。
「本題に入るぞ」
咳払いの後に、毛利家当主、備中守隆元が口を開いた。
「鳥取城に入り、これを守ってくれ」
「へ。家臣に適当なやつがいないか」
「恥ずかしながら。弟たちは他のことで欠かせぬ」
山田は一年余りで播磨を平定した。その手腕を恐れてのこの起用なのだ。最も、この者が本当にそこまで優れているのかわからないが。
「貴殿にやってもらいたいのわしらの援軍が来るまで鳥取を守ることだ」
じっと兄上はこの悪名高きこの男の顔を見詰めた。
「鳥取は天下の堅城。わしじゃなくても持ちこたえられると思うがね」
「そうはならない」
山陰方面の豪族を纏める、元春兄上が答える。
「織田に尻尾を振った前当主の山名は追放された、いわば鳥取は無主。外より入ったものがこれを押さえるは至極困難」
「ほう」
その男は無精髭を触る。
「城とは内より崩れるのだ」
「講釈を垂れるな。わしは落城を経験した」
「そうであったな」
そういうと、男はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、ぼんやりと視線を遠くに投げた。
「摂津は貰うぞ」
「討ち取ったあとのことを言っておるのか」
「それしかねえだろ」
馬鹿か、と言わんばかりの目線をわしに投げ掛けた。
「少々、気が早いな」
「負けるはずねえよ」
「山田に二度も負けた貴様だ。信用能わぬ」
「なんだと」
男は方膝をたててわしを睨み付けた。
「やめぬか。左衛門佐」
隆元兄上が鋭い声を挙げた。
「実のところ、わしらは山田がここまで勢力を伸ばすとは思っていなかったのだ」
播磨、但馬、備前、美作。伯耆半国、それに瀬戸内の利権。あやつはこれらを傘下に置いた。この一年で。
脅威的。だからこそこのような賭けに出るのだ。落ちたら奈落の危ない桟橋を渡りきるしかない。
「鳥取を統率できるか」
「任せろ」
大胆不敵とも自意識過剰、どちらとも言える発言を男はした。
「鳥取で山田を倒し、山陰山陽戦線を崩壊させてやるよ」
男はまたもや笑い、目を大きく見開いた。
「山田は殺す。必ずだ。この荒木信濃守村重様がな」




