第122話 朝廷権力
【天正四年 織田右近衛大将信長】
雑賀とひとまずは和睦を果たした。奴等の自由なども孫一が死んだあとにでもゆっくりとむしりとればいいだけの話。
いよいよ決着をつけねばならん。長きに渡りわれらと争い続けた本願寺とのな。
既に毛利水軍は破った。そして佐久間によって本願寺は既に全面包囲されている。このまま畿内の軍を率い本願寺に攻撃すれば皆殺しにできるだろう。だが、それだけでは駄目だ。
武家権力、朝廷権力、寺社権
力。この日ノ本の三つの権力を手中に納めなければ皇帝にはなれぬ。
武家権力はすべての武家がわれの足元に膝まづけば終わりだ。寺社権力も本願寺を落とせばいい。だが、朝廷権力は最も難しいが、ここで手にいれる。
朝廷権力と寺社権力の両方を手に入れてやる。
「光秀をよべ」
【天正四年
下間刑部頼廉】
「上人……」
上人は顔中に汗を浮かべ黙想をしている。かけるべき言葉が見つからん。
「なんや」
「これより如何すべきかと」
「それが見つかりゃ苦労せん」
ふうと息を吐き、目を開けた。紀州がわしらに手を貸せなくなったことでこの本願寺は勝てる見込みが最早ない。雑賀を恨んではならない。蹂躙され田畑が燃やされ族滅と思われていたのに、名ばかりの降伏、講和に持ち込んだには孫一の勝利だし、彼等に手を貸せなかったわしらの負けだ。
佐久間右衛門尉はさすがであった。
決して奇策は用いず愚直に包囲をした。こちらがいかにそれを邪魔しようとも執拗なまでに策は用いなかった。それ故にこちらも対策
が取りづらかった。その結果がこの蟻の這い出る隙間もなきほどの包囲だ。地味だがこれほど忍耐強くないとできないこともない。何故、織田にはこれほどの人材が集まる。
我等を封じ込めた佐久間に北陸を平定しはじめている柴田、四国を席巻している羽柴に丹波を掠めた明智、赤備を倒した徳川に各地で武功をあげる滝川、内政で活躍する丹羽、それに北摂津を鎌倉以来初めて統一し、播磨までも平定した山田。
なぜかくも織田には……
「やるしかあらへん」
上人の一言はわしの繰り言を打ち消した。
「やるとは」
「開けば掌……」
そう言った上人は拳を握った。
「握れば拳や。せやろ」
【天正四年
近衛従一位前久】
「大政大臣<おおきおとど>殿、よくこられました」
明智日向に官名で呼ばれた。わしは信長に安土にまで呼ばれた。
「これはこれは右近衛大将殿。なにようですかな」
「光秀」
信長はそう言って、顎をしゃくった。日向に説明させるらしい。
「近衛殿には、帝に本願寺は石山を幕府に明け渡すようにとの勅命をお出しになるよう働きかけていただきたく存じまする」
なるほど。石山は堅牢。無理に攻めれば損害は莫大であるから明け渡しを求めるのか。
「はは、お安い御用。してその場合の目付けは」
勅使が無事、その任を果たしかをみる幕府側の目付けは誰なのだろうか。やはり法印卿の官位を授かった松井殿であろうか。
「佐久間だ」
信長が出したその名に唖然とした。佐久間、佐久間右衛門尉だと。たしかに管領の地位にはある。地位にはあるが無官ではないか。無位無官の武士が人臣の最高位たるわしの目付けだと。
信長……朝廷を支配下に置くつもりか。
「左様であるか……」
なんとか、怒鳴り散らしたい衝動を抑え、笑った。
「近衛よ、坂本に滞在し光秀の饗を受けるべし」
なに。わしを京に返さぬつもりか。
「日向殿のもてなしを受けるとはこれまたよきことで……」
所詮は力無き公家にすぎぬ。わしはどうすることのできぬ。
坂本は無気味なまでに整えられてきた。塵が見当たらぬ城下に、城内はひのきの匂いがかすかにする。
「膳を」
日向がそう言い、手をあげると夕食が運ばれてきた。それは武士の食べる玄米ではなく白米、さらには音に聞いていた古の平安の公家の料理であった。
……見事。だが、わしが来るのを知っておったのか。
「近衛様」
「……なんですかな」
日向の顔は直視できぬ。その右目は何を見ているのか。てんでわからぬ。
「腹をお割りになられよ」
「はは、なんのことで」
汗が出てくる。
「右大将様の朝廷へのご姿勢に危惧をお覚えでござるのでしょう」
無理だ。取り繕えぬ。
「そうじゃ。一体、いかなるおつもりか」
「お考え召されよ。この未曾有の大乱。納めしものはいかほどの権力を握りますか」
「……考えられぬほどですかな」
「はい。ならばこれは肥大化を続けやがては朝廷すら飲み込みまする。こうなる前に朝廷を支配下に置くのが右大将様のご意志」
「訳がわからぬ」
なぜ今なのか。
「権力の拡大には不慮の儀が起こります。比叡山の炎上や高野山炎上など」
「し、しからば朝廷を燃やすとのことにござるか」
あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。千歳に渡り日ノ本にあり続けた朝廷が。
「いえ。そうは申しておりませぬそれに、大政大臣の地位、近衛家世襲とも取り計らえます」
冷静になれ。考えろ。朝廷を滅ぼすなどできるわけがない。そうだ。ならここで信長に恩を売ったほうがよい。度が過ぎるようであれば我等で協議すればいい。
「帝に奏上致しまする…」




