第121話 雑賀孫一
【天正四年 雑賀孫一】
弾は綺麗な軌道を描いて、信長の首に命中した。はずだった。
だが、天は無情というか最近鍛練していなかったツケガ高く付いたのか弾は軌道はいいくせに、外れ、信長自慢であろう南蛮冑の垂れに当たった。
ありがちでわざとらしい火花は、今この状態となればかっこいい。
信長の槍がおれに向いた。
「あれなる下郎を殺せ」
一斉に大量の火縄銃がこちらを向いた。
やべえ。
ここで死んでやることはできない。お前ら武士と違っておれは生きたいんだよ。
木から勢いよく跳ぶとその瞬間、火縄銃の音がした。
間一髪ってやつか。
膝を思いっきり地面に打った。
おれは思いっきり走り出し、昼下がりの温かい日差しの中を一斉に駆け抜けていった。
なんとか、城にあがったおれはそのままの勢いで床に寝転がる。正直、よく走った。
「頭領、山手より織田が……」
「山手に配置したやつらは」
「戻ってこねえ。多分……」
死んだか。しかし皆殺しかよ。おれの敗けだな。遠く淡河では将兵の命を救うために淡河弾正が腹をかっさばいたと聞く。
おれもその真似をしなくちゃならないのか。
覚悟はできていたはずだが、なにか無償に悲しい。
そうだ。おれは雑賀衆頭領。武士じゃあない。武士になりたかったらそうしたらよかった。けどならなかった。それはおれがこの道を、生き方を選んだからにほかならない。
自分で選んだ道だ。最後まで歩め。それが男だ。
「りんを呼んでくれないか」
なにかずっと一緒だったこいつには言っておく必要がある気がする。
「なによ」
相変わらず不機嫌だ。おれはそっと近付く。
「悪いな。最後まで抗うわ」
なにか、反論でもすんのかとおれは覚悟した。
「わかってるわよ」
「え……」
「なに」
更に顔が近づけられ鼻があたりそうになる。
「いや、てっきり反論でもすんのかなと」
「馬鹿ね」
そう言ったりんは少し背伸びをしておれに目線を合わせた。
「強情で、不器用でそれでいて鈍感なあんたのことぐらいわたしは知っているわよ」
「……そうだなぁ」
長年、ずっと一緒だったのにおれはこいつのことを何も知らなかったな。誰よりもまっすぐでそして強いこいつのことを。
戦略においても、戦術においても負けた。他の手は無い。だが、運とかいうそういう得体の知れないものを掴みとるために必死になって戦ってやる。
負けない方法はまだあるんだとおれは信じている。そうじゃないと楽しくないぞ。
「籠城の準備をしろっ!」
大名でなければ武士でもない。かといって野望があるわけでもない雑賀衆の力を見せつけてやる。
「おれら雑賀衆二千の力を魔王に見せてやれっ!」
全員がその持つ火縄銃を掲げた。こういう表現はさ、嫌いだが気が満ちている。この表現が正しいよな。
【天正四年
堀久太郎秀政】
落ちない。雑賀城が落ちない。二ヶ月囲んだがその敵の火縄銃の威力はやっかいだ。
孤立無援なるこのような田舎の小城。時間をかければ必ず落ちる。ただだからこそ幕府を名乗り、最大の武家であるわれらにとっては敗けに等しい遅延だ。
雑賀は並みの豪族ではない。だが、これはどう伝わるか。
既に敵の神輿に担がれし足利義栄は死んだ。だがまだ健在たる敵、毛利、武田、上杉、本願寺、北条からはどうこれを利用するかはもう明白だ。
織田は雑賀に負けた、と。
右大将様を盗み見る。何を思し召しかわからぬ無表情だった。
「伝令!」
ひとりの男が走ってくる。なにか戦況が変化したのか。
「雑賀孫一、降伏です!」
「……なに?」
今日、初めて右大将様が口を開いた。
【天正四年
雑賀孫一】
まあ、おれらの降伏は許された。条件は雑賀衆はこれより石山本願寺に手を貸さない。織田の条件は雑賀の自治を認め、本願寺には寛大な仕置きをすること。
佐久間が地道に完全な包囲網をしいた今、どうなるものでもない。
まあ、降伏は方便でようは講和に近い。おれは信長に呼ばれている。
「よく来た」
信長はなんかじっとこちらを見ている。
「どうも。降伏に参りました」
にやついてやるよ。おれらは勝ったんだよ。
「起証文にそれぞれ印を」
信長の側の訳知りがおなやつが差配してやがる。
回ってきた紙にはこのおれらの降伏の条件と、天下布武の印と、織田左近衛中将信忠の文字があった。
「安土大将殿」
「なんだ」
「ここにあんたの名前がねえけどどういうことだ」
「慎まれよ。織田の当主は岐阜におわす岐阜中将様だ」
さっきのやつが言う。岐阜中将。また新たなやつがあらわれたぞ。
「負けたんはてめえだろ。安土大将殿」
「貴様……」
「よせ。久太郎」
「は」
「雑賀。かせ」
そう言って信長はおれから紙を小姓に奪い取らせそこに名前をかいている。
おれはそれを受けとる。そこには確かに織田右近衛大将信長の文字があった。
おれもそこに雑賀孫一と大きくかく。
「これで終わりですね」
「そうだな」
「あ、そうだ。安土大将殿」
「なんだ」
とびっきりの笑顔を見せてやる。
「今度、安土に登らせて下さいよ」
「十文」
「はい?」
「十文払わば登らせてやる」
「じゃあいいです」
なんだか、十文も払うのは惜しい気がした。
「ふん。ならタダでいい。いつでもこい」
「あ、そうすか」
なんだか不思議なやつだよな。信長って。
おれはとりあえず雑賀に帰った。
「帰ってきたのね」
やっぱり、りんがいた。
「勝ったぞ。織田に」
これだけは言っておかないといけない気がした。
「降伏したじゃんない。そう威張らないで」
相変わらずつっけんどんな態度をしてやがる。
「でもね」
「ん?」
なんだ。
「おかえりっ。孫一!」
ああ。
おれが安土で見せた笑顔なんかよりも、もっといい笑顔だな。
柔らかな日差しは心地よくおれたちを包んでいる。
おれはりんの笑顔に向けて、歩き出した。




