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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第10章 狂気乱舞!!
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第118話 皇帝

【天正四年 山田大隅守信勝】


 淡河が腹をかっさばき播磨は平定された。奴との約束通り春王丸は三木の名主に預けた。あいつが命をかけてまで願った幸せな人生が幕を開けると信じたい。


 そしてだんまりを決め込んでいた宇喜多が備前、美作の豪族を取りまとめ、姫路にやって来た。


「ご挨拶が遅れ、申し上げございませぬ」


 完全に平伏する宇喜多こと狐の表情はわからない。


「出世したようだなぁ。いつの間にやら」


「山田殿も」


 ここで初めて狐は顔をあげた。薄ら笑いを浮かべてやがる。


「播磨を統一されたようですな。いつの間にやら」


 追従か。はたまた皮肉か。おれにはわからなかった。


「用件はなんだ。手短に言え」


「宇喜多家は幕府に臣従し、山田殿のご傘下に入り申す。後日、嫡男の八郎をお預け致します」


 丁々発止とはこのことを言うのかもしんねえ。


「後日?なぜ今日じゃない」


 少し、狐は体をよじった。


「もし山田殿がご乱心なされわしを斬るような場合、八郎も斬られてはおしまいですからな。八郎は岡山です」


「……はやく渡せ」


「はっ」


 こんな感じで宇喜多家、備前と美作はおれの勢力下になった。で、驚くべきことに宇喜多は瀬戸内に何も手を出していなかった。瀬戸内の利権はおれのものだ。


 ……呂宋と日本助に渡さなくちゃいけないけどな。


 しかもなんだか今日は来客が多い。


「殿、堀様がお越しです」


「堀だとっ」


 おれは思わず腰を浮かせた。堀は信長の取次。つまり普通なら安土を開けられないこいつがくるということはよほどのことだ。信長の家来、魔王の手先にすぎないおれにとっては信長の意向はとても気になる。


「ククッ」


 横で太刀を持っている助衛門が押し殺したような笑い声をあげた。


「なんだ?」


「慌ててますね。殿」


「黙っとけ」


 おれは、頭を叩いた。助衛門は笑ってやがる。


「山田様。播磨平定恐悦至極」


「おう」


 堀がまずは社交辞令的な挨拶をした。


「右大将様が安土に参るようにとのこと」


「……なんでかは知ってる?」


「さあ。しかし柴田様、羽柴様、明智様も同様に呼ばれております」



 確か、柴田殿は加賀、能登を平定したらしいし、秀吉は讃岐、阿波を平定して義栄の首を晒したらしいし、光秀も丹波を平定したらしい。

 他の司令官は丹羽殿は遠国の視察、佐久間殿は本願寺、家康と滝川殿は武田戦か。


「わかった。今からいこう」


「……時に明智様とは何者でござるか」


「あ?」


 お前は頭がおかしいのか。急に意味のわからない質問をするなよ。


「いや、山田様は明智様と長き付き合い故。正直、得体が知れないというか……」


「心配すんなや……」


 堀がこちらに興味を持ったようだ。


「おれもしらん」


 多分、これが吉本新喜劇だったらずっこけるんだろな。


 安土に向かうおれだが、確かに光秀は何者なんだろうな。左目を髪で隠し、怪しい見た目ながら戦をやらせれば勝ち、内政は一級品で、とにかく優れているのに人柄はわからない。


 なんなんだろなぁ。おれの溜め息は空に吸い込まれていった。


「やあ、隅州殿」


「……あ、に、日州殿」


 タイミング悪く、いやある意味タイミングよく安土城下で光秀と会った。相変わらずただただ不気味。


「播磨平定、おめでとうございます」


「あ、いえいえ。日州殿も丹波平定おめでとうございます」


 坂本と丹波。どちらも要所だ。その両方を任されるなんてこいつは信長からかなり信頼されている。


「ありがとうございまする」


 少し頭を下げた光秀の長い黒髪が揺れた。


「しかし、右大将様はなんでおれらを呼んだんですかね」


「それはわかりませぬ。ただ……」


 その言葉の続きを待った。


「何か驚くべきことが起こりそうな気がします」


「同感です」


 あの信長だ。何かぶちかましそうだな。


 太陽に照らされてまばゆいばかりの光を放つ安土の天主を仰ぎ見た。


 あの八角形の間には既に皆がいた。


「いや~遅くなってすいません」


 頭をかきながら、適当な場所に座る。光秀も座った。


「揃ったか」


 相変わらず、頬杖をつきながら周りを見る信長の目はいかめしい。


 しかし、揃ったかときたか。いつもアバウトな命令を出し、人の感情なんざ知ったこっちゃないとばかりに走り続ける織田信長が。おれらを待っていたのか。


「よく聞け」


 そういった前置きの後、時間がたった。


「しかるべき時、皇帝となるを決めた」


 え、えーと。主語がないなぁ。でも多分、信長だな。え。皇帝。言葉が短いこいつは今日も絶好調。


「右大将様、質問しても」


 さっすが柴田殿。こんなときに質問をするのは年長者で武闘派の柴田殿しかいねえや。


「構わぬ」


 余裕すら感じられるその受け答えは今さっき厨二発言をしたやつとは思えない。


「やんごとなきところはどうするおつもりで?」


「そこか」


 いやむしろそこしかないだろ。


「焼け」


 簡潔すぎるお言葉を頂いた。頭がおかしいのではないか。こいつ。


「ええと天皇は……」


「殺せ」


 おれの質問に対する答えも簡潔だ。


 ……まさか。これが本能寺の動機か。


 おれは光秀をそっと見る。


 笑ってらっしゃるよ。あーあー。なんだよ。サイコパスかよ。サイコパスパス丸光秀かよ。


「しかし、何故皇帝に?」


 笑いながら、なんか真面目なこと聞くのはやめろや。


「銭は管理不能。だが銭の回る環境は管理手出しできる。なら何者すべての上に立ち支配しなければならん」


 もっともらしいこちを言ってるように聞こえるがなんだか、違うと思う。


「確かに。銭の世で銭が勝手に動くと思わぬことがおこりますな。かといって銭を管理するのは不可能。しかし流通環境なら手出しできる」


 秀吉が、ふんふんと頷く。


 うーん。天皇ってなんなんだろね。日本人のおれにもわかんないや。


「しかし、やんごとなきところを滅ぼしたとなると反乱が起こるの……?」


「だからなんだ」


 信長が柴田殿の言葉を遮った。


「やらねばならん」


 眼光は、一閃。なにもかもを突き破り、おれの心臓すらやられんじゃないか。こんなありえないことを思うぐらい魔王と呼ばれた男は鋭い目をしていた。



 

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