第116話 開城について
【天正四年 山田大隅守信勝】
歴戦のつわものってやつは、ちゃんと自軍と相手の力量差をはっきり理解し、それに基づいて策を立てるものだ。
おれと淡河弾正の差、まず個人としての差だが、そんなにないか、向こうの方が上だと思う。
小寺と別所という大国に挟まれながら、自領を守り通し、補給を偽装し、おれらを出し抜いた。これだけを見ても淡河弾正の知略、才略は優れている。むしろ、この播磨においては一番なのかもしれない。
だが、これを山田軍と淡河軍に比べる対象を変えれば、その差は歴然だ。
ます、山田軍二万。淡河軍四千。しかも淡河軍の援軍のあてはない。毛利は、眼前の備前は去就不明な宇喜多和泉守が占拠しているし、山陰の通り道である因幡鳥取は政情不安定で通れるものでもない。
単独で勝負しなければならない。それにあいつらにとって残念なことに淡河はそんなに堅くないのだ。
勝ち目はほぼ無い。なのに何故、淡河はおれらに歯向かうんだ。
まあいい。それは淡河弾正の首にでも問い掛ければいいだけの話しだ。
「力攻めでおとせるかと」
祐光を帰した今となっては唯一の軍師となっている官兵衛が片膝をつき、言葉を発した。
「そうだな」
下手な小細工はむしろいらない。播磨統一のはこの合戦で完了する。
「掛かれっ!」
おれが采を降り下ろすと同時に押し太鼓が荒々しく鳴らされた。
兵が城壁に取り付いたそのとき、城門の閂がはずされ鈍い音を立てながら開いた。
「討って出る気か」
おれは思わず立ち上がり、城門を睨んだ。
「殿、敵は騎馬を先頭に並べて、一か八かの本陣急襲に来るつもりですぜ。お下がりを」
助衛門が槍を握り締め、一歩前に進み出た。
城門から濁流のように出てきたのは、鎧冑を着用した厳めしい武者、ではなく馬だった。
そう。馬。馬単体。
「どういうことだ……」
なぜ馬だけだ。馬ならおれは殺せないぞ。
しかし驚いたことに、こちらの馬が狂ったように淡河から出てきた馬に突撃していった。それによって騎馬武者が振り落とされる。
「あれは雌馬ですな」
「雌馬だと」
官兵衛の鋭い目を訝しげに見た。
戦で使うのは機動力にすぐれた雄馬を使う。だからこそ、雌馬には飢えている。それを利用したか。
騎馬武者の混乱で、軍全体も混乱が走る。
「伝令を走らせますか?」
「各組頭に任せろ」
そこまでのことじゃあない。だが、まだ開け放たれていた城門から、次は足軽が出てきた。
「しまったぁ」
雌馬を使うと言った奇抜な策に気を取られ城門にまで目を向けれていなかった。
「伝令を送れ!退却せよと」
そこまで深追いはしないだろう。
混乱のるつぼな山田軍をに次々と淡河兵は襲いかかり、死体の山を築いている。
くそっ……
部隊が逃走するのを、おれは立ったまま見ていた。
「被害は」
「五十数名」
「……そうか」
こんな時代にいたら、その是非はともかくとして人の死にも慣れちまう。だが、この五十数名は本当にかわいそうだ。
武者同士の力比べで死ぬやつは、それでいい。だがこんな雌馬にやられて首を取られるなんざ死んでも死にきれないだろう。
「奇策に気をつけるぞ。もう一度、攻め寄せろ」
ただ、別に淡河弾正を許せないとかはない。それもこいつの力量だ。
「構うな。城下を焼き払い、田を埋め平押しにしろ」
大軍であるのだから、その利点を用いるだけだ。
「それでよろしいかと」
誰もが、頷く。
「申し上げます。淡河弾正の使者が参りました」
「通してくれ」
「はっ」
今更なんだ。おれらを押し返した状況で。
「官兵衛、どう思う」
「なんとも思えませぬな」
困ったのだろう。首をかしげるといったちょっと子供っぽい行動を取るこいつは、本当にあの軍師官兵衛か疑問符がつく。
「殿のお言葉を伝えまする。淡河城開城について話し合いたいと」
「なに」
「はっ。山田様お一人でこられますよう」
「愚弄しておるか?」
助衛門と慶次の声が重なった。
「ハモるな」
久し振りに現代語を使った。当然、二人は意味はわかってない。
「この期に及んで山田様を害すようなことはいたしませぬ」
「まあいい」
おれはそう言って、立ち上がった。
「案内しろ」
「殿、本気ですか」
右近が腕を組んで、じっとこっちを見た。
「ああ」
それが条件だって言うんなら仕方がない。
「もう一つ、条件が」
「なんだ」
「白湯をもってくるようにとのこと」
「……わかった」
何故、白湯なのかはわからないがこの時代、ほとんど誰でも飲む。おれはなんか口に会わないが。まずいから。
おれは、使者についていって、城内に入った。そこで通された部屋には白髪で、それでいて柔和な顔立ちの男を見た。
「淡河弾正か」
「如何にも。山田大隅ですかな?」
「それ以外に誰がいるってんだよ」
これ以上ないってくらい馬鹿にした声を出した。




