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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第9章 播磨平定!!
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第109話 別所を欠いても

【天正三年 別所小三郎長治】


 遭遇先が高山部隊であったことは、ある程度幸運と言ってもよかろう。ただ、それより、山田本陣がやってきたのは、幸運を通り越し、驍幸と呼べる代物だ。


 いくべし。わしが選りすぐった五百の兵で、奴等を叩くべし。


 手綱をきつく握り締めた。


【天正三年

 山田大隅守信勝】


「この首はとっておけ」


 首からおびただしい血を出した別所側の兵を見ながら、助衛門に問い掛けた。


「はっ」


 そのまま前を見る。右近率いる高山隊は劣勢。しかし、右近討死はない。やつらはおれを狙う。ならそこを乱戦にもっていく。


 しかし、別所の奴等、見事に槍の穂先を揃えてやがるな……


 ……ん?


 何故、穂先が揃っている?


 少数で多数を打ち負かした戦、桶狭間では信長はその馬廻りの討死がおびただしくなるまで攻めかかったという。


 つまりはなりふり構わず、攻めかかったということだ。つまり穂先は揃わない。


 別所は恐らくここまで危険な真似をしての攻撃をしているのだ。つまり目標はおれと見て間違いない。


 つまり、何か、二重の策があるのか……


 ……!


「槍衾<やりぶすま>!右に向け!」


「は、ははっ」


「はやくしやがれっ!」


 槍衾がようやく右に転換したとき、別所の家紋である右三巴の旗を一本のみ掲げた部隊が襲い掛かってきた。


 間一髪。


 それを、なんとか槍衾が対応する。


 やはりかっ。別動隊が肉薄しおれを討ち取るつもりか。やられた。


 ……別所小三郎っ。これほどまではっ。


 だが、気付いたのはおれだ。


「あそこの部隊を率いるは別所小三郎ぞ!兵を集中せよ!」


 確証はない。ただ、そうである気がした。ちょうどおれの右手の方向に別所兵が殺到している。おれはそのまま馬首を右に向け、刀を前に出し、思いっきり叫んだ。


「掛かれぇぇぇ!」


 叫ぶや否や、ざっとおれの馬廻り衆が躍り出ていった。


【天正三年 別所小三郎長治】


 くそっ。わしの策を土壇場で見抜きよったか。だが、まだ手はある。貴様にはわからぬだろう。群衆の心理などは。だが、烏合の衆の播磨勢を率いてきたわしならわかる。


 高山部隊を残った別所兵で蹴散らせば、そのままその恐怖心は軍に伝播する。


 そこに襲いかかれば勝ちだ。


 蛮勇よ。山田。その高山部隊救援の動きは。


「押し返せっ!前に出続けろっ!」


 ここで崩れなければ必ず好機がくる。


 わしの勘は、なぜかこのことを確信していた。


 目の前の状況はまさに、一進一退の乱戦。


 別所兵、山田兵が入り交じり、それぞれ組み合っている。


 自分の歯を噛む音が聞こえる。槍を高々とあげ、後方を見る。


 まだか。叔父よ。別所山城っ。


 高山部隊は次第に隊伍を整えている。これは如何としがたき事態よ。


 前方だけを見て、我等だけで奇跡を願い突撃致すしかないのか。


 だが、別所側からひとりの騎馬武者が出てくるのが見えた。


 間違いない。


 ふうと肩の力が抜け、槍の位置が下に下がる。


 わが別所の柱石にて、一門が重鎮、別所山城守賀相殿よ。


「いくぞっ!今こそ押し出せっ!」


【天正三年

 山田大隅守信勝】


 間違いない。眼前に広がる別所の向こう側、高山部隊の敗走はおれたちにかなりの焦りを与えていやがる。


「ぜ、前衛!崩されました」


「左様だな」


 汗が止まらない。おれの発汗量はえげつない。今だけ。そう今だけ。


 ここを堪え忍べば、官兵衛、祐光、茨城殿、多羅尾がくるか。いや確証もない。だが、こいつらが来れば、捲土重来、一撃を以てこいつらを倒せる。


「助衛門!」


「はっ」


「貴殿に指揮を一任するぞっ」


「御意!」


 おれは、采を放うる。助衛門が慌ててとった。


「逃げる!けっしててめえら、無理すんなよ!」


 あいつらは結局のところ、おれを追ってくるはずだ。なら、おれが逃げて逃げて逃げ惑えば、必ずおれの配下が気付く。そうしたら、そのまま倒せる。


 馬印を蹴り倒し、勢いよく馬の尻に鞭をやった。汗を振り乱しながら敵に背を向けるおれは無様の極みに到達している。


「ちくしょおが!」


 捨て台詞を吐き捨てたと同時におれは唾を勢いよく地面に向けて吐いた。


 馬は止まらない。


【天正三年

 別所小三郎長治】


 馬印が倒れた。つまりは、山田大隅、敗走か!


「追えっ!追えっ!逃がしてはならん!」


 目を精一杯、見開き山田大隅と思わしき、もう彼方までいった背中を見る。


「ここは通さねえ!」


 穂先を揃え、主君の敗走を手助けしようとする馬廻り衆を一瞥する。


 ここで退けぬわ。


「突き崩せぇ!」


 わしの馬廻りを総突撃させ、更に近習のみをつれてこの、壁と思わしき山田の本陣から抜き出る。


 山田大隅は、ただ一騎。追うわしらは十数人だ。


 しかし、その山田の後ろ姿は、金茶であしらった一の一文字を背負う陣羽織は見えなくなった。


 くっ。


 苦悶の声は、小寺家の家紋である藤橘紋に掻き消された。


 なぜ、ここで小寺官兵衛が……


 山田によって軍師に補せられたとは聞いていた。毛利の大軍を寡兵で破ったとも聞いていた。だが、わしの追撃、そして主君である山田の敗走すらをも見抜いておったということか。


「フハハハッ、フハハハハハ」


 乾いた笑い声のまま、襲いかかってくる小寺兵を指差す。


「突撃よ」


 言うが早いか、走るが早いか、わしは馬をおりて絶叫のまま、走り出した。


 今日も播磨の夜空は綺麗で、また草木も蒼く美しい。明日もまた美しいのであろう。そう、別所を欠いても播磨はいつまでも美しい。きっと。






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