第106話 南下
【天正三年 山田大隅守信勝】
姫路に帰る前、池田山によった。というかここ池田山がおれの本拠地なんだから帰ったっていう表現が適切だ。
てなわけで、おれは池田山に帰った。
単身赴任中の男が家に帰ってくる理由なんて一つしかない。
家族と会うためだ。
つまりお犬様と会うためだ。
「信勝様!?」
「おっす。ただいま」
目を丸くして驚いているお犬様を気にせず、おれは部屋の中に入っていく。
「聞き及んでおります。播磨でのこと……」
伏し目がちに呟かれた言葉におれは大きく頷く。
「まあ苦戦中だな」
頬をぽりぽりと掻いた。
謙信が上洛のため南下すればそれに呼応して包囲網の勢力は必ず、攻めてくる。
おれ、秀吉、光秀に佐久間殿、そして謙信の矢面に立つ柴田殿、管領たちには受難が始まる。
死ぬかもしれない。ふと、お犬様がニコリと微笑んでいるのに気づいた。
「大丈夫ですよ。犬は信勝様を応援しております」
ああ、我慢できねえ。
そのまま勢いよくお犬様を押し倒した。
「信勝様……」
「悪く思うな。やりたいんだ」
「はい……」
観念したようにお犬様は瞳を閉じた。
これは、小さな花を摘む感覚に似ていなくはない。
◇
色々あったが、姫路にかえってきた。いきなりだが、櫛橋兵部少輔祐伊を待たせてあると聞いた。
「通せ」
櫛橋兵部少とは、まあその名の通り、志方城主、櫛橋左京の嫡男だ。で、官兵衛の義兄にあたる。
「山田大隅である。何用ですかな?」
「はっ!これより櫛橋家は幕府に忠勤をちかいまする」
「ほう。左京殿は?」
櫛橋左京は頑固者だと聞いていたが、果たしてこれには賛成しているのだろうか。
「はっ!頑迷なる愚父は追放致しました」
なるほどな。市川の戦いでおれらの有利を悟ったか。
「感謝します。手に手を取り合い天下泰平を目指しましょうぞ」
「はっ」
櫛橋家の降伏によって市川以西の西播磨は完全におれのものになった。あと、多羅尾に命じて色々噂をばらまいている。
市川の戦いで、別所大敗を喫し、這うようにして三木に帰った。無様極まりなかった。とかいうマイナスな情報。
あとは、但馬国主、大軍師、沼田祐光の活躍によって別所は五千の首を取られた、とかいう誰が流したか一目瞭然な噂まである。
まあ、豪族がおれに靡くようにするためだ。
別所は、隣国に山田家があって北は但馬の祐光、さらに西にはおれの領国の摂津で包囲されている。
でも、山田はその隣国に浦上がいて、別所がいて一向一揆が手を貸していて、その背後には毛利が備えている。祐光の隣国には、毛利方の山名がいる。
と、まあややこしいこと限りないこの勢力図。
だれが抜け出して播磨を獲るかは神のみぞ知るみたいなこの状況。
ただ、これを劇的に好転させてやる。
それは、上杉上洛なんていう他力本願なあいつらとは違っておれは自力で掴む。
時勢すら読めず、いまだおれら幕府に逆らう、高砂城主、梶原重衛門を討つ。
高砂は海に面しており、ここをとって海路を封鎖し、三木や反幕府に物資を運びいれている野口城を落とせば、物資を絶てる。つまり各個撃破できる。
野口城は堅牢なる城であるが、まあどうにかする。
その為には、但馬をほぼ単独で落としやがった祐光の力が欠かせない。
山名を調略する。
山名の領土である但馬を攻めとった山田には無理だっていう固定観念、それがだめ。
「山名に申せ。おれには子供がいない。ゆくゆくはわが領土、すべてを山名殿にお譲り申すと言え」
「本気にござるか。失礼ながら右大将様には……」
ぎょっとした官兵衛を笑い飛ばす。
「はは、なりふり構わねえんだよ。それが山田の戦の仕方さ」
親指を立てる。
「おもしろいですな」
官兵衛も笑い、親指を立てた。
すぐに山名は講話に応じた。うん。これほどの条件だしたんだし当然。
「毛利には秘匿せよ。大軍が送られ、山名が毛利に再び転ばれてはかなわん」
「はっ」
「祐光にも使いをだせ!南下致せと!」
高砂を攻めとり、好転させる。
「陣布れだ!」
【天正三年
上杉不識庵謙信】
「陣布れをだせい」
再び、織田の者共と戦がしたい。それに、ひっきりなしにわしの出陣を要求せし者が多い。
それに答えてやろうではないか。
刀を抜き、床に突き刺した。




