第103話 市川の戦い
【天正三年 山田大隅守信勝】
別所小三郎が三木より出陣しこちらに向かっていると聞いたときはさして驚かなかった。
へえ。でるのか。
そんな感じの感想を抱きながら、耳に小指を突っ込み耳の中をかいていた。
だが、その軍勢が一万五千もの大軍とわかったおれは
思わず転んだ。
「おかしいだろが」
だって、別所家単体で動かせるのは四千とかそんなもんだ。
ほかの豪族供が付いてもせいぜい一万ぐらいのはずだ。
「僧兵が付き、更には無理して徴兵したのでありましょう」
「官兵衛」
なんか冷静な分析を淀みなく喋った官兵衛にむかついた。
「はげ」
「はあ」
とにかくだ、別所小三郎を過小評価していた。ただの気弱そうな面の青年だと思ったが国を空にするほどの胆力、
僧兵共を組み従える力量があったとは。
長期戦はできない。野戦で迎え撃つしかない。
「神吉藤大夫殿に志方を囲ませるよう申せ。8千の兵を率い、市川で迎え撃つぞ」
「はっ」
【天正三年 別所小三郎長治】
「小三郎、圧倒的よの」
「ええ」
叔父の山城守の言葉に頷く。
「どうじゃ。この兵力じゃ。2千程度を割き姫路にでも中入りしては」
「なりませぬ」
何かを言おうとしている山城守を黙らせるため、更に言葉を続ける。
「一兵たりともここ市川より動かすこと罷り成りませぬ」
唐土の三国志や、古代の南北朝の争乱において、名将はしばしば策を用い敵を破ってきた。その為、われわれもそれに
憧れ慕う。
だが、策は看破され裏をかかれれば終わりだ。
ならば、正面より押していくことこそが最も安全かつ最良の手段。
魔王の代理殺しのとき。
「押し太鼓をならせい」
バチが振るわれ、太鼓のあの間延びした音が周辺にこだまする。
【天正三年
山田大隅守信勝】
押し太鼓が乱打されている。いよいよ来るか。
市川は東播磨と西播磨を分かつ大河。西播磨を抑えた山田と東播磨に君臨した別所。この二家の市川での戦いは当然だと言える。
市川は大河であるため浅瀬が少ない。だから攻めてくる場所も限られてくる。守りに徹するおれたちにとってはありがたい。
凌ぎきれば相手は烏合の衆、足並みが乱れるはずだ。そこを突けば勝機はある。
だがそこまでにおれたちはもつか。いやいける。
「守り抜けっ!」
おれは先陣を請け負う、慶次、右近、茨城殿の方向に
声をあげた。
【天正三年
前田慶事郎利益】
「放てぇ!!」
火縄銃が勢いよく火をふき、別所側の者共らが倒れていく。だが、まったく勢いは鈍ってない。
たまにいる僧兵共がその剃ったハゲ頭で太陽の光を反射させていることがとにかくおれをむかつかせた。
兵数が違う。敵は別所四千以外を繰り出している。ここにも
おれらが千五百に対して三千近い数字で圧倒してやがる。
凌げば足並みが乱れるとあるが、はたして……
埒が開かねえ。
「受け取れっ」
火縄銃を勢いよく掴むと勢いよく引き金を引いた。
特に意味はない。言うならば景気付けだ。
槍を手に取り、勢いよくおり矛先がついている方を手に持つ。
やはり槍は短けえ方がいい。
「いくぜっ!」
跳躍し、敵兵の群れに割って入った。
「おりゃあ!天下一のかぶきもの、前田慶次の参上だ!」
横の敵を蹴り飛ばし、前方に槍を思いきり突き、やがて、抜き取り振り回した。
自分の血、そして相手の血が飛び散る。だが、ここは食い止めねばならねえ。絶対に。
【天正三年
小寺官兵衛孝高】
本陣で見る限り、前田、高山、茨城、三者それぞれ苦戦か。
「……多羅尾隊、前田隊にむかえ」
前田隊か。たしかにこの中では最もまだ優性。ここから崩すおつもりか。
しかし。
別所小三郎、大軍でもっての平押しとは。単純ゆえ
策が練りにくい。
そして見誤ったのが、僧兵の指揮の高さ。手伝い戦の感覚で合力したかと思っていたがもっと士気高く、我等を攻め立てている。
「山田様」
「なんだ」
「小寺と本陣は如何になされます」
「……待機だ。いずれ時期がくる」
無言で頷き、前を見る。信じるほかあるまい。われらの
勝利を。
【天正三年
多羅尾四郎衛門光俊】
「多羅尾ぉ、助かったぜ」
「おぬしは腰をすえ部隊を指揮致せ。なぜ先頭で槍を振り回しておる」
救援に向かった前田部隊では慶次郎が先頭に立っていたので
そのまま多羅尾部隊をもって部隊をまとめた。正直、なんで他の部隊の指揮をせねばならんか検討がつかなかった。
「手強きか」
「みりゃわかんだろ」
わしの質問を多羅尾は吐き捨てた。
「それもそうか」
しかし数の力というのは偉大なものだな。そのためか、敵の士気は高い。
どこかで逆転せねばならんだろうに、それは思い付かない。平押しは限りなく強い。
「あー多羅尾。ちょっくらいってくるぜ」
「いってこい。部隊の手綱はわしが締めておく故、安心せえ」
「礼を言うぜ」
にこりと血まみれの顔で慶次は微笑んだかと思うと、体を前傾姿勢とし、一気に敵の波の中へかけこんだ。
「前田殿を援護致せっ!」
この荒武者の援護を自部隊に命じる。
忍より成り上がり、管領家の重臣となったこの身は決してここで果ててよいものではない。
【天正三年
別所小三郎長治】
「小三郎っ!総攻撃の頃合いと見えるぞっ」
「ならぬ。しばしまたれい」
手でいきり立つ山城守を制する。
「まだぞ。山田大隅への道が切り開かれたときこそ押し寄せる」
ここで総攻撃を行えば、勝利は間違いない。ただ山田大隅は撃ち取れまい。
勝てば山田大隅は打撃をおうが、隣国の養父殺しの悪名をとる宇喜多和泉が主宰する浦上家は必ず攻め寄せるにちがいない。
それか、但馬の沼田、摂津の留守兵と結んで反転構成を仕掛けるやもしれぬ。
どちらもそれはならぬ。
必ずや、勝機を見定め山田大隅の首を晒さん。
思わず采を握る手に力が入った。
【天正三年
小寺官兵衛孝高】
「見ろ」
山田様は北東の方角を指差した。
じっと見つめ目を凝らす。
……軍勢か。
「軍勢にござるか」
「祐光よ」
「恐れながら、旗、指物は確認できず」
「馬鹿野郎。そんなもん見なくてもわかる」
山田様は嬉しそうな顔をし、さらに鯉口を切った。
「お聞きしても?」
「ふん。決まってら」
そのまま、刀を抜きそれを北東に指した。
「おれが一番必要としてるときにくるのが沼田祐光なんだよ。それだけは信じてるんだ」
この場所に、この空間に陽が満ちた錯覚がした。
「機は逃さん。だからおれは戦国大名なのだ」
山田様はそのまま刀を振りかぶった。刀は陽の光を受けて、白銀の光を放っている。
「総攻撃だっ!慶次のとこからつっきるぞっ!」




