第102話 別所小三郎出陣
【天正三年 山田大隅守信勝】
豪族共の反乱に加え、一向一揆とは大内乱の様相を呈している。
なにが言いたいかというとやばい。やばい。やばい。
一向一揆を起こしやがったうちの一つ、天徳寺の場所はおれの本拠地の姫路だ。
ここは退却し、まずは天徳寺を倒さねえと足元すら怪しい。
だが、ただで終わらす気はねえ。
それは、おれらもだしあいつらもだろう。
だが、今まで死線を潜り抜けてきたおれたちを舐めるなよ。
「退却、だが、すぐに反転する準備はしておけ」
恐らく、頑固であると聞く櫛橋左京はおれらが姫路に戻ろうとすると、城門を開いて追撃してくるだろう。
そこを部隊を反転させ叩きのめす。
さて、追撃するかどうかはわからないが、備えておく価値はある。
一の一文字が西に向く。
半分、後ろを気にしながら姫路へ、西へ駒を進める。
来るか。左京。左京。
何歩か進んだとき、閧〈とき〉の声が響いた。
「返せっ!櫛橋左京を討てぃ!」
根っからの武人というか荒くれものというか、そういう慶次はすぐに、先鋒を反転させた。
決して美しくはない。けれども戦う姿を感じさせた。
「ヒャッハー!!」
慶次の楽しそうな声が聞こえる。
おれも采を下ろした。
「押せ押せ押せえ!」
濁流の如く押し寄せた山田軍は櫛橋を飲み込み、見えなくした。
結局、左京は討てるなかった。間一髪、逃したらしい。
だが、たくさんの家臣は討ち取った。ここでもう一度
志方城を攻めれば落とせそうだが、生憎、時間がない。
まず天徳寺を討つ。別所成敗もそこからだ。
【天正三年
別所小三郎長治】
周りの深緑が真昼の太陽を浴びてその緑を一層際立たせているそんな三木城の二階に、別所側の豪族が集まっていた。
正確に言えば、わしが集めたのだ。
「されば籤引きを始めますかな」
長烏帽子を被り白装束を身にまとった老人がおごそかな口調で言った。
播磨伊和神社の神主である。
「怨敵退散っ!」
神主が透き通るような大声をだし、手にした幣〈ぬさ〉を顔の前で払った。
「淡河弾正忠どの、御前へ」
神主に名を呼ばれ淡河殿が立ち上がる。淡河殿は前へ進み出ると、二度柏手を打ち神主の膝元にある黒い大筒から
籤を一本引いた。
それを、神主の横にいる世話役の雲竜寺の僧に手渡す。
「淡河弾正忠殿、第三陣右翼!」
淡河殿は満足そうに頷き、元の席へと戻っていった。
次々と同じように名前が呼ばれ、籤を引いていく。
「櫛橋左京亮殿、先鋒右翼!」
「梶原重衛門殿、第二陣左翼!」
「明石左近殿、先鋒左翼!」
「衣笠豊後守殿、第三陣左翼!」
「魚住右近殿、第二陣右翼!」
わし以外のすべての者の名が呼ばれる。組んでいた腕をとく。
「別所小三郎殿、御前へ」
大股で大筒の前に歩み寄る。誰も手につけなかった真っ赤な籤。それを引いたものは、これより盟主と仰がれる。
迷わず抜き取り、世話役の僧に手渡す。
「おおっ!ご神意じゃあ!我々の盟主は別所小三郎殿と相成ったぞ!」
その声を聞き、豪族の方に向く。
「播磨を脅かす山田大隅を必ず成敗致さん!えいえい」
「応」
正式に盟主と相成った。たしかに今まで別所家はこのようなことをしなくても盟主であった。
だが、このように正式に会盟儀式を行い盟主となれば
豪族に命令できる。無論、豪族はわが家臣ではないが。
そして神意による盟主であれば一向一揆にも命じれる。
そう。
全兵力をもって山田大隅を倒す。
山田大隅と、その軍団は百戦錬磨。まともにやれば
勝ち目はない。だが、百戦錬磨というのは言い方を変えれば、勘が働くということだ。ならば、勘などが関係ないほどの圧倒的兵力で追い込めばいい。
全兵力をもって一撃で山田を倒す。
じっと目を瞑った。
【天正三年
山田大隅守信勝】
天徳寺を急いで包囲したが、亀が甲羅に閉じ籠るように
僧兵共は天徳寺に立て籠り守備を固めている。
はやいところけりをつけねえと……
だが、どうやったらはやいところけりがつくのか、さっぱりだった。
「よう」
「……日本助か」
久し振りな顔を見た。
「どうした」
「呂宋からだ」
そう言って日本助が指差した木箱に歩みより開けた。そこには大量の火縄銃がある。
「全部で百丁ある」
「礼を言う」
「おっと忘れんなぁ」
そう言った日本助は顔を近付け、そして吠えた。
「瀬戸内の利権は頂くぞ」
「わかってる」
日本助の肩を持ち、少し力を入れて押した。
夜半の丑三つ時、鉄砲の一斉射撃で天徳寺衆を混乱させたところに乗り込み、天徳寺を陥落させた。
被害が大きい。もちろんこちらの。
「尼子殿に防備を固めるよう使いをだせ」
ここで毛利、浦上がこられたら間違いなく終わる。おれのこの戦国時代もおしまいだ。
上月の尼子殿に西の敵は任せ、東の敵、別所、それにまつろう豪族、そして一向一揆。これらを早急に討つ。
【天正三年
別所小三郎長治】
天徳寺を討ったのは予想通りよ。もとよりあのものらは
囮。われわれが軍を整えるまでのな。
東播磨から中播磨にかけての豪族、一向一揆すべてを動員し
終わらせる。止めを刺す。
「すべての豪族、一向一揆衆、準備万端との由」
準備万端。つまり全兵力、領国を空にするほど動員できたよいうことだ。
「総数は?」
「1万5千程度と見受けられまする」
「そうか」
山田は、西の防備、それに度重なる軍役にため8千程度しか動員できない。
圧倒的兵力で追い込めば勝てる。討ち取れるのだ。
弾かれたように立ち上がり腹の底より声を出した。
「いくぞっ!出陣だぁ!!」




