第101話 一揆
【天正三年
山田大隅守信勝】
「申し上げます」
急に立ち上がった官兵衛は凛とした顔を向けた。
「どうした」
戦の匂いがする。おれははずしたばかりの兜をもう一度被った。
「軍を返し、一帯の寺を焼き払われよ」
「まだ僧兵は動いてないぞ」
腕を組み思案している体を装う。こんな日本軍もビックリな四面楚歌(播磨限定)に陥いってしまった
今はなんの考えも浮かばない。
「やるべきです」
顔をじっと近づけてくる。空っぽな頭の中を読まれそうで思わず顔をそらした。
「危険ではないのか」
じっと髭をさわりながら茨城殿は呟いた。
「播磨の豪族がわれらにつかぬかも知れぬぞ」
最もなことだ。そんな寺を放火する蛮族じみた行いをしるやつらにだれがつくか。
「それでもよろしいではありませぬか」
薄く笑ったその官兵衛の口元はひどく印象的だ。
「すべての播磨の豪族どもを討ち滅ぼせば播磨に磐石なる基盤を築け申すぞ」
「あえて、播磨の包囲網に飛び込むということか」
「少し違いまするな」
一瞬、遠い目をしたあとあのとき、池田山で会ったときのような自信満々で、それでいて胡散臭い顔をした。
「罠にかけたのはわしらの方っていうことに候」
「ふっ」
思わず笑い声がでる。こんな状況で大言壮語吐けるのってすげえわ。
「茨城殿よ、地獄の果てまでついてこれるか」
「勿論」
胸の当たりを自分で叩いている。
「右近!異教徒を滅ぼせるなっ!?」
「はっ」
こいつはこいつで十字架をいじっている。
「慶次ぃ!先鋒だ!いけるなぁ!?」
「当然よ!」
いつもと変わらぬ調子で頷いている。
「官兵衛っ。貴様に乗ってやる」
「承知ぃ!」
おれは采を振りかざし叫んだ。
「このまま寺々を焼き払うぞっ!出陣開始ぃ!」
◇
寺を焼くとしたが、もっと詳しく言えばまず第一に焼き払うのは最大規模を誇る雲竜寺だ。ここは三木城に近い。
そもそも、ここ播磨が平和を保ってきたのも
寺社の権益に手を付けなかったところも大きい。
隣国の備前では宇喜多和泉が暴れまわり、同じく隣国の摂津では本願寺と佐久間殿が睨み合っている。
寺社の権益なんてそれこそ当然のように大名はそれを確保しそれに歯向かう寺社共と戦うっていうのは、お決まりのはずだ。
もし別所が寺社を倒しその他の豪族を滅ぼし
播磨一円に覇を唱えていればこんな面倒な包囲網をしかずとも単独でおれに抗えたはずだ。
まだまだなんだよ。別所小三郎。
【天正三年
別所小三郎長治】
「雲竜寺が渋っていると……?」
目の前の淡河殿が先程言ったことを反芻する。
「ええ」
淡河殿が小さく頷くのを見てから腕を組んだ。
「何故」
「武家と争うのを厭っているのかと」
先程の淡河殿の話をまとめれば、山田は小寺藤兵衛を滅ぼしたあとすぐにでも、寺社最大の雲竜寺に向かう。だが、雲竜寺までの通り道の志方の櫛橋殿、神吉の神吉殿にこれを耐えてもらって、その間に僧兵が蜂起。一気に包囲網を持って山田大隅を成敗するということだったが。
雲竜寺が起たねば他は起たん。
「別所側豪族だけでは無理か」
「当方の負けになるかと」
そうであるな。連合したわれらと百戦錬磨の山田。負けは揺るがぬ。
だからこそ、雲竜寺をはじめとする彼奴らの方にこそが必要なのだ。
「策はございますか」
「利で動きよるかな?」
「その大きさによりましょう」
「御着城でどうだ」
少し間があった。しかし、淡河殿の顔色がすぐに変わった。
「それはそれは……」
淡河殿が困る顔など始めてみたな。いつも穏やかな微笑を携えているか、眉間に皺をよせているかなのに。
「なに、構わぬよ。やつらに政はできぬ。すぐにでも泣きついてくるわ」
「それもそうですな」
カラカラと互いに笑う。
「櫛橋殿、神吉殿は大丈夫かな?」
「裏切らぬよう釘はさしております。それに大量の武器、兵糧、銭をみて完全に山田と戦う気でおります」
「なら心配いらぬな。後は雲竜寺が動くか……」
「動くでしょう」
自信満々な淡河殿に、頷きを返した。
【天正三年
山田大隅守信勝】
「志方城主、櫛橋左京亮、抗戦の構え」
「同じく神吉城主、神吉民部、抗戦の構え」
ここを抜かねば雲竜寺までいけない。が、志方も神吉もそれぞれ兵は千ぐらいだ。六千の兵をもつ
おれらは別に苦戦するほどでもない。
「神吉は調略能います。神吉民部の伯父、藤大夫めは銭に目がない男。金次第で裏切るかと」
「おっしゃ。奴には金を言い値で与えると書け。そして神吉城を与えるとしろ。
おれの名の横に呂宋の名を書いておけ」
すぐに多羅尾に命じて、神吉藤大夫のもとに密使を送らせ堺の呂宋のもとにも神吉藤大夫に金を呉れてやるようとの手紙を持たせた早馬を送った。
「櫛橋はどうにもできねえか」
「わが義父ゆえその性根は存じております。なかなか頑固な人柄にございます」
「ほう」
官兵衛の嫁の幸はこの櫛橋左京亮の娘らしい。
「義父を討てるな?」
「はっ」
よし。なら問題はない。
「茨城殿!兵二千を率い神吉を包囲してくれ」
「御意」
「残り四千はおれと共に志方の包囲だ」
「はっ!」
包囲して二週間の時がたった。呂宋の名の大きさの効果はてきめんだった。藤大夫はなんと民部を暗殺。そして神吉を乗っ取って降伏。茨城殿はおれたちに合流した。
だが、志方は思ったよりしぶとく、なかなか攻略できない。
そんなおれたちに姫路に残した長盛から使いがきた。
その使いは肩で息をしながら信じられない凶報を伝えた。
光源寺、光善寺、光徳寺、円光寺、永応寺、万福寺、雲竜寺で一揆、蜂起。




