油断
「トーマの件とか他にも色々あるんだが、今日はこの辺にしとくか」
ギルドマスターが話を区切った。
確かに……討伐依頼をこなして、そのまま動いている。
勢いで働いていて自覚はないが、きっと疲労は溜まっているだろう。
サァラがフォンの手をしっかり握り、立ち上がった。
「お風呂にゆっくり浸かって、暖まるにゃ」
「また何かあったら声をかけるから、よろしくな。
ああ、明日、トーマだけ来るんでもいいぞ」
ギルドマスターはぬいぐるみを手に持ったまま、その手を振って別れの挨拶をした。
ルナがそれを注意する。
「ギルマス。そんな乱暴にしたら、ぬいぐるみが破けるぞ」
「お? おお、すまん」
ルナはぬいぐるみがたいそうお気に入りのようだ。
歩いてホテルに戻った。
一泊ではあったが旅に出ていたのだ。その埃を落とすために浴場に向かった。
かなりのんびりと湯に浸かってから部屋に戻ったが、女子三人組がなかなか戻ってこない。
ゆっくりとフォンを労っているんだろう。
ルームサービスで、冷たくなっても美味しく食べられそうなものを選んだ。
こんな便利な生活が当たり前になってしまったら、怖いなとふと思った。
今は、冒険者ギルド絡みの犯罪の関係者だから、身の安全のために資金援助してもらっているだけなんだ。
Cランクの冒険者がこんな生活を続けるのは、ちょっと厳しい。
危険で高額な依頼を受け続ければ可能だが、当然怪我をしやすいし、命を落としやすい。
アーデンのクランで、贅沢のために財政を担当していた仲間を害した、醜悪な奴らを思い出す。
快楽と贅沢。他人の報酬をかすめ取った卑怯者たち。
自分の実力以上の富を追い求めた奴らへの、嫌悪を忘れるな。
決して、同じ場所に落ちてはいけない。
「んなぁに? 難しい顔してるにゃ」
気配を殺して部屋に忍び込んできたサァラに、眉間をつつかれた。
「うお!」
「あたいが刺客だったら、やられてるよ」
軽く睨まれた。
「トーマって考え込む癖があるよな。哲学者か?」
ルナにからかわれた。
「このホテルだから油断したってところもあるかも。入り口で怪しい奴を弾いてくれるからさ」
ちょっと言い訳をしてしまう。
「ま、それもあるか。油断するよねん」
油断……冒険者として恥ずかしい。
でも、ずっと警戒しているのも疲れてしまうよな?
だから、仲間を増やしたり拠点を作ったりして、気を抜いて大丈夫な環境を作るのかもしれない。
「あ、美味しそうなのが並んでる」
ルナがひょいっと一口サイズの瓜を摘まんだ。
続けて、フォンの口に入れ「水分補給な」と言った。
それから、ルナはフォンにうつ伏せになるよう指示を出した。
「先に食べてていいよ」
と、俺たちに言ってから、フォンの腰の辺りに座り込む。
フォンの背骨の両脇を親指でゆっくり押していった。
ときどき、フォンの口から声が漏れる。
「あれさぁ、こりがほぐれて血行がよくなって、気持ちいいんにゃ」
サァラが解説してくれた。
「ルナが言うには、心が疲れているときは体が硬くなるんだって」
ふうん、そういうこともあるか。
そういえば、俺もルナに頭をマッサージしてもらったことあるな。あれは気持ちよかった。
サァラが俺に薄切りのハムを勧めてくる。
「頭を空っぽにしたいって言われたら、トーマの出番。体力をつけておくにゃ」
んぐっ。
ピクルスが喉の変なところに入ったぞ、馬鹿。




