養鶏場の食卓
かつかつと器とスプーンの音が、食堂のそこかしこでしている。
「うめぇ」
「飲むみたいに消えていくぜ」
一日の仕事を終えた男たちが、すごい勢いでかきこんでいた。
養鶏場に住んでいる子どもたちも、夢中で食べている。口の周りに米粒が飛ぶくらいだ。
……ちょっと落ち着けと声をかけたい。必要なら追加で作れるから。
あ、むせてるやつがいる。
「スープも作れば良かったか」
「そこまで材料を用意していませんからね」
フォンが笑顔になって、周りを見ている。依頼を受けて、街から離れて正解だったな。
気軽に受けただけあって、準備は万全ではないんだよな。卵とじに必要な、最低限の物しか持ってきてない。
しかも、養鶏場だから卵はあるだろうと見切り発車。
タマネギはご厚意に甘えていただいたんだ。なくても料理できるけど、タマネギの甘みがあると段違いに美味くなる。
養鶏場の主人は、この光景を驚きの目で見ていた。
「すごいな。あんな害獣が、こんな美味い料理になるとは」
「あっさりした肉質なんで、いろんな料理に使えますよ。ちょっとパサつきやすいので、そこに注意すれば」
「トーマ君、もしよかったらなんだが、この料理のレシピを教えてくれないか?
対価は……今はあんまり金がないんで、それ以外でお願いできれば」
主人が、悩みながらそう言ってきた。
「別に特殊な料理じゃないんで、無料でいいですよ。
あ、帰るときに卵を……だめだ、今、ホテル暮らしで料理できないんだ。今のなしで。
追加で作るときに、横で見ていてください」
もう少しで食べ終わるから、それから作るのでもいいだろうか。
「血抜きしないと不味いからねん」
サァラが口添えしてくれた。そうそう、それが大事だ。
血抜きは子どもたちが手伝ったので、そちらに聞いてくれという話になった。
「猫のお姉ちゃんに褒められた!」
「うん、なかなか筋がいいにゃ」
サァラに褒められて、子どもたちはスプーンを振り回した。
母親たちがそれを注意する。
「これ、米粒が飛ぶだろ」
「お行儀悪いよ」
「はぁ~い」
こういうの、妙に癒やされるよな。
男性陣に一角ウサギをまとめて倒す方法を尋ねられた。
「その前に、一つ気になってること訊いていい?
街と養鶏場の間にトレントが出るだろ。それはどうしてるの?」
とルナが返した。
確かに、それがいるからDランク以下の冒険者が来られないんだもんな。
「卵の運搬ができないと商売あがったりなんで、トレントくらいなら討伐できますよ」
従業員がさらっと言った。
今、トレントくらいって、言ったか?
「冒険者で言ったら、Cランク以上じゃん」
「そっすね。まあ、自分、戦いたくないタイプなんで、冒険者にはなりませんけど」
うわ~、羨ましい。素質に恵まれてる男だ。
「なら、一角ウサギも討伐できるでしょ」
ルナが重ねて問う。
「いや、奴らは数が多いし、すばしっこい。一羽捕まえている間に、他の奴らは逃げちまう」
そう、一角ウサギの群れが難しいのはそこなんだ。気配に敏感だから、一羽を犠牲にしてバッと逃げてしまう。
前のパーティー「鮮血の深淵」のときは、盾役のブルーノがヘイトを集めたから一斉に討伐できたんだ。
残念ながら、この「花猫風月」では、殲滅する作戦までは立てられなかった。
だから、肉のうまさと毛皮の価値が伝わって、他の冒険者も依頼を受けてくれるのを計算に入れているんだよな。
養鶏場の人達が一角ウサギを捕まえる気になったなら、一つアドバイスをしておこう。
「できるだけ毛皮を傷つけないようにするといいですよ」
「こんな破れやすい毛皮、使い道ないだろ」
「襟巻きにもならないし、縫い合わせるとそこから破れやすくなるしな」
と、従業員達が使えない状況を口にする。
「日常生活には耐えられないでしょうね。
だから、お金持ちのお嬢様がぬいぐるみにするんです。触り心地いいですよ」
「なるほどなぁ」
「淑女が小さなバッグにすることもありますよ。寒い時期は見た目が暖かそうですし。物を大切に扱うというアピールになるんだそうです」
ホテルで働いているときに得た知識だ。
男たちの目が変わった。
養鶏場が忙しくないときに狩りに行くのは決定だろうな。
レスタール王国のときのように一角ウサギブームになれば、散歩感覚で足を運んでくれる冒険者も出てくるだろう。
――そう考えてたんだけど、もしかしたら討伐依頼を取り下げて自分たちで狩り尽くしたりして?
「手先が器用な人がいたら、ぬいぐるみを作れますね。中に入れる綿の代わりに、鳥の抜けた羽がちょうど良いんじゃないかしら」
フォンがさらにアイディアを出した。
養鶏場だから羽毛もたくさんあるだろう。
「おお! 婆さんがそういうの得意だな。膝が痛いって言うから、ちょうどいい」
主人が言い出すと、高齢の女性達が返事をした。
「革を縫うんだったら、穴開けの金具と革用の縫い針を買ってきな。昔のは先がつぶれちまって、もう使えないよ」
「懐かしいね。昔、金がないときは手作りしたもんだ」
開拓時代の思い出話が始まった。
「おばあちゃん、頼もしい。僕もやりたい」
「あたしも、あたしも」
また、一段と賑やかになった。
それを見ていた女性が、エプロンで涙をそっと拭った。
「一昨日まで、もうこの家は潰れるしかないと思ってました」
「お前にも苦労かけたな。ヒヨコが無事に育つのを待つまでの辛抱って思ってたけど、その間に一息着けそうだ」
主人夫妻が、子どもたちに聞こえないように話している。
「じゃあ、明日街に買い物に行こう。あんたたちも荷台でよければ乗せてくぜ」
従業員の中の、リーダーっぽい男がそう言った。
「助かります。じゃあ、もう一回卵とじを作りますかね」
俺が立ち上がると、うお~と喜びの声と拳があがった。




