美味しいは正義
翌日の午後に冒険者ギルドに寄ってみた。
捕まった男たちは妖精族ということは認めたが、黙秘を続けているという。
事態が動いていないならやれることはない。
帰ろうとしたときに、俺は掲示板の古びた依頼書が、なぜか気になった。
一角ウサギの討伐依頼だ。
集団生活をする、さほど強くないモンスターなので、駆け出しの冒険者に好まれる依頼のはず。
ギルド職員に声をかけて尋ねてみる。
「現場の養鶏場まで行くのに、森を抜けないといけないんです。そこは時折トレントが出るため、Cランク以上のメンバーがいないと受注許可がおりません。
ですがCランクにとって、この依頼料は安すぎる。
一角ウサギ自体はDランク、頑張ればEランクでも倒せるモンスターですから」
職員が悩ましげに、ため息を吐いた。
「それで、受ける人がいないんね。あたいも読み飛ばしたもん」
サァラが苦笑いした。
「冒険者としては当然の判断だと思います。けれど、時間が経つほど数が増えますでしょ?
養鶏場も、ニワトリの被害と収入が得られないことで、そろそろ限界らしいんです」
「もしかして、最近卵の値段が上がっているのって……」
「この養鶏場からの納品が激減しているからです」
トーマが興味を示したことで、職員は希望を見いだしたらしい。熱心に説明を始めた。
ルナもサァラも手応えのないモンスターに食指が動かない様子。
「一角ウサギ、久々に食べたいな」
焼いても煮てもいい。毛皮をきれいなまま仕留めれば、小遣い稼ぎにもなる。
「え、一角ウサギを食べるの?」
ルナが驚いた声を出す。言われたこっちが驚く。
「あっさりしてて、美味いぞ。二、三年前のレスタール王国の一角ウサギブーム、知らない?」
「あ~、あったな。弱いやつらが雑魚を食ってるとか、そんな感じだった」
ルナが頭をかきながら言った。
なるほど。国が違えば……いや、レスタールもあのブームの前は貧乏人の食べ物って言われていたっけ。
血液の中に味を落とす成分が含まれているから、一瞬で蒸発させるか丁寧に血抜きをすればいい。
逆に言うと、それをしないと確かに不味いんだ。
「じゃあ、俺が美味いのを食わせてやるよ」
「ありがとうございます!」
他のメンバーの反応を確認する前に、職員が大きな声でお礼を言った。
すまん。先走った。
二日後、俺たちは養鶏場の近くの林にいた。
一角ウサギの巣穴の前に、フォンの風魔法で下草を刈って小さな広場を作る。
入り口で薪を焚いて、風魔法で巣穴に送り込む。
脱出してきた一角ウサギの角を、格闘家のサァラが掴む。その首をルナが落とした。
俺はすかさず一角ウサギの足を、木の枝の間に張っているロープに吊した。二本重ねたロープの隙間に足を通せば、一角ウサギは宙づりになる。
十羽ほど吊したところで、俺は「プランBに移行!」と声をかけた。つまり、今やっていたのがプランAだ。
フォンが、小さな広場をぐるりと風の結界で囲む。
ルナは腰を落として、飛び出してくる一角ウサギをなぎ払う。
「剣は水平を意識。足だけ狙って」サァラの指導が入った。
ランクが低いモンスターなので、剣技を磨く訓練を兼ねているのだ。
軌道がブレると、一角ウサギの本体を傷つけ、毛皮の値段が下がってしまう。
複数頭がまとめて出てきたときは、俺がフォローして仕留める。
でも、短剣と角の長さがほとんど変わらないものだから、ヒヤヒヤする。度胸試しみたいな気分だ。
薪の煙と一角ウサギの血の臭い。懸命に生きようとしている者同士の戦い。こちらだって油断したら大怪我をする。
ルナが疲れて腰が上がってくると、刃が斜めになって一角ウサギの胴体を傷つけてしまう。
「ちっ、しくじった」
俺は集中力が切れたところで、角で腕に擦り傷ができた。
風の結界が薄くなったところから逃げ出したのを、サァラが仕留めて「ここ薄くなってる!」と指摘する。
もっと効率的な戦い方もできるが、今回は強化トレーニングだ。
苦しいのを乗り越えたら、実力アップしてるかも。がんばろー!
ルナが「太ももがぷるぷるしてきた」と泣き言を言い始めた。
フォンも「均等に魔力を注ぐのが……そろそろ限界」と、額に汗が浮いている。
「じゃあ、今日はここまでだねん?」
サァラが確認してから、パンと手を叩いた。終了の合図だ。
商業ギルドから借りてきた保冷バッグに一角ウサギを詰め、養鶏場に戻ることにした。
依頼主は五十羽以上いるのを確認すると、依頼完了証明のサインをくれた。
「数を減らしてくれるだけで、ありがたいよ。
けど、角だけでいいのに、本体まで持って帰ってきたのかい」
不思議な顔をする。
「ふふふ、まあ、見ていてくださいよ」
俺は不適な笑いを漏らし、台所と作業場を借りる。
作業場では、ルナとサァラに血抜きをしていない一角ウサギを処理してもらう。
卵とタマネギを譲ってもらい、血抜き済みの一角ウサギを解体する。
食材をもらって、代わりに養鶏場の人たちの賄いも作る。
昨日、市場で仕入れてきた米と醤油を取り出した。
フォンが米の炊き方を知っているというので、そちらは任せる。
逆に「トーマはよく米を食べようと思ったわね」と言われてしまった。
こちらは小麦粉が中心だから、珍しいかもな。
「宿屋で働いていると、商人からいろんな話を聞けるからさ」
一角ウサギはニワトリよりもパサつくから、薄く切って使う。タマネギも薄切り。
フライパンから砂糖と醤油のいい匂いが立つと、養鶏場の従業員も台所をのぞきにきた。
時間があったら出汁から作るんだけど、体を動かしたあとは味が濃くてもいいだろう。
溶き卵を半分入れて、固まりかけたところをかき混ぜる。
仕上げに残りの卵を入れて、蓋をして余熱を通す。
血抜き作業を終えたルナとサァラが戻ってきた。
作るところを眺めている従業員に、他の人にも声をかけてもらうように頼んだ。
炊き上がったご飯を器によそって、その上に卵とじを乗せたら完成。
「卵とじご飯、できました。順番に取りに来てください」
声をかけると、「待ってました」と元気な声が返ってくる。
うんうん。匂いだけで美味しいってわかるよね。
フォンが「オヤコドンだわ」と呟いた。




