過去がちらつく
居酒屋で暴れた者たちを引き取りに、ギルドから腕っぷしに自信がある職員が来た。
第一線を離れた冒険者なので、それなりに強い。
「なんだ、こいつら? 冒険者にしちゃあ……汚れてない?」
「ぷは。それじゃあ、俺たちが汚いみてぇじゃねえか」
ギルド職員とは顔なじみの冒険者が混ぜっ返す。
「埃まみれで飲みに来てるくせに、きれいなつもりかよ」
「そんなのを気にするなら、冒険者になるなってんだ」
「ちげえねぇ」
酔っぱらい達は、どんなことでも盛り上がる。
トーマの戦いを巡る賭けに負けた者が、勝った者に金を渡す。それだけの行為なのに、悔しがる者や賭けに参加していなくてもはやし立てる者がいて、賑やかさを増す。
素面の職員は、ふっと笑いを漏らした。
「こいつらは放っておいて、花猫風月は同行してくれるか」
サァラが揚げた肉を口に放り込んで、指を舐める。
先ほど代金は精算している。追加注文をしないで、のんびりとギルド職員を待っていたのだ。
ルナが麦酒を飲み干し、テーブルにタンと音を立てて置いた。
「よし、行くか」
ギルドマスターは、俺たちの顔を見るなりげんなりとした顔をする。
「またお前らか。……もう、帰ろうと思ってたのに」
「あたし達だって、晩飯を切り上げて来てあげてんだけど」
「まあ、そうだな。で、今度はなんだ」
連行してきた職員が、経緯を説明する。
「酒場で因縁をつけてきた奴らが怪しいと?」
「冒険者に偽装した何者か、という印象ですね」
「レスタール王国から来た人間じゃなさそぅだよ。ごま油の匂いじゃない」
サァラが自分の鼻を指さした。
「……妖精族ですわ」
フォンが手の震えを押さえながら言った。
「海の向こうからってことか?」
「ええ、おそらく。私のことを確認しに来たんだと思います」
「うわ、また厄介な案件か。勘弁してくれ」
「ギルド職員なのに、さっきから何なの? 失礼にもほどがある」
ルナが怒り出した。
「今日、娘さんの誕生日なんですよ。すでに約束の時間を過ぎてるんです。
これで帰らなかったら、離婚の危機で」
ギルド職員がさらっと事情を漏らした。
「それなら、後日でよろしいんじゃありませんか? 怪しい者たちは捕縛していますし、明日にしましょう」
「どんな事情か、このままじゃ気になるんだが……」
「家庭と仕事とどちらを取りますの?」
フォンが顔だけは笑顔で、詰問する。
「くそ。ホテルに延泊していいから、身の回りに気をつけろよ」
言い放って、ギルドマスターは慌ただしく出て行った。
それをフォンは目を細めて見送っていた。
なんだか、泣きそうな……?
「さて、簡単な調書だけ作りたいんですけど、ご協力願えますか?」
「ホテル代くらいは、協力するにゃ」
サァラはフォンの手を握って、ソファーに座った。
「部屋の主がいなくなったけど、このままここでいいのか?」
ルナが訊いた。
「本当なら移動した方がいいんでしょうけど……面倒くさいし、許してくれると思います」
職員はおおらかに笑った。
フォンが彼らを妖精族だと推測した理由が語られた。
「私の父は妖精族でした。発表した研究が権力者の気分を害して、一族が連座で処刑されています。
幼かった私は、使用人の子としてこの大陸に逃げてきました」
フォンは息を吐いた。
「トーマの件でエルフの指名手配犯がつかまりましたでしょ。
おそらく、それでトゥルメル支部を気にかけていて……私が妖精族だと気付いたのかもしれません」
ルナもサァラも驚いた様子はない。知っていたのか。
「その事件の生き残りだと?」
職員はメモを取る手をとめ、顔を上げた。
「いえ。研究内容を理解できるかわからない子どものことなど、海を渡ってまで追いかけてこないと思います。
妖精族という種族自体、あまり拠点を離れることがありません。念のため、事情を確認したいのではないでしょうか」
納得できるような、できないような……気持ち悪さが残った。




