気になる状況
ルナの好奇心を相手にしていたら、苦悩はどこかに押しやられてしまった。
普段は男のようなしゃべり方をする口から、可愛い声が出てくるのも新鮮だった。
自然に愛おしいという気持ちが湧いてくるのが不思議だ。
事後の余韻を味わうというよりも、鍛錬の後のような爽快さがあったように思う。
さっと湯を浴びて着替え、部屋の掃除を頼んでホテルのロビーで二人を待つことにした。
今夜もこのホテルに四人で泊まるのに、事後の空気が残っていたら駄目だろ。
「トーマは気にしぃだな」
「ルナは気にならないのか?」
女性の方が神経質になるものだと思っていた。
ホテルの入り口が見えるソファーに座り、飲み物を注文した。
今日までのホテル代は、冒険者ギルドが捜査協力として出してくれている。だから、飲食はいつもより贅沢できた。ホテルの中の食事は、高いけどな。
明日にはチェックアウトするから、贅沢を味わってしまおう。
果実水が冷えていて美味しい。常温の果実水とは違うおいしさがある。
「なんとなくだけど、こういうきれいな環境に慣れていると、動物的な感じが気になるんじゃないかな」
「なんの話だ?」
「交わった痕跡が気にならないのかって話」
まだ、その話は続いてたのか。果実水を吹き出すかと思った。
「色気のない話をしているわね」
いつの間にかフォンが目の前に立っていた。
向かいのソファーに腰掛けながら、飲み物を注文する。
「サァラが戻ってきたら、外に食事に行きましょうか。魔石が品薄になっているみたいだから、そういう依頼があるかもしれないわね」
フォンがさらりと話題を変えた。
「ホテルのレストランじゃなく、外に行くのか?」
あれから野次馬に絡まれるのと、レスタール王国からの接触を警戒して、できるだけホテルに籠もっていた。
「周囲の反応を見て、明日からの宿を考えたいの。
依頼を受けて出発するまで二、三日だろうけれど、警備がいる宿にする必要があるかどうか」
そうか。そういう観点から選ぶ必要があるもんな。
「おまたせ~」
サァラがフォンに背後から抱きついた。
「いい感じの依頼はあったのかしら?」
フォンがサァラの腕を撫でる。
「ん~、あ、いいもの飲んでる。あたいも飲みたい」
「それでもいいけど、外に食べに行こうって話をしてたんだ。すぐに麦酒の方がいいんじゃね?」
ルナがサァラをからかうように言った。
「モチのロンだ! 今、すぐに行こうにゃ」
庶民的な居酒屋で、麦酒の入った木の器で乾杯をする。
「ぷは~。いいね、この感じ。
お上品なのもたまにはいいけど、生き返るって気がする」
ルナが楽しそうに言った。
「肉も、肉肉しくて、うまいにゃ」
サァラが肉にかぶりつく。ここでは、上品に一口大に切り分ける必要がない。
フォンはチラリと周囲に目を向け、そっと風の魔法で防音の結界を張った。
「サァラ、どんな依頼を受けてきたの?」
「ああ、それにゃ。迷って、まだ受注してないん」
「珍しいわね。どんなところで迷っているの?」
フォンはサーモンとタマネギが乗ったパンを手にしたまま、サァラに先を促した。
「その前に……指名依頼を断った」
「なんで? 指名料が付くからお得だろ?」
ルナが片肘ついて、サァラの方に身を乗り出した。
「……レスタール王国の貴族からだって。ギルド職員さんが教えてくれた」
サァラが口元に手を添え、悪巧みをするような楽しげな顔で囁く。
「ああー」と納得の声が、誰からともなくあがった。
「俺狙いかぁ~」
思わずテーブルに両肘をついて顔を覆う。しつこいな、レスタール。
「だろうね」
ルナがポンと肩を叩いた。
その手に……心なしか距離が近い感じがした。




