ダンジョンの準備
冒険者ギルドの資料室には、ダンジョン関係の棚があった。
「うわぁ。こんなに沢山あるんですね!」
トーマは感嘆の声をあげた。
「冒険者はあまり記録を書こうとしないから、ダンジョンの歴史の長さを考えると少ない方でしょうね」
フォンが資料をひとつ取り出した。
「これが初心者にはわかりやすいと思うわ」
「トーマ、それ読むのにどれくらいかかりそう?」
ルナはあまり資料に興味がなさそうだ。
「二日くらいあれば……」
急げば一日で目を通せるが、理解できないところがあったら他の資料も読みたくなる。
「んじゃ、三日ほど別行動しよう。あたしたちはその間に依頼を受けるか、鍛錬するかしてるよ」
それを聞いたサァラがぴょんと飛び上がり、職員に「お静かに」と注意された。
ルナは「夕飯代」と言って、まとまったお金を机に置いた。
三人は手を振って出て行った。
……かっこいい。
「鮮血の深淵」時代は、文句を言われた。
とろくさいとか、弱いから準備が必要なんだとか、時間の無駄だとか。
しまった。また思い出して比べてしまう。
そういえば、俺の荷物はどうなったんだろう。
死んだってことで、山分けされちゃったかな。
山猫亭のオヤジさんにもらった特製の火打ち石とか、取り返したいんだが。
結果的に、三日もらってよかった。
三日目は六人掛けのテーブルを占拠して、いくつも資料を並べることになった。
気になることが出てきたせいだ。
何度も読み返して、見比べて……とんでもない仮説を思いつき、俺は人知れず震えた。
三日目の晩は、三人と合流して食べることになっている。
「本の虫が来たにゃ」
サァラが飛びついてきた。
「あはは、色々な事が書いてあって、面白かったよ」
つい、頭をなでてしまう。
「そんなん、戦って現場で知っていけばいいのに。早く行きたくないの?」
甘えられているようで可愛いが、それは強者の理屈だ。
戦闘系スキルがない人間は、対策を取らなければあっという間に終わってしまう。
「それは、普通の冒険者の理屈よ。そうじゃない行動をするから、トーマ君は有名になったんじゃない」
フォンがサァラをやんわりとたしなめた。
「そうだな。で、何を得たか教えてくれるんだろう?」
ルナはそう言ってから、乾杯の音頭をとった。
「我々の前途を祝して、乾杯!
さて、まずは腹ごしらえだろ。食べながら聞くよ」
こちらに来て初めて食べたパスタ。ソースを変えるだけで違う味わいになるので、びっくりした。
今も、三種類ほどテーブルに乗っている。
「日帰りコースを三日間、同じペースで巡りたいんです」
考えていたことを言ってみた。
「え~、つまんにゃい」
案の定、サァラから反対意見が出た。
「それが、資料室で調べた結果なのね?」
フォンがトマトベースのパスタを食べるのを中断して、正面から俺を見つめる。
「検証してみたいことがあるんです」
これを確認しないと、ダンジョンの奥に進むのが怖い。
「んじゃ、トーマに三日間は付き合おうか」
ルナが言うと、他の二人もうなずいてくれた。
ただ、ルナの顔を見るに、三日間で何かの成果を出さなければ、次はなさそうだ。
ふぅと軽く息を吐いて、自分に気合いを入れる。
「ありがとうございます。
では、ルナさんにはギルドが貸し出している、初心者用の剣を持っていってもらえますか?」
ルナは目を丸くして、半月刀を抱きしめた。
「ええ? なんでよ。愛しの三日月ちゃんをなんと心得る!」
んん? 半月刀に愛称をつけているのか。
「あ、いえ。両方持っていって、実験してほしいんです」
「私にも、実験で役割があるのかしら?」
フォンが愉快な企みを期待しているようだ。
「はい。ご協力いただけますか?」
このあとに頼もうと思っていたんだ。乗ってきてくれるなら、大助かりだ。
「それはいいけれど……あなた、私たちには敬語なのね。サァラとは気安く話してるのに」
意外なことを指摘された。そうだったか? 自覚してなかったんだが。
「ふふ~ん。あたいとトーマは特別に仲良しだかんね」
サァラが得意げに胸を張る。
口元にバジルソースがついていて、子どものようだ。
山小屋にいたときは手で拭ってあげたけれど、さすがにここではできない。
「おうおう、言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、実験に協力する代わりに、敬語なし、な」
ルナがサァラに対抗するように言う。
フォンがそれに合わせて「自分もそれを条件にする」と追撃してきた。
「き、気をつけます」
顔が赤くなったかもしれない。いや、なっている。
背後から「けっ、イチャつきやがって」と声が聞こえた。
俺も、そう思います……恥ずかしい。




