驚きの現在地
ふわふわの毛並みが気持ちよくて、とろとろに蕩かされて、俺は天国にいるのかと思った。
朝日で目が覚めたとき、彼女は俺の腕の中にいた。
もしかしたら昨夜の甘い時間が再び……と思った俺は悪くない。普通だよな?
「ん~、すっきり爽快。いい朝だね」
ネコ獣人のサァラは、ベッドの上で伸びをした。
恥じらいもなく裸でベッドから出て、戸棚から服を出してパパッと着替える。
「今日は、あたいが朝食を作ったげるね」
と、鼻歌交じりで出て行った。
え、なにこの流れ……。呆気にとられる俺。
軽く失意のまま、パンツだけ履いて、昨日の服を抱えて客間に戻る。
そういえば、この服、客間の戸棚の中から選んだやつだ。
サイズも趣味も様々で、一人暮らしの女性の家になぜだろうと、ちらっと思ったんだっけ。
いつもと変わらない朝。変わらないサァラ。
俺は気力を振り絞って、気にしていないフリをした。だって、他にどうしようもないだろう。
二日かけて山を降りる。そのための準備は、慣れているサァラに相談しないとできない。
山猫亭で聞いた言葉を思い出した。
「一度寝たくらいで彼氏面しないでほしいのよね」
酒を飲んでいた女性冒険者たちの本音が、脳内で再現される。
助けてもらって、世話をしてもらって、感謝と情が湧くのはしかたないよなぁ。
俺は、二人分の洗濯物を取り込んだ籠を抱え、空を仰いだ。
山の夕日は、空気まで燃やすように赤かった。
目が痛くなって、ちょっとだけ涙ぐんだ。
翌日、下山を始めると、何カ所も難所と呼べそうな場所がでてきた。
こんな場所を乗り越えて、気を失った俺を運んでくれたのか。
「ん~、山の逆側からだよ。だから、違う道」
サァラはなんてことないと、笑った。
笑顔に心臓が鷲づかみにされたように、ぎゅんっと締め付けられる。
「俺は彼氏じゃない、彼氏じゃない、じゃない」と心の中で繰り返す。
二人きりで進む道。
目についた植生を教えてくれる姿。
俺の心は、天国と地獄を行ったり来たりする。
幸せだけど、疲れた。
街に着いたらギルドで金を下ろして、食費とか受け取ってもらえる分を払って、そこで別れよう。
そう、決めた。
冒険者ギルドのある街に到着した。
外壁の門で冒険者プレートを見せて、街に入る。
そこでわかったのだが、ここは隣国だった。
領境に近いところでブロンズタートルを討伐し、追われて逃げた滝は領を区切る川の上流の位置にあった。
サァラの住んでいる山脈は、そのまま国境線になっている。
つまり、俺を抱えたまま一つの領を越え、国境の山を渡ったのだ。
冒険者は国境を越えても咎められない職業だが、すごいことだ。
背負って山を登る労力だって……。
見捨てても、誰も文句は言わない状況だった。
これは……感動に打ち震えてしまっても、仕方ないだろう?
感謝の言葉だけじゃ、足りない。
体の芯から湧き上がる暖かさ……。
街の広場でパーティーメンバーと待ち合わせだという。
俺は、少しだけ緊張していた。
女性ばかりのパーティーだと聞いている。
こちらに向かって手を振っている人がいる。
筋肉質な体に、まさかのビキニアーマーだ。
一緒に歩いて行く俺に気付いたようで、手を中途半端に下げた。
「ええ? 隣りの国で有名な『下ごしらえ』君じゃん。
生きてたの?」
初対面の金髪美女の第一声が、それだった。




