英雄と村長の息子
街の大通りを外壁に向かって進む。
馬車の幌をたたんで、アーデンは手を振り返して、歓声に応えていた。
門の兵士には、敬礼まで捧げられた。
先日、別の門から街に入ったときは、怪我をした冒険者として一瞥されただけ。
感謝の一言もなく、むしろ「泥だらけで街に入るのか」と蔑む雰囲気だったと、エドガーが苦笑いする。
「ほんの数日で、待遇が変わるもんだな」とアーデンは気に病むことなく受け入れていた。
村長の息子のエドガーは、「この機会を利用してやる」と、目を光らせた。
「田舎者だからと、こき使われたままで終わらせない。何ができるか、考えるぞ」と、手綱を持って決意を固めているようだ。
俺は馬車の扱い方を学ぶつもりでエドガーと並んで座っていたが、街が遠ざかるころアーデンが気絶するように倒れた。
ホテルの寝台を泥で汚してしまい、その敷布を「餞別」としてくれたので馬車に敷いている。
そこに倒れ込んだので怪我はないが、やせ我慢にもほどがある。
近くにいて気付かなかった自分にも、腹が立った。
俺は急いで御者台から荷馬車の部分に移動した。
寝る姿勢を整え、体を冷やさないようにマントをかける。
領主様、いい贈り物をありがとう。
遠目からでも「英雄」とわかる。手を振れなくても、喜んでもらえるだろう。
村娘が走ってきて「こんな物しかないんですけど」と果物をくれた。
「目が覚めたら、食べさせるね」と満面の笑みで受け取る。
ありがたい。
内臓まで痛めている怪我人には、こってりギトギトの宴会料理より、こういう食べ物がいいんだって。
馬車は舗装されていない田舎道を行く。
水場で水を確保し、少しでもアーデンが寝ていられるように工夫した。
大きな街から離れるに従って、注目されることもなくなり、幌を戻して普通の旅になった。
野宿や宿屋で、アーデンとエドガーは色々と話をする。
今日は街道の宿に泊まり、食事付きだ。
俺も仕事が少ない日は、疲れを取っておきたい。
早めに夕食のテーブルに着いた。
「売上げは、ワイバーンの討伐現場に残っている仲間たちへ送りたい」
アーデンが言う。一緒に討伐に出て、現場に残してきた仲間たちが気になるのは当然だ。
「それはいいんだが、現地の冒険者ギルドは後始末で混乱しているんだろう? 焦って送金したところで、分配率がどうとか言って塩漬けにされかねない。
本拠地に戻ってから、信頼できる冒険者を数人派遣した方がいいんじゃないか?」
エドガーは「焦るな、冷静になれ」と言い続ける。
「金だけあっても仕方ないだろう。襲撃で、薬屋が潰されていないとは限らないだろうし。
道々、治療に使える薬草などを買いながら行った方がいいはずだ。
トーマ、それに同行するのはどうだ?」
エドガーが話を振ってきた。
「ホテルに戻って、オーナーに訊いてみないと応えられませんね」
……正直、迷ってはいる。
ホテルで金持ち相手に働くのは、安定しているが、心がすり減る気がしてきた。
「これで、ワイバーンの村から、村民を連れ帰れるか?」
アーデンが、エドガーの書き付けを指し示しながら質問した。
「……何人、生きてた?」
「わからん。俺は寝たきりだったから」
重たい沈黙が降りた。
討伐するのが最優先で、それ以外のことは後回し。現場は混乱していただろう。
エドガーが振り切るように、酒をぐいっとあおった。
「アーデン。お前、自分のこれからの生活費は取っておけよ」
「お前が自警団で雇ってくれるんだろ? これからの分は、これから稼ぐさ」
気軽に言うアーデンに、エドガーは苦い顔をした。
「元手がないなら僕が出すしかないけど、あるんだから自分で払えよ。
ロビーで集めた寄付金は全額寄付する。
だが、オークションは寄付するって謳ってないからな。この旅の経費は抜くぞ。
残りでまかなえる範囲でなら、迎えに行こうが何をしようが、好きにすればいい」
エドガーは、家賃、義足代、当座の生活費など必要と思われる事柄を列挙し始めたが、アーデンは相槌も打たず、聞き流している。
明らかに覚える気がないし、考えようともしていない。
それでも続けるエドガーも、すごい……。
「現地に迎えに行くときの経費も、行ってくれる人の日当も計算しろよ」と追加する。
「ええ、無理だって。そんな計算できるわけないだろ」
アーデンはあっさり白旗を揚げた。
「俺は村長の息子だ。
今回は自警団強化という名目があったから動けたが、負傷した普通の冒険者のためには動かない。
自分でやれないなら、トーマに頭を下げて頼め。
そんで、とっとと体を治して義足着けて、村の弱点の洗い出しをしてくれ」
またしても、俺ですか。
エドガーはわりと簡単に俺に丸投げする気がするんだが……?
ここ数日で、「この二人の関係、なんか好きだな」と思うようになってきた。
郷土会で見ていたときは、仲が良くないと思っていたけど。
お互いに方針は気に入らないのに、根っこのところで信頼し合っている。
なんか、いいな……こういうの。




