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『下ごしらえ』で冒険者を目指す ~地味スキルなのに、なぜかモテる件~  作者: 紡里
第二章 三年目の下ごしらえ

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英雄と村長の息子

 街の大通りを外壁に向かって進む。

 馬車の幌をたたんで、アーデンは手を振り返して、歓声に応えていた。


 門の兵士には、敬礼まで捧げられた。


 先日、別の門から街に入ったときは、怪我をした冒険者として一瞥されただけ。

 感謝の一言もなく、むしろ「泥だらけで街に入るのか」と蔑む雰囲気だったと、エドガーが苦笑いする。


「ほんの数日で、待遇が変わるもんだな」とアーデンは気に病むことなく受け入れていた。


 村長の息子のエドガーは、「この機会を利用してやる」と、目を光らせた。

「田舎者だからと、こき使われたままで終わらせない。何ができるか、考えるぞ」と、手綱を持って決意を固めているようだ。


 俺は馬車の扱い方を学ぶつもりでエドガーと並んで座っていたが、街が遠ざかるころアーデンが気絶するように倒れた。

 ホテルの寝台を泥で汚してしまい、その敷布を「餞別」としてくれたので馬車に敷いている。

 そこに倒れ込んだので怪我はないが、やせ我慢にもほどがある。

 近くにいて気付かなかった自分にも、腹が立った。



 俺は急いで御者台から荷馬車の部分に移動した。

 寝る姿勢を整え、体を冷やさないようにマントをかける。


 領主様、いい贈り物をありがとう。

 遠目からでも「英雄」とわかる。手を振れなくても、喜んでもらえるだろう。


 村娘が走ってきて「こんな物しかないんですけど」と果物をくれた。

「目が覚めたら、食べさせるね」と満面の笑みで受け取る。

 ありがたい。

 内臓まで痛めている怪我人には、こってりギトギトの宴会料理より、こういう食べ物がいいんだって。



 馬車は舗装されていない田舎道を行く。

 水場で水を確保し、少しでもアーデンが寝ていられるように工夫した。

 大きな街から離れるに従って、注目されることもなくなり、幌を戻して普通の旅になった。




 野宿や宿屋で、アーデンとエドガーは色々と話をする。


 今日は街道の宿に泊まり、食事付きだ。

 俺も仕事が少ない日は、疲れを取っておきたい。


 早めに夕食のテーブルに着いた。



「売上げは、ワイバーンの討伐現場に残っている仲間たちへ送りたい」

 アーデンが言う。一緒に討伐に出て、現場に残してきた仲間たちが気になるのは当然だ。


「それはいいんだが、現地の冒険者ギルドは後始末で混乱しているんだろう? 焦って送金したところで、分配率がどうとか言って塩漬けにされかねない。

 本拠地に戻ってから、信頼できる冒険者を数人派遣した方がいいんじゃないか?」

 エドガーは「焦るな、冷静になれ」と言い続ける。


「金だけあっても仕方ないだろう。襲撃で、薬屋が潰されていないとは限らないだろうし。

 道々、治療に使える薬草などを買いながら行った方がいいはずだ。

 トーマ、それに同行するのはどうだ?」

 エドガーが話を振ってきた。


「ホテルに戻って、オーナーに訊いてみないと応えられませんね」

 ……正直、迷ってはいる。

 ホテルで金持ち相手に働くのは、安定しているが、心がすり減る気がしてきた。



「これで、ワイバーンの村から、村民を連れ帰れるか?」

 アーデンが、エドガーの書き付けを指し示しながら質問した。

「……何人、生きてた?」

「わからん。俺は寝たきりだったから」


 重たい沈黙が降りた。

 討伐するのが最優先で、それ以外のことは後回し。現場は混乱していただろう。



 エドガーが振り切るように、酒をぐいっとあおった。


「アーデン。お前、自分のこれからの生活費は取っておけよ」

「お前が自警団で雇ってくれるんだろ? これからの分は、これから稼ぐさ」

 気軽に言うアーデンに、エドガーは苦い顔をした。


「元手がないなら僕が出すしかないけど、あるんだから自分で払えよ。

 ロビーで集めた寄付金は全額寄付する。

 だが、オークションは寄付するって謳ってないからな。この旅の経費は抜くぞ。

 残りでまかなえる範囲でなら、迎えに行こうが何をしようが、好きにすればいい」


 エドガーは、家賃、義足代、当座の生活費など必要と思われる事柄を列挙し始めたが、アーデンは相槌も打たず、聞き流している。

 明らかに覚える気がないし、考えようともしていない。


 それでも続けるエドガーも、すごい……。

「現地に迎えに行くときの経費も、行ってくれる人の日当も計算しろよ」と追加する。


「ええ、無理だって。そんな計算できるわけないだろ」

 アーデンはあっさり白旗を揚げた。



「俺は村長の息子だ。

 今回は自警団強化という名目があったから動けたが、負傷した普通の冒険者のためには動かない。

 自分でやれないなら、トーマに頭を下げて頼め。

 そんで、とっとと体を治して義足着けて、村の弱点の洗い出しをしてくれ」


 またしても、俺ですか。

 エドガーはわりと簡単に俺に丸投げする気がするんだが……?



 ここ数日で、「この二人の関係、なんか好きだな」と思うようになってきた。

 郷土会で見ていたときは、仲が良くないと思っていたけど。


 お互いに方針は気に入らないのに、根っこのところで信頼し合っている。

 なんか、いいな……こういうの。


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