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067、コーヒーに酔い痴れて

挿絵(By みてみん)

 阿頼耶識と羅宜雄は一瞬、数美の言葉の意味が呑み込めなかった。先に我に帰ったのは阿頼耶識だった。


「どういう意味だそれは」

「……言った通りの」


 答えた数美の顔が余りに悲しそうだったので、阿頼耶識は怯んだ。


「お前の父親は失踪中か、もう……死んでるだろうが。何でそれが、飛鳥井を殺したってことになる。話が飛躍し過ぎだし、まるで筋が通ってねえ」

「蓮森さん。僕もよく解らない。君は自己完結して話してるけど、僕たちにも解るように、話してくれないか?」


 羅宜雄が阿頼耶識の声に続く。その声色は懇願の響きを帯びていた。数美はそんな二人の顔を黙って見つめた。それから暗い顔で、小さな唇を動かした。


「全ては計算上の結果だった。最適解。それに抗うことは出来ない」

「ぼかして誤魔化してんじゃねーぞ。はっきり解るように説明しやがれ」

「出来ない」


 カッと阿頼耶識の頭に血が上った。


「ふさけんな!! 人一人死んでんだぞ。しかも相手はお前のダチだろうが!」

「僕は!」


 数美も叫んだ。


「僕は阿頼耶識や羅宜雄君を死なせたくない。だから言えない」

「……んだよ、それ。俺たちに話したら口封じに殺されるってか?」

「可能性がないとは言い切れない」

「意味わかんねえ。それで何か、お前はその誰だかの言うことに従順なお人形さんってか」

「阿頼耶識君」


 図書室で交わされるこれらの遣り取りは既に図書委員の機嫌を著しく損ねており、いつでもこちらに来て注意しそうな気配である。のみならず強制的に室外に追い遣られかねない。このあたりが切り上げ時だと三人も感じていた。


「一つ言っとくがな、蓮森。飛鳥井を殺した奴ってのがはっきりしたら、俺が逆にそいつを殺すぜ」

「…………そうか」


 息巻く阿頼耶識に対して、数美の返事はコンクリートに小石がぶつかったような小さな固さがあった。

 ゴロゴロと不穏な音がする。夏の遠雷だ。降るのかもしれない。図書室の窓の外を見れば、灰色のもったりした重たそうな雲が泳いでいる。



 青鎬が車椅子で初出勤した時、周囲の人間は困惑を隠せなかった。戦闘好きで躍動してこその彼であり、青鎬を知る誰もが青鎬は統監府を辞職すると考えていたのだ。当初は青鎬自身もその積りだった。だが、数学統監府の長官・尾曽道が直々に彼を慰留した。デスクワークでも良い、青鎬の存在そのものが統監府に必要なのだと懇々と説得した。青鎬はその場で退職願を破り捨てた。


「何よりですよ、青鎬さん」


 普段はクールな表情の凍上が、喜ばしそうにそう挨拶した。


「しぶといな、青鎬」

「砂嘴班長、お言葉そっくり返しますよ。黄金の腕でもお綺麗ですね」

「ふん、似合っているであろう。この鎖とマッチしてな。気に入っている」


 青鎬の周りには自然、人だかりが出来、それは班の垣根を越えて一班のみならず二班、三班の班員たちが皆、青鎬を囲んでいた。日頃の人望である。青鎬は一見、ぶっきらぼうで荒っぽい戦闘狂だが、その実、人情家で部下の窮地は見過ごさない。そんなところが吸引力となっていた。統監府マスコットキャラクターのかずお君のイラストのついたマグカップにコーヒーを注ぎながら、凍上はそんな彼と周囲をにこやかに見守っていた。足が使えずとも青鎬の価値は、何ら損なわれるものではなかったのだ。


 青鎬自身は心中複雑だった。

 歓迎してくれるのは有難いが、どうしてもやはり自分が役立たずだという感が否めない。慕って笑顔を向けてくる職員に笑顔で応じるが、胸の中枢に空いた風穴に吹く風は冷たい。凍上からコーヒーを受け取り、一口がぶりと飲み下す。冷静でいなければならない。出来ることを考えねば。尾曽道にも言われた。君の炎はまだ消えていないだろう、と。

 確かに異能はまだ消えていない。番号持ちの宿命だ。だが、下半身不随で戦闘可能であるかどうかなど、火を見るより明らかだ。青鎬は冷えた思考を巡らせていた。その日は青鎬の復帰を祝った飲み会となり、統監府近くの居酒屋に一課の職員たちが集い飲み食いした。

 青鎬は九時過ぎには店を出た。雨がぱらついてきていて、青鎬は車椅子と傘の両方を扱うのに多少、苦労していた。後の仕切りは凍上に任せておいた。

 凍上も一目置かれている。みだりに行き過ぎた莫迦騒ぎはさせないだろう。

 蜩の鳴く声が聴こえる。この声を聴くと昔から物悲しくなった。今は亡き祖母が、好んでいたことを思い出す。


「青鎬さん」


 若い青年の、躊躇いがちな声が掛かったのはその時だった。

 青鎬は信号待ちをしていた。赤から、青に切り替わる瞬間。振り向くと、ひょろりとした男性が立っていた。奇襲には見えない。つまり敵ではない。そうした判断が身に沁みついてしまっている。


「何だい? 俺に用かい?」

「はい。あの人から許可が出たので、声を掛けることが出来ます」

「ん?」


 信号はもうとっくに赤に変わっている。青鎬の車椅子姿と、それに話しかける青年に、人々の耳目が集まっている。ちら、と青年は、それらの様子を見た。目立ちたくないという思いがあるなら大いに同意見だ。青鎬は青年を、よく知る喫茶店に誘うことにした。あの店ならば煩い客もいない。マスターも沈黙を保つ。


「場所を変えないか、兄ちゃん」

「はい。喜んで」


 青年・(たか)(あし)亜房(あぼう)はほっとしたように青鎬の誘いに乗った。


「ちょちょちょ、何でこっち来るの!」


 慌てたのは観察者たちだ。まさか根城にしている喫茶店に、青鎬が来るとは想定外だった。静かで落ち着いた空間は彼らのお気に入りだったが、青鎬とバッティングしようとは。仕方なくこぢんまりとして静かに大人しく、喫茶店の調度品にでもなった気持ちでいることにする。堅洲と美風と久真の男三人連れではそれであっても目立ってはいたが。

そしてさりげなく聞き耳を立てる。


「さて。話を聴こうか」


 酔い覚ましにもなるブレンドコーヒーはウェッジウッドのコーヒーカップで、苺柄が青鎬にはやや気恥ずかしい。けれど一口飲むと、頭がクリアーになった。改めて、目の前に座る青年を眺める。線の細い子だ。自分に子供がいれば彼くらいだっただろうか。睫毛が長く、それが彼の容貌に陰影をつけている。


「僕は考葦亜房と言います。……青鎬さん。もし僕が、青鎬さんの脚を治せると言ったらどうしますか?」


 ぐびり、と青鎬はコーヒーをもう一口飲んだ。カフェインに酩酊作用はあっただろうか。



友情出演:堅洲斗支夜さん、美風慶伍さん、月乃輪久真さん、考葦亜房さん

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