2-0<トラと根暗眼鏡>
収監されて2日目。
この日フェルブルム卿の元へやって来たのは、眼鏡をかけた陰気な感じの男だった。
「で、何をしに来た?懐柔か?」
見張りとして部屋に居た6名の兵士と入れ替わりに入ってきた男に話しかける。
――武力に訴え恭順を迫るなら即座に<獣化>してやる。
そういう意思を込めて睨みを効かせ「グルルル」と喉をならす。
「そんなに警戒しないで下さいよ、トラ小父さん。」
だが相手は肩を竦めてやれやれといった口調で答えた。
「懐かしい呼び名を使いおって…バルナムの若造…いや、根暗眼鏡が。」
「…否定はしませんが、その呼び名はやめて欲しいですね」
「ふん。先に昔の呼び名を使ったのは貴様だ根暗眼鏡。それで?何の用だ?」
軽く嫌味を言い溜飲を下げた所で先を促す。
大よそ用件に見当が付かないでもないが…
「…まぁいいでしょう。それで用件ですが、懐柔に。」
「断る。我輩はいかなる場合でも国内においては公平中立の立場を取らねばならん。」
分かっているはずだ。と言わんばかりに答える。
そう、警察権を持つ捜査局を受け持つ事に成った我輩の家は、代々国内に対して政治的中立を保つ必要があるのだ。
他にも林業等も我が家の受け持ちだが…今は気にする必要も無いだろう。
「そうだろうと思ってましたよ。懐柔というのは言ってみただけです。」
「分かっているなら尚更何をしに来た?」
「そうですね。半懐柔という事です。端的に言うと貴方の捜査局の情報網を利用させて頂きたい。」
「我輩を解放すると?」
「そうなります。とは言えこの王城内での自由程度ですが。勿論特課兵の方と連絡を取り合ったり王家派の方々に情報を送られるのも構いません。」
「フン。つまり中立のままで良いから情報はよこせ、と言う事か。」
「その通りです。貴方の所の情報網が一番早いのは周知の事実ですからね。」
それは事実だ。我輩の捜査局の誇る<竜燕>は一切休む事無く大陸の端から端まで飛べる。
優れた保温性と寝ながらですら飛べる事による夜間飛行により、ワイバーンの2~3倍は早く手紙を運んでくれるのだ。
そしてその<竜燕>は生息地に原住していた鳥系獣人が苦労して飼いならした竜族だ。
今はまだ専門のもので無いと扱えない。
主要な街に5匹は配備しているが、まだまだ数が足り無いので一般には普及されられていない。
捜査局だけが使っているのが現状だ。
だが、それをタダで使わせる訳にはいかない。
「他の連中との面会は?」
「構いません。何でしたら懐柔もお願いしたいですね。特にアーリントン卿を」
やはり、奴が最大の壁になってくれたようだ。
内心ほくそえむ。流石だな、と
「内乱となれば奴の陸軍、海軍が最大の敵になるだろうしな。だが、奴はなびかんぞ?」
「…その為の布石は既に配置しましたよ。」
「…そうか、まぁ調べれば直ぐに分かる事だろうな。」
「ええ、説得は手遅れにならない内にお願いしますよ。」
「…えらく自信満々だな。」
「この為に長年準備してきましたからね。抜かりは有りませんよ」
長年。このセリフで確信が持てた。
「長年、長年か。やはり貴様の目的は王家の失脚だったか。」
「それが全て、とは言えませんがご明察ですね。流石は捜査局総務長…私の事情も調査済みですか。」
「言うまでもないのだろうな。だがその復讐はただの八つ当たりでしかないぞ?」
「そうかも知れません。ですがもう止まれないのです。」
「私はこの国を王家が無くても成り立つ国に作り変えます。」
「…300年も続いた王国を滅ぼして只で済むとは思えんがな」
「その300年が長すぎた、今のこの国は腐りきっているんです。平和に溺れ争いを忘れた貴族連中は肥え太る事にしか目を向けず、王国議会は肥えた貴族の腹を満たすための傀儡に成り下がっている。我々五大家が抑えていると言えども、既にキャメル卿とフォワール卿は大勢に飲み込まれて半ば以上に傀儡化。親父だってそうだった。貴方だって懐柔しようと工作された筈だ。」
「…ああ。」
その通りだ。絶対に受け取りはしなかったが、何度も賄賂を贈ってこられた。
支部の者が買収されて、有ったはずの証拠が失われ嫌疑から逃れられた事も何度もある。
「体制を覆すには王家を排除するのが一番手っ取り早い。丁度<召喚魔術>も失敗して王女が逃げ出した今が最高の時期なんですよ」
「まだ失敗したとは決まっておらんだろう!?」
「ならば何故王女は出てこないんですか? ただでさえ魔力不足を言われ、その上我々まで出し抜いて3年も前倒しに決行して失敗したからではないでしょうかね?」
「…それは」
言い返せない、現に王女は、ソフィーリア様は行方不明なのだ…
「話はここまでです。貴方の限定的釈放を認めますよ。状況はもう戻りはしない…せいぜい内乱が即座に収まるよう尽力お願いします。」
そう言い残し、バルナム卿が部屋を後にする。
――糞ッ…どうするのだ、この状況を。完全にあの根暗眼鏡の筋書き通りではないか。
このままではこの国は内乱になる、そして諸国が解放軍と称して攻めて来るのは明白。
下手をすれば大陸が戦乱に飲まれてしまう。
それだけは避けなくてはならない。だが、我輩にはその名案が浮かばない…
「誰か、我輩はこれから捜査局の支部に向かう、見張りが要るのだろう?付いて来い。」
バルナム卿と入れ替わりに再び室内に入ってきた6名の兵士に語りかける。
…今は現状の確認だ。情報を得なければ成らない。
――オヤジよ…アンタの娘は何処に行っちまったんだよ…
9/8誤字修正しました。




