6-4<ホル・コースト>
「おや? 会談は終わられたので? 思ったより早かったですね?」
開かれた扉から鎧姿の兵士が10数名なだれ込む。その中央に立つレキさんが俺たちに話しかけた。
「セバス? 何を?」
「何度言ったら分かるのですか旦那様。私のことはレキとおよび下さい、と。そうでしたね。ええ、クーデター? ですよ。」
「レキさん、これはどういう事ですか?」
「分かりませんか? ソフィーリア様。簡単なことですよ。このベルム王国には滅んで頂きたいのです。」
「何を…」
「はて? しかしクーデターなのに国を滅ぼす、とは何か変ですね? ですがこんな国欲しいとも思いませんし、どうなのでしょう? この場合はなんと言えばいいのでしょうかね?」
『大虐殺で十分じゃろ。』
マールが律儀に答える。
「…その表現はなにかこう、美的さに欠けますので避けたいですね。ううむ…」
『ならば民族浄化、なぞどうじゃ?』
さらに答える。何を話してるんだこの二人は。
「ああ、それはいいですね。ピッタリです。なかなか博識ですね妖精さん。ありがとうございます。で、そうですね。民族浄化ですよ。この国に対する、ね。」
「何を…言って、貴方もベルムの民でしょう?」
「いいえ違いますよ。私の本当の名はレキ=ルトス=シュトラウス。ベルムの民ではございません。」
「何を言っている? 確かルトスの民は300年前の戦いで全滅し、国は解体されたのでは無かったか?」
「ええ、そうですね。オサの裏切りでルトスは滅びました。ですが、生き残りも居るのですよ。そして我々は人を許しはしない。」
レキさんが静かに、しかし確かな怒りを込めて言う。だが、どういう事だ? オサが裏切った? ルトス?
確かオサの名前もオサ=ルトス=アルストラだ。300年前に何があったんだ?
何も、分からない。そんなことばっかりだ。いい加減にしてくれ!!
「機会を狙っていたのです。ちょうど旦那様が暴走しそうでしたのでセバスチャンとして紛れ込ませて貰いました。ですが、どうもこのクーデターは失敗に終わりそうですから。」
「…」
「見たところ、会談はつつがなく終了。どうせ命の保障までされてあっさりと降伏を受け入れたのでしょう? そんな都合の良い話が有るわけが無いというのに。あれだけお膳たてをして、計画を練り上げたというのに。王と王女が居たとなるとこのざま。残念ですよ。やはり旦那様は今でも寝言しか言わない引きこもりの坊やでしかなかったのですね。」
「………それで、どういうつもりなのだ?」
「ええ、何。簡単です。気づかなかったのですね。ここに兵などもうおりません。居るのは<人工人型>だけですよ。」
『ふむ。人の気配が一切せぬはその為じゃったか。』
そう言えば時々不思議そうに疑問符を浮かべていた、どうやらマールは気づいてたようだ。
言って欲しかった。
「彼らを用いて貴方方を始末します。そうすれば、この国は、この世界はお終いでしょう?」
「そんな事はさせる訳には行かない。」
そう言ってバルナム卿が両手に付けた腕輪を掴む。<人工人型>を操る気なのだろう。
魔力を受け、発光した腕輪が、パリン。と音を立て砕け散る。
「おやおや、やはり気づかなかったのですか? その<傀儡子の腕輪>は自壊術式が刻まれているのですよ。そして今、その自壊術式を起動しました。今頃王都でも自由になった<人工人型>が暴れだしているでしょう。」
「何て事を…それではお前も!」
「私は大丈夫ですよ。当然じゃないですか。この<擬態の腕輪>で同族に成りすましていますので。ちょっと<人型>の声が五月蝿いですが、襲われはしません。」
「<人型>の声…だと?」
「ええ、彼らこれで意外と意識はあるのですよ? 苦しい、助けて、死なせて、そんなのばかりですがね。で、意識があるなら声が出せて聞こえる訳で。」
「さぁ、もう我慢の必要はございません! 彼らを食べましょう!」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」」
その言葉を受けた途端兵士の鎧の右腕が肥大化し、その手甲が、胸甲がはじけ飛ぶ。
中から現れたのなグロテスクな肉色の口腕。<人型><歩兵>の証。
「では私はこれで。もう出会うことは無いでしょう。さようなら。」
「レキ!! 貴様!!」
「下がってください! 危険です!」
鞄から剣を取り出し、鞘を抜き捨てる。叫びながら前に飛び出しバルナム卿を襲おうとした3匹を切る。
袈裟切り、胴払い、胴払い、一太刀1匹で3匹を仕留める。
「皆、下がって。巻き込んじゃう。」
言いながら飛び掛る<人型>を切る。鎧を着込んでいるのだが、やわい。
こないだのと比べても形状は同じだが大きさは人並み。硬さも人並みだ。
スパスパ切れる。これなら!
身体強化の<強化魔法>を活性化させ、加速する。
室内に突入してきた10数体は瞬く間に<魔鉱石>と<魔晶石>になった。
そのままの流れでバン! と扉を蹴破り廊下に飛び出す。
視線を巡らせ、悠々と歩いて角を曲がろうとしていたレキさんを視界に捉える。こちらを振り向き驚愕している。
だが、それも一瞬。即座に角を曲がり走り去る。追うか? いや、彼を構っている場合ではない。
「ソフィー、フィオ、バルナム卿。ついて来て下さい。マール、3人の護衛に付いてくれ。セバスさんとイリアさんを保護に向かいます!」
「はい。」『心得た』
答えたのはソフィーとマールだけ、だが、このさい仕方が無い。逃げ出したレキさんとは反対の方向へ走る。時間が無い。
気配を探る。自由になったばかりのせいか、<人型>と思われる反応はバラバラだが、およそ30体がひっかかる。
セバスさんの居る部屋付近までは感知できないが、今感知出来る全部の固体がそことここに向かっている。
しかもこれは全速力でだろう。数秒で、囲まれる。急がなければ。
ナイフを取り出す。とりあえず6本。それをベルトに挟む。
「フィオ! これを!」
「……はい」
「マール、私達はどうしましょう?」
『以前対ユートに訓練したのがあるじゃろ。アレを使えばよい。』
「なるほど。そうですね!」
走りながら背後の会話を聞く。バルナム卿が幾つか魔道具らしき腕輪をフィオに手渡しているのは良い。
だが、マールとソフィーの会話に「おい」と思う。
ほんとに彼女達はいつの間にか何か企んでいる。主に俺をオモチャにするために。
『ユート、妾らはなんとでもなる。セバスを救いにゆけ、あやつ一人では荷が勝ち過ぎる』
…いやそんな事を考えている場合でもない。マールの言葉に気を取り直す。
「分かった、頼んだぞ!」
「お任せください。」
ソフィーが自身満々に答える。マールも認めていた。ならば、大丈夫なのだろう。身体強化の<強化魔法>を再度活性化する。
やたらと広い神殿だがセバスさん達の居る部屋までの距離は1500m程。20秒で行く!
◆◆◆◆◆◆◆◆
「…先ほどのお話は、事実なのですね。」
あっと言う間に加速し<人型>と壁を粉砕しながら消えたユートを見送り、その後を追っていたバルナム卿が口を開いた。
「はい。ご覧の通りです。」
「……あの人は、危険。」
「ええ、ですから、私達が支え導かなくてはいけないのです。」
『地獄を見た、と言っても子供じゃからな。』
「……監視が、必要。」
「そうだな、だが、今は。」
『うむ、来るぞ』
「―MTof nnede Ssio..MSppoen Arr lesryix― <魂縛時槍>!」
短い詠唱が終わり、3本の槍がソフィーの周りに現れ、その内の一本が壁をぶち抜いて姿を見せた<人工人型>を貫き、停止させる。
これはあの夜ユートが枷を解いて逃げようとした際に使われる予定だった魔法。
<時鎖緊縛>から余計な所を省き、物理的に縛るのでなく物理干渉を一切させずに貫き、
アストラル体という肉体とは別のものを停止させる事で身体の一部をその場に縫い止める魔法。
マールに教わり改良したのだ。彼女の知識を生かしたこの魔法は、ソフィー達にとっては今まで考えもしなかった視点での魔法。
さらに効率化が成され詠唱、消費、威力共により実戦向きに生まれ変わった。
その効果時間はレジストされない限り1本につきおよそ100秒。だが、ほぼ即効で停止させるので効果としては申し分ない。
『練習しておいてよかったのう。何時何が助けになるか分からぬものよ』
「ええ。」
『倒そうなどと色気を見せるでないぞ、足止めし、ユートを追うのじゃ。』
「……了解」
「承知した。」
そう、返事を聞くと同時に背後から迫る二体の<人工人型>に残りの<魂縛時槍>が突き立った。
※そのまま書いたら危険な単語の気がしましたので、造語になっています
>ホ○コースト→ホル・コースト




