5-2<過激なイタズラ>
『あははははははははははははははははは!!!!』
応接室に場違いなほど高らかな笑い声が響く。
声の主は、マールだ。
「マール?」
「どうかしたのですか…?」
疑問を挟む。俺とソフィーの言い争いに皆黙ってしまっていたので余計にその笑い声は響いていた。
『ひー…ひー……ふふ、いや、の? 本当に妾の見立て以上での。面白くて、面白くての?」
息も絶え絶え、と言った体でそんな事を言う。
『妾としては今のへたれなユートも良いのじゃが、よもやさらに育てよう。とは』
「妻としては、当然ですから」
『く、く、く、そうじゃの。それも良いの。逞しく育つその過程も、育った後も、どちらも実に楽しみじゃ』
…とたんに不安になる。
全く想像できないのだが、こと俺を弄る事に関しては絶妙の連携を見せるこの二人の中でどんな育成プランが…?
『まぁ、それはそれとしての。ちと、待ってもらえんかの。降伏なぞ選ぶのは』
「…何故、ですか?」
『何、妾は今最高に気分が良いでな。イタズラをしたくなった』
「イタズラ?」
「イタズラ…ですか?」
『うむ。イタズラじゃ。要は相手が空軍なのが問題なのじゃろ?』
「ああ、そうだ。空軍の全軍が相手では流石に我々では迎撃する騎兵が足りない。上空からの爆撃を受け負けは確実だ」
答えたのはメリア。
「敵はどうやって飛んで来るのじゃ? 例によってワイバーンなのかえ?」
「あ、ああ、基本はそうだな。だが爆撃用の編成なら大型飛竜のディノスバーンが主戦力だろう…」
『それはこちらにもおるのかや?』
「ああ、ここの竜舎にも居るぞ」
『他に飛行手段は無い、と?』
「ああ」
例のモンスターは居るかもしれないが、恐らく最初の一戦でこのアーリントン襲撃用はほぼ使い切ってそんなに数は居ないだろう。
そう判断し、メリアは数に入れない。
『ならば、事は簡単じゃ。全ての飛竜を飛べなくすればよい。妾は病を扱う魔族。そうじゃの、飛竜の翼をダメにし、尚且つ墜落では無く不時着せざるを得ぬ程度で即効性の有る病でも撒き散らしてやろうて。それならば、異存はあるまい?』
マールが機嫌良さそうに、今までの会話を全てぶち壊しにするような事を言う。
だが、それは…
『まずはそのディノスバーンの元へ案内せよ。それで飛竜を飛べなくする病を生成する』
「あ、ああ、…分かった」
『それからユート。おんしの体を貸してくれぬか?』
「…どういうことだ?」
『この義体では大規模魔法を使えぬ。かと言って完全顕現する程の魔力はまだ回復しておらぬ。故に、おんしの体を一時的に借り受け施行する。
むろん、おんしの魔力も借り受ける。何、半径200kmに散布するにはかなりの大規模魔法を行使せざるを得んでな』
「…本当に、出来るのか?」
そう、俺が戦ってきた魔族でもそんな大それた事が出来た奴が居た覚えは無いのだ。
『妾がしくじると、思うかや?』
「………思わない。分かった、任せよう。」
『任された。く、く、く、すまんの? ソフィー。おんしの決意に水を差すような真似をする事になって』
「私は構わないですよ。ユートさんに伝えるべき事は伝えられましたし、降伏するよりもさらに効果があるのでしたら。…でも、貸しですからね?」
ソフィーがしれっと言う。
『フ、フハハハ! い、言うに事欠いて、貸しとは! 良かろう! 妾は気分が良い、その貸し借り受けた!! ハハハハハハハハハ!!』
…流石に怒るんじゃないかと思ったのだが、さらに機嫌が良くなった。
そこまで分かっていて言ったのだろうか? …多分、そうなのだろう。
…うん、ソフィーは逞しいな
◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、体を貸すって話だけど、どうすれば良いんだ?」
『うむ。まず妾が働きかける。それを受け入れればよい』
「なるほど」
『では、行くぞ』
その声と同時にマールの体が水晶のような物で包まれ、こてんと転がる。
『案ずるな、魔力が散らぬよう保護しただけじゃ。本番は、ここからじゃっと』
「うあっ」
喉元から頭へとせり上がってきた何かを感じ、これを受け入れるのか? と遮っていた蓋を開けるよう意識したとたんだった。
全身の感覚が無くなっていく。いや違う。感覚はある。だが動かせなくなっていた。
さらに髪が、瞳が金に染まり、体に濃紺の刺青が浮かび上がる。見えては居ないのだが、分かる。奇妙な感覚だ。
あと、目つきが悪くなった。…別にそんな事は自覚したくなかった。
「ふふふ、なかなかこういうのも良いの。」
『俺は何か不思議な気分だ』
特に目が辛い。思った方向に向かず予想外の方向に勝手に向く、酔いそうだ。
「まぁ直ぐに終わらせて返すでの、安心するのじゃな」
コキコキと体を鳴らし、具合を確認する。
どうせなら派手にいくかのー。とか言い出した。さらに不安だ…
「さて、行くかの」
『そうだな』
「っと、その前に。おんしら全員、これは貸しにするからの? 特にそこの根暗娘。おんしは返って来たら即、辱めを受けてもらうからの」
『………それは俺がやるのか?』
念のため聞いてみる。
「その通りじゃ。く、く、く、良い反応じゃ。おんしはそうでないとな!」
やっぱりか。
『はぁ、まぁ分かったよ。今回は借りになるし…やるさ』
「うむ。では行くぞ、メリア。案内しておくれ?」
そう言ってソフィーとは反対側の隣に座っているメリアの方を見る。
『メリア?』
「うん? 何を呆けておる?」
「あっ、いや、その…こういうワイルドな雰囲気のユートさまも素敵…と」
『…』
ユートさま、さらに声のトーンが違う。メリアが「夢見る乙女モード」になりかけていた。
「なんじゃ。妾が繰るユートでもよいのか? ならばいずれ体を借りて愛でてみようかの?」
そう言って、座るメリアに近づき顔を覗き込んで頬をそっとなでる。
『いやいやいやいや、そういう事はやめてくれよ?!』
「い、いや違う、そういう事ではなくて…こう、普段のユートが、ユートさまが、このぐらいワイルドになって? 迫って来られたら…と想像しまして…はぅ…」
慌てて手を払い、視線を逸らしたものの赤面し、モジモジしはじめた。
さらにチラチラとこちら見てくる。まずい、今回は結構な重傷か!?
「ふ、ふ、ふ、案ずるでない。こやつとて閨ともなるとこのぐらいの逞しさは見せるでの。期待しておくんじゃな」
「本当ですか! …あぁ…待ち遠しいです…ユートさまぁ…」
立ち上がり、しなだれかかってくる。
『そ、そんなことより竜舎にね? メリア、正気に戻って!』
「あー、今のおんしの声は妾にしか届かぬよ? だがまぁそれもそうじゃの」
『…なんだって?』
「…? ユートさまが何かおっしゃられているのですか?」
「ああ、おんしにそれ所ではない。急いで竜舎に行かないと。とな」
「それもそうでしたね。急ぎましょうか。えいっ」
そう言ってメリアが腕にしがみ付く。
「…歩きづらいのじゃが」
…もう諦めた。たまには俺の苦労を感じるといいさ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねぇ、セバス? 今のは誰だったのかしら…? 見間違い…?」
唖然、と出て行く二人を見送って少ししてからメルが口を開いた。
「いえ、残念ですがあれもメリアお嬢様です」
「…ソフィーお姉様が一人妄想に耽っている時そっくりでしたわ…口調といい……」
「…メル、それは本当ですか?」
ソフィーが詰問口調で聞く。聞き捨てならないと。
「ええ、本当に。ソックリだったわ。メリアもああいう話し方も出来るんじゃありませんか。うふふ、安心しました」
「叔母様? 私はあんな風になっていたりしていたのですか?」
「ええ。「あぁ…私の旦那様はどんな人なのでしょうか? きゃー!」とか言って寝台で枕を抱いてゴロゴロとしていた時ソックリでした」
「見て、おられたのですか……」
「うふふふ」「えへへ」
メルも笑う。この似たもの母娘は…




