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2つ目の異世界  作者: ヤマトメリベ
第3章 クーデター編
101/127

5-1<逃げているんです>

「敵襲です!」



その報告は尋問を済ませ、その流れで今後の方針の細部を詰める前に小休止。


という事で軽食を取っていた最中に届けられた。



…来てしまったのか。


陰鬱な気分になる。あれほど忠告をした。だというのに…



「敵の規模、状況は?」



ざわつきかけた場を一刀両断するかのように凛とした声でメリアが報告に飛び込んだ兵士に確認をする。


その横顔にドキリとなる。


フィオ達を迎撃に向かった時にも思ったが、戦闘の事となると、とたんに引き締まって凛とした気配を纏う。


そういう時のメリアは本当に格好良い。


…普段ももっとカッコよければ、…いや、あれはアレで良いのか?


さっきの尋問の賄賂だの貴族の動きだののくだりで、ずっと首を傾げ「????」と疑問符を上げっぱなしのまま時々知っている単語に思い出したかのように反応していたのを思い出す。


うん。あれはあれで何か可愛くていいな。


少し和んで居た所でそれを吹き飛ばすように報告が続けられる。



「はい、敵は空軍本隊、分散して3大隊がそれぞれ西、南、北陸軍基地を、2大隊が南北海軍基地港を、そして2大隊がここアーリントンの基地を目指しています。陣容は…中隊規模での分散半包囲型陣形で向かっている模様。恐らく一番早い部隊は後2、3時間程で西、南陸軍基地上空に達する、と思われます」


「…よりにもよってそう来たか」



メリアが唸るように言う。


空軍本隊合計7大隊。何人…いや数万人規模だろう。


さらに中隊規模の分散半包囲型陣形ということは、数に物を言わせてバラバラに広範囲から攻め込んでの全体同時攻撃。


何処かが迎撃を受け、食い破られようとも最終的に目的を達するつもりか。


確かに有効だ。


だが、愚かだ。



「不味い、ですね」


「正気じゃありませんわ! 陸・海軍を完全に潰すつもりなのですか!?」


「そんなことをすれば空軍の損耗も看過し切れない事になる筈です…どうして、どうして止まれなかったのですか…」



エーリカさん、メル、ソフィーと続く。声には不安、怒り、失望、困惑などの色が見て取れる。


フィオ達先遣隊を撃退して一晩、恐らく2次攻撃には多少時間が有るだろうと、<竜燕>を放って会談を持ちかけ、全面戦争を避けると決めた所でこれなのだ。



「幾らなんでも動きが早すぎる。フィオ、お前なんと連絡させた?」



言われてみれば確かに、早すぎる。


メリアが先ほどからずっと俯いたままのフィオに向かって追求する。



「……フフ。そうですね。……私が命令したのはケース5「制圧不能」よってプラン7「全隊を使っての損耗を無視した全対象・強行同時爆撃」に変更せよ。……ですよ」



髪の隙間から覗いていた小さな唇が、左右に裂けるように広がる。


フィオが初めて見せた凄惨な微笑、そして告げられた事実に全員が絶句する。


だが、それと同時に俺の心は冷える。いつかのように。



「くそ、やはりか…そこまでして勝ちたいのか…」


「……言った筈です。手段を選ぶ気が無い、と。……それは私の命もですよ。ですが、無為な死を受け入れるつもりはありません。……死ぬとしても、勝ちだけは頂きます」



己は人質足り得ない、と言いたいのだろう。


告げられた言葉に場がざわめく。


対応、対策、迎撃、非難、


小声でもれ出る言葉からして各々が対策を考えているのだろう。


なるほど、と思う。確かになりふり構わず勝つには良い手段なのだろう。だが、



「俺も言った筈だ。攻めてくるなら、返り討ちにするしかない。と」



静かに、だがはっきりと通る声で伝える。


言葉と共に込めた剣呑な気配に当てられたのか、ざわつきが止まり、シン…と静まり返る。



「……幾ら貴方が強くとも、一人では半径200kmの広範囲からの襲撃は庇い切れない」


「残念だよ…」



「あの、まさか、と思うのですが、対応できるとでもおっしゃられるのですか? ユートさん?」



俺の言い様に、恐々とメルが口を挟む。だから、ただ肯定し、起こる結果だけを伝える。



「ああ、誰一人生き残れないだろうけどね」


「…………嘘」



凄惨な笑みが崩れ、唖然、とフィオが凍りつく。


想像できなかっただろう、それは仕方ない。


だが、もう遅い。



「残念だが、事実だ。フィオ、君は色々詳しそうだし少しは想像できるんじゃないか? 俺の使う魔法の一つ、<水炎>は水を超振動させておよそ3万度強のプラズマに変える。そして、その瞬間最大発動範囲はおよそ全周30km。さらにそこから放射展開させての水平効果範囲は半径4〜500kmに及ぶ」



そう、いつかソフィーやメリアには聞かれた、全てを素粒子単位に破壊し何一つ残さない、無慈悲な昇華魔法。


森も、山も、建造物も、生き物も、大地も、何もかもを燃料にして燃え上がり、全てを消失させる。



…今まで耐えられたのは障壁の完璧だった魔王城と魔王自身、そして一部の上級魔族だけだ。



全員が、完全に押し黙った。



「塵一つ残しはしない。忠告はした筈だ。本当に残念だ」



立ち上がる。後数時間という事ならもう全部隊が射程圏内だろう。つまらない事はさっさと済ませよう。



「メリア、ワイバーンを出してもらえないかな? 上空でやったほうがいい」


「あ…ああ…仕方無い、か…」


「待って下さい、何か他に策はないのですか…?」



迎撃に向かおうとする俺をソフィーが止める。だが、



「俺には無いよ、広範囲で攻めてこられたら、これしかない」



にべもなく答え、告げる。



「そんな、ですが…」


「残念だけど、俺は敵に手心を加えられる戦闘をした事は無いんだ。俺の使える魔法は効率よく殲滅する為の物しかない。それに、皆手は無いんだろ?」


「…至急、伝令を行えば避難はさせられるでしょう。ですが、空軍相手では逃げ切れはしないでしょうし、迎撃に出た所で有効打にはならないでしょう。そして設備や物資は逃げられません。甚大な被害を蒙るのは明らかです」



セバスさんが説明する。まぁ、そんなところだろう。



「なら、被害が出る前に敵を全滅させた方が良い」


「彼らも…私達の民なのです…」



弱々しい反論、沈む言葉尻と同じくソフィーの顔も、俯いていく。



「だけど敵になった。そして味方を害するなら、俺は躊躇わない」


「………だめ、です」


「ソフィー、聞き分けてくれ。時間も無いんだ」


「…いいえ、絶対に、だめです。今はっきりと分かりました」



先ほどまでの弱々しい反論でなく、俯いた顔を上げ、はっきりと告げられる。



「ユートさんは、逃げているんです」


「…何を?」



俺が、逃げている…?



「逃げているんです、目の前の問題から目を背けて、一番正しい選択でなく一番無難な方法を取ろうとしているんです…!」


「そんなことは無いよ、俺は確実な方法を…」


「嘘です! 頭でそう考えたつもりになっているだけです! それに彼らを全員殺してその遺族が恨まないとでも思うのですか!? そうなったらその遺族も、縁者も、みんな、みんな、焼き払ってしまえば良いとでも言うのですか!? そんなのはただの暴力による恐怖政治です!! 私は、お爺様の、お母様の守った国をそんな国にしたく無い!!」


「だったらどうしたら良いんだよ! 現に空軍は目の前に来てるんだ。その案も無いのにそう言うのは無責任だ!!」



一気にまくし立てたソフィーの声を押しつぶすように大声を放つ。


つい、感情的になり声を荒げてしまった。



「………………………降伏、します」


「なっ!?」「そんな!」「いけませんわ!」「ソフィーリア様…」



搾り出すように告げられたソフィーの言葉に一瞬場が騒然とする。



「……先ほどのフィオさんのお話からしますと、バルナム卿の目的は私達の思想と重なる部分も多いはずです。降伏して、交渉すれば…」



あるいは、とソフィーが続ける。だが



「命の保障は無いじゃないか…」



そう、ただでさえソフィーは命を狙われているのだ。


降伏して武装解除してしまえば、それはもう炎の中で折角着込んでいた防火服を脱いで油を被るような物だ。


高見の見物を決め込んだ貴族連中もこれ幸いと大金星を取りにくるのが目に見えている。



「ふふ…そうですね……じゃあもしもの時はユートさんに守ってもらいます。…また二人で、逃げましょう?」



そう言って、微笑みかける。


怖いくせに、何もかもが覚悟の上だ。と言わんばかりに。


それに、逃げている、と俺に言っておいて二人で逃げようだなんて。そんな、



「…それで、解決するのか?」


「分かりません。ですが、恐らく一番血が流れません」



最悪でも私の命ぐらいのもの、ですよ。そう自嘲交じりに言う。



「…だめだ、やっぱりそんなの間違ってる」


「間違っているかもしれません。けれど、一番皆を守れるのです」


「ソフィーの命が入ってないんじゃ意味がないじゃないか」


「それは私が頑張ります。それにユートさんも守ってくだされば…」


「俺は神様でも無ければ、万能でも無いんだ!! 誰も、誰も…誰一人救えなかった、守る事が出来なかった! 只の情けない男なんだ!!」


「…」



ソフィーの顔を見ていられない。顔を背け、背を向けて拳を握り締める。



「頼むよ…俺は…もう失いたく無いんだ……」


「やっぱり、逃げていたんですね」



――ああ、そうさ、そうさ!


言い訳して、目を背けて自分をごまかしていたが、いざ言われてみれば何のことは無い、その通りだ。


それを自覚したくなくて、そんな卑怯な自分が嫌で、


人当たりの良い仮面を付けて、無難な方へ、無難な方へと逃げていたんだ!



立ったまま俯き、背中を丸めプルプルと震える。…情けない。


だけど、どうしようもない。臆病な俺はそういう選択しか取れないんだ。



そうやって立ちすくむ事しか出来ずにいると、俺の背中にふわり、と暖かい感触が触れる。



「でしたら信じてください。今は、私を。貴方の強さと優しさを信じている私を」



そっと、背後から包み込むように抱きつき、ソフィーが優しい声を放つ。



「貴方が貴方自身を信じられないなら、私が貴方を信じます。貴方が道を間違えようとするなら、それも正してみせます。


貴方は、私を守ってくれました。メリア姉様も守ってくれました。オサも、エーリカ叔母様も…フィオさん達だって、殺さないでいてくれました。


それは消極的な選択での結果だったのかもしれません。…ですが、事実です。


貴方は貴方の正しさで人を救って来たじゃないですか。ライフワーク、だなんて言い訳までして…


だから、信じてください。貴方は救えます。私一人ぐらい、いいえ、もっと大勢を守れます。私だって、むざむざ死にたくはありません。


私は貴方の妻で、貴方は私の夫なのです。なんでも自分だけで背負おうとしないで下さい。


…本当は私だって、貴方を守りたいんですよ? でも、私には力で貴方を守る事は出来ません。


だから、貴方を信じる事で守ります。貴方の心が弱気になってしまわないように。貴方の心が道を踏み外さないように。


貴方が貴方自身を信じる心を持てるようになるように」



「ソフィー…」


「信じて、下さいますか?」



正直、頭で考えてる分では、そんなこと分からない。だけど感じる。


信じたい。ソフィーを信じたい。そう、心から感情として湧き上がってくる。



「信じたい…」


「今は、それでいいです。これから行動で示してみせますから」



そう言って、ソフィーが俺の背中から離れる。



「ありがとう、ソフィー…」



俺の背は、もう丸まっていない。振り向き、ソフィーの顔を見つめお礼を言う。



「お礼を言うのはまだ早いですよ、ユートさん」



満面の笑みを浮かべ、ソフィーが俺に答える。



「方針は決まりましたね。それでは…」



そう言ってソフィーが皆にこれからの事を話そうとした時だった。



『く、ふふ、ふ…はは、あははははははははははははははははは!!!!』



場違いなほど高らかな笑い声が、応接室に鳴り響いた。

9/10誤字修正しました。

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