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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
祈られた神々の救済
57/59

ウラギリスの裏切り 終

「ガキがよ。思い知らせてくれる」


「王が部族や土地を知るとは、行なわれる祭祀をあずかり知ることを意味した。究極的にはわたしにお伺いを立てねば、長たちは政治を動かすことができない」


 祭祀は政治だった。

 部族連合の主導権の源泉は裁可権にあった。各部族は王の断りなく儀礼を行じることができない。

 祭政一致の王は、軍事や刑罰の正当な形式を独占した。


「お前を知ってやるぞ。わたしのヴィク」


 王が知るとは、支配するということである。

 亜竜人ヴィクロムは答えた。


「そんなので俺が喜ぶとでも?」


「喜ばせようとしたと受け取ったの?

 あなたには、つくづく、わたしを軽んじているところがあるな。この真実にしたがって、ヴィクロム・インヴィットは跪いて顔面を地に打ち付けよ」


 すると亜竜人ヴィクロムは跪いた。


「ぐ、お、お」


 地に膝と手をつけ、顔を少し逸らし、抵抗を試みて無駄に終わり、顔面の強打が発生した。

 魔王は言い放った。


「以後気を付けるように。人が死んでいるのよ」



 祭政一致の王は、軍事や刑罰の正当な形式を独占した。各部族は王の断りなく生贄を捧げることができない。一つの見方では、帝国の統治策も同じ流れで捉えられる。

 法典を編む時代になって、たとえば、正式な裁判を経ずには死刑にされない市民の権利として整理されることになる。

 そして、反逆罪を犯したらその場で殺してもよい、といった例外規定を濫用する事態は、多かった。


「皇帝は人の子だ、と霊廟の前で発言することは、帝国の権威を土台から揺るがす大罪とされた。

 ゆえに、その罪人は裁判抜きで死刑にしてよいのだという。皇帝にはそれだけの神聖さが備わるとされた。

 大噓だな。ウラギリス」


 よほどの事態でなければ帝国市民は裁判抜きで死刑にされない。皇帝は神の子ではないという事実を表明するのは、よほどの事態とされた。

 ウラギリスはそれを見過ごした。皇帝の神格化など欺瞞だと知っていながら見過ごした。欺瞞を維持するために兵を動かして人を殺すのを見過ごした。皇帝が自称する段になって初めて暗殺という手段を取ったのだ。

 女兵士のガレンティナが叫んだ。


「そうだ。〈マリニアの民〉の集団自殺だ!

 魔王様。あなただけが神様です。助けてください。我々帝国軍は皇帝と国家の名のもとに働かされました。無抵抗な市民の殺戮なんか誰もやりたくありませんでした。

 皇帝は神聖だと信じ込まされていたのです。ふつうの人とかけ離れた狂信者を殺すのだと騙されていたのです。

 ウラギリスは皇帝の大義ありなしを独断で決めることができるそうではありませんか。ウラギリスが責任を取ります! ウラギリスが死んでお詫びしますッ! 死ねウラギリス!!」


 魔王は言った。


「女が口を挟むな」


「最悪の黙らせ方だよ」


「最悪の黙らせ方にゃ」


 探索者たちは非難した。

 言ってから猫の人ミランディはヴィクロムの方を見た。


「さっきの黙らせ方も大概にゃ。ヴィク君は暴力で減らず口を矯正されかけて、それを言えるのにゃ。けっこう大物にゃ」


「こんなのかすり傷だろ」


 亜竜人は目と鼻と口から血を流しながら言った。


「どう思う。女が口を挟むな、だと」


「あからさまなつっこみどころがあるにゃ」


「最初に思いつくそれを口に出したら、首が飛びそうな気がしてならない」


 どう見ても罠である。それゆえに、あからさまなつっこみどころを見逃さざるを得ない。

 人の属性に訴えた攻撃は、同じ属性が攻撃者に見出されることによって、呪い返しを受ける危険を帯びる。対人殺法を使うならば、呪い返しを封じておくことが望ましい。


「じゃあ二番目に思いついたやつを言うか」


「わたしは生まれを問わない信仰を集めた。だから女は黙れなどと身体形状に訴える規範を持ち出すのはおかしい。本当は神様ではないのではないか。

 とか、そんなことを言いたいの? 言えばいいんじゃあないの。笑ってあげるよ」


 ヴィクロム・インヴィットは沈黙した。



 高い窓から光が差し込む。反射光が床を照らす。ここは迷宮、無形魔王城である。

 魔王はウラギリスに対して言った。


「お前は虐殺に直接かかわっていない。

 野蛮な掟や理不尽な神罰ではなく、まともな裁きを行なってやろうではないか。

 お前を死刑から救いうる理路をすべて列挙してやるぞ、ウラギリス。喜べ。望むと望まざるとにかかわらず、お前のすべてを詳らかにし、あらん限りの救命の手立てを並べよう。

 それから、お前が助かる可能性をすべて否定する。楽しそうでしょう?」


 中古代にいう正しい裁きで、裁かれる者の尊厳は無視されるのが常だった。

 探索者たちは咎めた。


「何が責任だよ。生贄じゃあねえか」


「当たり前に有罪を推定しやがるにゃ」


「そういう問題?」


 両者の間に見解のずれもあった。


「いいんだ。探索者。俺はそれでいい。いつか、この日が来ると思っていた。

 未来に到達された、普遍の理想や正義の実現の片鱗をいま俺は見た。それで満足だ」


 裏切り者ウラギリスは自身の命を諦めていた。そして探索者たちが魔王を非難したことに、はるかな未来の希望を見た。

 ヴィクロム・インヴィットは諦めていなかった。


「よくない。生贄として死んでいい人なんていない。蔑まれて死んでゆくことが正当な人なんていない。

 もし、ウラギリスが改心して、巡礼の旅に出ると言ったならどうだ。悔恨を人に伝え続けるなら、助けるわけにいかないだろうか」


 史話の中で王たちは言う。お前を死刑に処す前に、もし不思議な力で急に信仰に目覚めたとしたら命は助けてやるから、修行者にでもなれ、と。

 魔王は言った。


「あなたは甘いのね、ヴィク。そいつの責任逃れを見過ごすの?」


「甘くていいから助けてください。お願いします」


「あなたのお願いにそこまでの価値はない」


「価値がなくても頭を下げてやる。助けてやってください。この通りです」


 亜竜人ヴィクロム・インヴィットは伏して懇願した。


「だめよ」


 やりとりを聞いて、猫の人ミランディは舌打ちした。


「そんな言い方ないにゃ。

 だめならだめで、断り方ってものがあるにゃ」


 猫の人は、探索者ヴィクロムがかつて魔王から助命嘆願を受けて承諾したことを覚えていた。

 自分が受ける段になって無下に断るのは、あるべき義務を無視するものに見えた。猫の人ミランディは、権力をたてに恩義を軽んじる者が嫌いだった。


「なぜだ。なぜ俺を救うのにそこまでするんだ」


「知らねえよ。俺をしてお前を助けさせる、お前の神様にでも感謝すればいい。誰だか知らんが」


 ウラギリスは問い、ヴィクロムは突き放して応じた。

 返事を聞いて、ウラギリスは皮肉に口角をゆがめた。


「バカを言うな。神などない。あるのは都合のいい大義名分だけだ」


 帝国の都市部では、誰もが何かしらの秘儀に属しているものとして日常生活が送られた。

 ウラギリスは何も信じていなかった。

 崇拝を捧げた皇帝をも手にかけた。民草の間で流行る諸々の信仰は、政治的判断の要素の一種を超えるものではない。


「そうだ。俺に神などあるわけがない。

 多くの人に生きる意味を与えるらしい神が、俺にはない。

 世のため人のためにも、生きているに値しない。俺が生き続けたところで、また偉大な人物を殺すことになるだけだ」


「なんでだよ。殺すなよ」


 偉大な人物を殺すことになると、ウラギリスは自身の将来の行為を奇妙に言い表した。殺さなければいい、というのが真っ当な反応である。

 ウラギリスは自分自身を信じていなかった。


「俺が政治から身を引いても、政治は俺を放っておかない。

 支持を取り付けたとき配下たちは、実績から、信義を蔑ろにすることを予期するだろう」


 信義に背き続けたという負の信頼があった。

 超皇帝を暗殺したのはそのためだ、とウラギリスは主張していた。

 ウラギリスが独断でどこかの信仰組織を殺し尽くせば、丸く収まる。と、少なくない者たちが信じたらしかった。使い捨ての武力も用意された。かれはそう言っていた。

 探索者ヴィクロムは言った。


「だったら答えは決まっている。ウラギリスが自分で言った通りだ。

 都合のいい大義名分として神を崇めるがいい」


 ウラギリスは意味をつかみ損ねた。


「何だと? 何を、何を言い出す」


「神様の命令だからと言い訳してでも、殺人を拒むんだ。信じてもらえるよう日頃から熱心に祈るふりをしろ。得意なんだろ?

 それに適する普遍の理想を掲げた神はいくつかいるはずだ」


 皇帝が実権をなくし、権威を高めようとした、歴史の中の一幕だ。

 人々は社会不安の中で拠り所を求めた。各地の信仰が伝播し、再解釈され、合併や分裂や抗争を繰り返した。

 多くの信仰があり、世界平和や法秩序の回復を説いた。


「そうだな。いくつかいる。つまり、俺が選ぶこととなる。神の名や形式などどれでもいい。判断基準の中では、神の来歴よりも俺の利益が重きを占めることだろう。利益ずくで選んだと、俺を含め人々はそう信じることになる。

 神でなく利益を崇めるだけだ。だったら利益のために人だって殺せてしまう。俺は俺の弱さを知っている」


 ウラギリスは堂々と認めた。


「自分だけを信じよと、有無を言わさず命令する神が、俺にはないのだ。一族の神も土地の神もない。帝国の祭祀すら自分から捨てた」


 選択の余地なく生まれや身体形状によって社会規範が決まるのは、ときに救いとなった。

 だから、のちの天教も主神教も、社会規範を生まれ持たないことを主張するとき歯切れが悪くなる。

 多くの信仰体系が流行した中で、その意味での自由に固執する集団は競合に後れをとることもあった。


「分かるか。俺には神などない。俺が生きても、神の制約を受けないまま、過去のしがらみに任せて裏切りを重ねるだけだ」


 すると亜竜人ヴィクロム・インヴィットは答えた。


「分かった」


 その声には勝ち誇る調子が混じっていた。


「ウラギリスは、救いを必要としている」


 探索者は魔王の方を向き、その眼をまっすぐに見た。


「この真実にかけて、神としての魔王の救いは、ウラギリス・ソムクの上にあれ」


「やってくれるじゃあないの。黙って聞いていれば」


 中古代当時の魔王イメージには、絶対救済を与える神の性質があった。

 神は与える。信仰を求めたならば、惜しみなくお与えになる。


 帝国崩壊期当時、ろくでもない人間が目立った。

 自分は人を傷つけている、やめたい、などと言いながらやめない人間がいる。

 問題から目を逸らせば消えてなくなると思い込む人間がいる。

 このような人々の救済を、まともな人間は望まない。


 だから神が救う。

 救う必要が小さい真人間も救う。救う必要が大きいクズどもも救う。それが絶対救済である。


 人々は社会不安の中で拠り所を求めた。救う神が多くいた。あちこちに教団ができ、互助的な性格を持った。需要があったのだ。

 じつのところ迷惑な人間は昔からいた。少し困った人で済まされることが衰退期には減り、非常に困った人と扱われることが増えた。帝国の伝統的な美徳が失われた、と嘆かれた。


「わたしのヴィク。普遍の神としてのイメージを自ら毀損することはできまいなどと、このわたしに言うんじゃあないでしょうね。わたしは救わないことだってできるのよ。

 祭政一致古代王権を私物化した暴君が、あなたがたの目の前にいる」


 上古代マリニアの王、メオラ・ディアケト=リギカは自身の嗜好や欲のために伝統を蔑ろにしたという。由緒正しい習慣の、生贄や血讐や残虐処刑を軽視した。

 平和と善行へ導く賢人とも、誤った道へ陥れる狂人ともいわれた。


「お願いします。救ってあげてください」


 魔王譚文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットは丁重に求めた。


「なぜ? あなたはなぜ、ウラギリスを生かそうとするのか。答えなさい」


 魔王は尋ねた。

 同じ問をウラギリスが尋ねたときは、知らねえよと答えていた。ここで同じ答えを言えば、無礼討ちで殺されかねない。


「ウラギリスが死を見過ごした報いを受けるのは、正当ではないと考えたのかしら? それとも、わたしが〈魔王教〉の神と異なるため裁く権限を持たないなどと、詭弁を弄するのかしら?」


「ウラギリスは応報を受けて正当でないとはいえない。たぶん正当なんだろう。

 ああ。だからだ。だからこそ俺はウラギリスの死を見過ごさない」


 亜竜人ヴィクロムは述べた。


「ウラギリスのことは他人事と思えない。たぶん人から見て、俺はウラギリスの同類のカス野郎かもしれない。

 今ここでウラギリスが殺されるのを見過ごせば、いつかきっと報いを受ける。だから俺は自分のために、ウラギリスに生きていてほしいと思う」


「何なんだ、探索者。理屈がまったく通っていない。報いとは何だ。

 悪いことをしたら悪いことが起こるなどと、幼稚な考えをお前は抱いているのか? だとしたら、俺は痛い目に遭って当然ではないか。

 俺かお前、どちらかの頭がおかしいのか。自分が何を言っているのかお前も分かっていないに違いない」


 ウラギリスは困惑していた。亜竜人ヴィクロムは答えた。


「頭おかしくなきゃあ、人殺しなんかしないだろ」


「言えてる」


「ねえ。わたしのヴィク。あなたは余人に理解できない思考によって、わたしに歯向かおうというのかしら」


「ああ。その通りだ。俺は余人に理解できない思考によって、魔王に歯向かう」


 魔王はそれを聞いて、あるかなきかの笑みを浮かべた。形式化された神と、等身大の人との中間にあたる表情だ。神が備えうる中で、最も人に近い表情だ。

 そして、ウラギリスに向かって言った。


「今から命令をする」


 ウラギリス・ソムクは沈黙をもって応じた。


「わたしだけを祀れ」


 ウラギリス・ソムクは沈黙をもって応じた。


「わたしだけを崇めよ」


 ウラギリス・ソムクは沈黙をもって応じた。


「わたしは禁じる。お前は、人を殺してはならない。お前は、人を裏切ってはならない」


「はい。あなたが神様です。

 私はマリニアの王に帰依します。

 魔王は独り供犠を受けるべき神である。皇帝は人の子である」


 ウラギリスは神を受け入れた。


「お前が殺したくないのなら、裏切ることを強いられるというのなら、抗う術をわたしが与えてやる。いざというとき、わたしの名を出せば、すべて通る」


 ウラギリスは、しがらみによって悪を強いられるとき、魔王の名を出して断らなければならない。

 それが言い訳に聞こえないよう、日ごろから敬虔に振る舞わなければならない。


「これで俺は、裏切らずに済むのですね。俺の神様」


「殺人を避けるためにわたしを祀るのでなく、わたしのために殺人を拒むようになったとき、お前は必ず救われるであろう。

 行きなさい。ウラギリス・ソムク。わたしはお前を祝福する。お前はどこへでも行ける」


 ウラギリスは跪拝してから、退出して行った。

 その行く先は誰も知らない。



 高い窓から光が差し込む。反射光が床を照らす。ここは迷宮、無形魔王城である。


「次に、ガレンティナが受けた呪いの消滅の条件を置き定める」


「俺がやるつもりだったやつだ。ガレンティナさんには重すぎる運命を押し付けてしまったからな」


 物語のお約束だ。呪いを取り消すことはできない。制限や条件を付け加えることで、重すぎる呪いを軽くすることになる。

 ヴィクロム・インヴィットは意図せずしてガレンティナを男から女へ変えてしまった。何らかの措置は必要だと、術師本人も考えていた。


「ガレンティナよ。ヴィクロム・インヴィットが、本迷宮〈無形魔王城ヂアハトリーギ〉を攻略し終えるとき、お前はもとの姿に戻るであろう」


 魔王は条件をつけた。亜竜人ヴィクロムが迷宮を攻略し終えると、ガレンティナはもとの姿に戻る。


「そのときまで、ヴィクロム・インヴィットは責任を持って、ガレンティナが惨めならざる生活を送ることができるよう、取り計らえ」


「え?」


 魔王はヴィクロムの義務を定めた。


「え、とは何だ? しないつもりだったのか、わたしのヴィク?」


「まさか。ガレンティナさんが樹上都市で暮らすってことだよな。それがあなたの口から出たことに少し驚いただけだ」


「ならばよい。ガレンティナ」


「はい。魔王様」


 ガレンティナは呼びかけを受けて答えた。


「もしヴィクロムがお前を軽んじるようなら、わたしに言いつけなさい。厳重に注意してやる」


「かしこまりました。

 よろしくお願いいたします、旦那様」


 ガレンティナは悔しさを隠しきれない様子で、ヴィクロムに挨拶した。


「俺は重すぎる呪いをかけた。面倒は見よう。

 ガレンティナさんには自活できるようになってもらう」


 するとガレンティナは答えた。


「女は自活など求めません」


 ガレンティナにとって、男の行動規範からの追放が、女の行動規範の受容を意味することは自明だった。その行動規範とは、古代家父長制のものである。


「隷属し忍従するのみでございます、旦那様」


「本当かよ。困ったな。当世で人間が人間を所有するのは恥ずかしいことなんだよ」


 すると魔王が助言を与えた。


「必要なら再解釈のうえで、分かるように伝えてやりなさい」


「再解釈。再解釈か。

 ガレンティナさん。あなたは」


「ガレンティナ、お前、とお呼びください」


「お前は俺に都合よく行動しなければならない。社会文化が違うから、よく言いつけを守るように。なるべく早く、俺を煩わせることなく動けるようになってもらいたい」


「かしこまりました、旦那様」


 ガレンティナは迷宮を出て樹上都市で暮らすことになった。

 魔王の姿はぼやけて消えていった。


「またお会いしましょう」


【迷宮管理者の権限において、探索者による第四階層の突破を認め、これを賞します。】




 ウラギリス・ソムクの後半生について確かなことは何も分からない。


 天教のいくつかの教派では、祖師たちが現れる前に〈正しい教え〉に近づいた実践者の一人と位置付けられる。

 ある伝説がウラギリスの改心について語る。天教化を経たエピソードである。

 こういった奇蹟譚のお約束として、伝承系統に注意を向ける。


 ここに伝えるウラギリスの物語を、記者はザハロンのヘゼク村で聞き取った。村には旅の巡礼ウルメックが伝えた。巡礼ウルメックはアドガンド寺院の言い伝えで知った。アドガンド寺院には、第二〇代院長アレデットが旅をしたころスズ・オルドラの街で聞いたのが伝わった。

 スズ・オルドラの街では、古代帝国がまだあったころ、ある旅人が語ったのだという。


「超皇帝の死について知っているか?」


「ちょっと事情に詳しい奴なら、あらましは知ってらあな」


 ウラギリスという大臣が、皇帝を暗殺した。妾に手を出した末だそうだ。とんでもない大臣だった。あっちで王を殺し、こっちで別の王に仕えてまた殺す。

 市場で話を聞いた人々も、何となくは知っていた。


「その裏切り者に、神の奇蹟があったのだ」


 ウラギリスは神の命令を、賢女メアレアの示現を通して聞いた。

 かつて帝国の抑圧に抗った賢女メアレアは、聖獣とともに現れ、ウラギリスに教えの断片を伝えた。


 メアレアは若いころ悪を働いていたから、完全な教えにたどり着いておらず、伝えることもできなかった。

 メアレアは若いころ悪を働いていたから、裏切り者ウラギリスでも、改心できると信じることができた。


 人を殺す罪、人を裏切る罪、人が陥りがちな誤ち、世界の全体像、天体の本質、竜たちが人にとって持つ意味などの教えを、ウラギリスは聞いて知った。

 それからウラギリスは誓いを立てて行動を改め、人を傷つけることを避け、罪を清めるとともに世に教えを伝えるべく、巡礼の旅に出たのだという。


「で、お前はその話をどこで聞いた? どうやってこれを語るに至ったのか?」


 聞き手たちは尋ねた。

 こういった奇蹟譚の常として、伝承系統に注意を向ける。

 語った旅人は答えなかった。


「お前はその話をどこで聞いた? どうやってこれを語るに至ったのか?」


 他の聞き手たちも尋ね、旅人は答えなかった。

 なんだ、それじゃあ作り話か。


 聞き手たちは離れ、興味を他のことに移した。

 好奇心旺盛な聞き手の一人は、重ねて尋ねた。


「お前はその話をどこで聞いた? どうやってこれを語るに至ったのか?」


 すると旅人は答えた。


「俺がそのウラギリスなのさ」


 このように語り伝えたということだ。

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