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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
祈られた神々の救済
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ウラギリスの裏切り その一

 ウラギリス・ソムクは裏切り者である。

 帝国に背き最後の一撃を与えたと、後世の詩や戯曲に語られる。


 ウラギリスは思想家だった。数百年後、第一次祭祀改革期に天教徒や主神教徒のあいだでよく読まれることになる。

 生きた当時には友人知人の諫めるところとなった。衰退の原因だの人間社会の原理だのについて壮大な理論をぶちあげるからだ。


「状況に応じて、妥当と思われる判断を重ねてゆく。妥当さは、蓄積した過去の例に基づいて推し量る。結局こうだ。こうするしかないんだ。そうだろう、我が友ウラギリス?」


 ウラギリスは答えた。


「だから滅んだ」


 帝国秩序は力を失い、社会不安が高まっていた。諸都市の人々は抽象的で壮大な思想や、世界の神秘を語る信仰体系に惹かれた。

 皇帝が実権をなくし、権威を高めようとした、歴史の中の一幕だ。




「カラッドには死ぬ前に何か言えることがあったと思うんだよ。カラッドはタマリンドの主だった」


 亜竜人ヴィクロムはいらだっていた。

 高い窓から光が差し込む。反射光が床を照らす。ここは迷宮、無形魔王城である。


「カラッドは人間のくずだ。喋る機会を与えればロクなことを言うまい」


「カラッドはタマリンドの主だった」


「ああいう者は人の気を引く技や、騙す術に長けている。生かすという選択肢を聞き手の思考に割り込ませるなどお手の物だ。何か喋る前に殺すに限る」


「カラッドはタマリンドの主だった」


 探索者は同じことを三度言った。ウラギリスは尋ねた。


「タマリンドとは誰だ」


「カラッドの奴隷だ。俺が殺した」


「ヴィク君が殺したわけではないにゃ」


 猫の人ミランディが訂正した。奴隷タマリンドはヴィクロムに殺されたと思われたあと蘇生した。それから自らの命を神に委ねた。


「何も情報が増えんではないか」


 ウラギリスには、タマリンドという奴隷がいて死んだことしか分からなかった。


「うるせえよ。だいたい何だお前、何しに来たんだ。

 あ。儀礼論か。だから無形魔王城にウラギリスが出てくるんだ」


 ウラギリスに向かって威嚇する途中で、ヴィクロム・インヴィットは思い出した。

 第二階層では帝国黎明期にあたる時期の儀礼論家ウァコルが登場した。

 ウラギリスもまた、長い繁栄の期間を隔てた帝国崩壊期に、儀礼を論じていた。


「帝国崩壊期の、えっと、新銀竜学派だっけ。ウァコルとかの儀礼論と何が違うのかは知らん」


「ぜんぜん違うぞ」


 ウラギリスは言った。自身の論が先行する論と区別されないことを学者として嫌った。


「かつて我が国の法秩序はなかった。街道網もなかった。

 古い儀礼論は、法や治安対策に属する話を儀礼の効力に含める。昔は法や制度の公正が神々と切り離せなかったのだ」


「そういえば、その話をあとでやるって魔王が言っていたにゃ」


 普遍帝国には法体系や街道網があり、繁栄を支えたと伝えられる。後世でよく知られる。

 飢饉や災害に対しては、陸海の道で速やかに物資を輸送し対処した。宿駅を備えた街道と、海や河の航路を確保したおかげだ。帝国以前の時代よりも安全かつ迅速に、人やものを動かすことができた。

 部族の衝突を殺し合いではなく、帝国法のもとで調停した。平和は通商をいっそう円滑にした。


 崩壊期とは皇帝の力が衰え、蝗害や震災が大打撃を与えた時期である。

 天災が激しくなったわけではない。被害を小さく留めることができなくなったのだ。

 少なくない人々は、天災が激しくなったと感じた。皇帝の力が強かった頃は、天災を抑えることができていたのだと思われた。



 皇帝が実権をなくし、権威を高めようとした、歴史の中の一幕だ。


 のちに〈最後の街道敷設者〉と呼ばれる廷臣イシドーロはウラギリスの同輩だった。ともに皇帝に仕えた。

 ウラギリスと違ってイシドーロは、具体的な問題に主な関心を向けた。衰退原因論を論としてできのよいものにするなど非実用的だ。実際にこれからどうするのかこそが重要な問題ではないか。

 使い古された文句に言う通り、抽象論に終始しては個別の問題は解けない。


 ウラギリスに「正しい判断を積み重ねようではないか」と呼びかけることもあった。するといつも、正しい判断を重ねたからこそ衰退したとかいう、大きな話が飛び出した。だからイシドーロは、大きな話を聞きたくないときにそのことは言わないことにしていた。


 イシドーロは無駄な公共事業を批判した。そのとき帝国はくだらないものを造っていた。巨大な皇帝像を飾った。巨大な鳥人征伐記念碑を建てた。

 多くの識者が儀礼論を使って評した。昔の儀礼論に言わせれば、建設のための建設は儀礼行為である。


 イシドーロは主張した。


「世のために街道や防壁を補修すべきだ。建築儀礼をやっている場合ではない」


 イシドーロのいう建築儀礼とは無駄な建築のことである。

 同じ問題についてウラギリスは主張した。


「世のために街道や防壁を補修すべきだ。それでこそ正しい建築儀礼となり、もって我らが皇帝の威光を回復するはずだ」


 ウラギリスにとって儀礼は当時の帝国に必要なものだった。

 無駄な公共事業に、皇帝の威信を回復しようという魂胆は明らかだった。儀礼論をかれが理解するところでは、一部の既得権益層を富ませるものと思って儀礼を行なったところで効果はない。

 だから正しい儀礼を行なうには、誰のためにもなる建物を造るのがよい。


 ウラギリスもイシドーロも、世のために街道や防壁を補修すべきだという主張に違いはない。対立は潜在的なものだった。

 二人はときに論を戦わせ、歴史や未来を語った。そして二人は、いつか自分たちは異なる道を行くことになろうと予感していた。



「我が友。ウラギリスよ。君は、帝国は法体系の国だと思うか」


 あるときイシドーロは尋ねた。イシドーロは、非実用的な抽象論が嫌いなわけではなかった。歓談の題材としてなら好ましいとすら思っていた。

 後世の評価では、間違いなく、帝国は法体系の国であるといわれる。

 その言説が生まれたのは崩壊期のことだった。


「今ある我が国は、法体系を重んじる国だし、そうあるべきだ」


「最盛期にはどうだ。英明帝の時代の帝国は法体系の国だったか」


 イシドーロは重ねて尋ねた。ウラギリスは少し考えた。


「違ったのだろうな」


 繁栄を享受した幸福な時代の帝国は、法体系のもとの公正を志向してはいなかった。ウラギリスはそう評した。


「法典が編纂されたとき、その元となる資料は、雑然とした大量の前例だった。

 その場その場の判断の蓄積だ。政治動向にも左右された。明らかに法規を超える行為も見逃されることがあった。

 過去の判断の蓄積を、つじつまが合うように編纂したのが法典だ」


 帝国はコネ社会だ。

 コネで解決する問題は裁判にならない。帝国法はたくさんの、コネで解決しない問題への判断を、整合的に編纂することで体系化された。

 できた体系は特定の共同体の掟への依存が小さい。だから継受するのに手頃だった。各部族も、のちには聖堂法も、その伝統を汲んだ。

 事後的に、帝国には部族の掟を超えた普遍の法体系が初期からあって公正を志した、という物語が形作られる。


「ウラギリス。皇帝やその系譜も同じだと思うことはないか」


 ウラギリスは驚いてイシドーロの顔を見つめた。急に危険な話題に向かったからだ。

 イシドーロは語り続けた。


「実態はほとんどコネで動いていたのを、皇帝の威光という建前でいた。帝国精神を本気で養って皇帝への不敬を本気で避けたのは、最初期といくつかの低迷期だけだった」


 食物が足りた。どこへでも安全に行くことができた。善い人が報われ、悪い人が報われた。それが帝国の最盛期だ。皇帝の威光のおかげ、というのが廷臣として真っ当な考えである。

 ウラギリスは答えた。


「イシドーロ。当時の人に尋ねたとしたら、我らが皇帝のおかげです、と言うことだろう。確信できるぞ。

 君らしくもない。我らが皇統の未来を悲観しているのか」


 確かに当時の人も、何のおかげかを話題にすれば、皇帝陛下のおかげと言ったことだろう。

 ウラギリス自身、ごまかしながら、何が問題なのかは分かっていた。じつはその人々は、皇帝の権威などあまり気にしないのだ。

 ふだんは話題にしない。安寧に暮らす人々は、どうして安寧に暮らすことができているかなど、気にも留めない。


 低迷期は違う。繁栄を享受してきたのは当たり前のことではなかったと、安寧が揺らいで初めて理解させられる。

 そして崩壊期とは、いくつかの低迷期のうち、最大にして最後のものであった。


 皇帝が実権をなくし、権威を高めようとした、歴史の中の一幕だ。




「なあお前、ウラギリス。お前は、ここにいるお前は、もう、やった後か」


 高い窓から光が差し込む。反射光が床を照らす。ここは迷宮、無形魔王城である。

 ヴィクロムは尋ねた。尋ねようとする内容を、明確に言葉にし損ねた。

 それから言い直した。


「ウラギリス。お前は、皇帝を、殺害したことがあるのか」


 当世に伝えられる話だ。ウラギリス・ソムクは皇帝暗殺者である。

 ウラギリスは言った。


「崩壊期の民には、栄光を取り戻したいという願望があった。栄光の再生とは何だろうか? 贅沢品に囲まれて奴隷を使役することか?」


 質問への答えではなかった。亜竜人ヴィクロムは黙って聞いた。


「ある人々は然りと言った。あの栄華を再びと願った。

 ある人々は否と言った。栄光の再生とは、不公正を作り出すことではないと唱えた。正義と秩序を掲げた。

 最初のうちは前者の方が人気だった」


 ウラギリスは少し口角をあげて、揶揄ぎみの調子で言った。


「贅沢品が手に入らなくなると、正義や秩序を目指す言説が持ち上げられ出したな」


「これいつ本題に入るのにゃ?」


 猫の人ミランディはしびれを切らした。目の前のウラギリスが皇帝を殺害したのか、した場合その経緯は、危険さを評価するうえで知りたいことだった。


「かつて我が国は東方で数々の戦役を経験した」


「さらに遠ざかりやがったにゃ」


「もともと東方諸国は、宮廷や神官団の組織をある程度保ったまま併合されていた。旧貴族が力をつけて我ら帝国に害なすなら、戦って鎮める。

 我が国はときに金や奴隷ほしさに戦争をやった。そういうときは大義名分を立てることになる。

 いわく、あいつらは欺瞞の王権で人を不自由にした、と」


「それで? 東方の王権の欺瞞がどうしたのにゃ。皇帝に関係あるのにゃ?」


 ウラギリスはそれを聞いて、声を上げて笑った。

 それまでの静かな語りから一転して、大声を張り上げた。


「関係があるか! ハハハッ!

 我が陛下に関係があるかだと! ないさ! ないはずだった! あってはならなかったのだッ!」


 帝国の評議会議員が弾劾演説をぶつときも、こうして大声を張り上げたことだろう。


「我らが皇帝陛下は東方文明の十二神の血を、直に引く子孫なのだと、誰かが言い出した。

 古い十二の貴族家が、十二神の血をそれぞれ引いているのだと! 我らが皇帝の系譜はそのすべてに繋がる最上の血統なのだと!」


「かっこいい」


 亜竜人ヴィクロムはつぶやいた。するとウラギリスは鼻で笑った。


「はん。かっこいい? かっこいいだと? ハハッ!

 かっこいいわけがあるか! たちの悪い冗談だ。神々の血を引く君主などと! 我が千年の帝国への侮辱だッ!」


 東方諸王国は、神の系譜に王の系譜をつなげた。かつて帝国が欺瞞と呼んだのがこれである。人が神の子なわけはないからだ。


「常に政情が不安定だと、派手な王権神話が必要になる。どこにでもある悪趣味な王権観だ。短期政権の悪あがきだ!

 断じて、我が皇帝と関係があるものではない。当たり前の話だ!」


 上古代の東方一帯で政情が安定しなかったのは事実だ。出自の分からない者が王になることもあった。出自の神話によって箔付けする伝統があった。

 流離した貴種とされた。異常な出生と成長を遂げた神の子とされた。本人の意思にすら関係なく物語は紡がれ、神格化される。


「我が誇り高き千年の帝国は、陳腐で悪趣味な装飾によって穢されてはならない。絶対にだ」


 皇帝が実権をなくし、権威を高めようとした、歴史の中の一幕だ。

 皇帝の一人は権威を高め、ついには神の子孫とされた。かつて東方侵略の大義名分に掲げた、欺瞞の王権という認定を無視した。


 ウラギリスには許せなかった。

 何より許せなかったのは、どこかの誰かが非公式に神話を紡ぐに留まらなかったことである。

 廷臣や官僚たちは、状況に応じて妥当と思われる判断をくだした。

 つまり公式に、神々の子孫という設定で皇帝を神格化しようとした。


「望ましい現地の伝統を取り入れよう、だと。せっかく信じてもらえるのだから信頼を蓄積しよう、だと。

 どいつもこいつも、何とも思わないのか。栄光の再生が聞いてあきれる。我が帝国の伝統を何だと思っているんだ」


 過去の大義名分を引っ込めた前例はあった。東方の伝統を皇帝崇拝に取り入れた前例もあった。神々を使った箔付けが帝国の伝統に反しないという前例も引っ張り出された。


 ウラギリスは気づいていた。

 偉大な皇帝という物語は終わっていたのだ。領邦をまとめるのに、なんでもよいから、すごい王様が必要とされた。皇統の残りカスも、それに便乗した。


「あろうことか、我が陛下その人までもが乗り気だった。悲しいな。

 俺には殺す機会を作ることができた。できてしまったんだ。いわば天命は俺を止めなかった。本当に悲しい」


 ウラギリスには皇統への忠義も学識も実績もあった。信頼しない理由は皇帝になかった。

 王権儀礼を控えて、大きな輿のうえで二人きりとなったとき、皇帝は殺意に気づかなかった。

 ウラギリスが「陛下。そこにいらっしゃいますか」と尋ねたときも、皇帝は殺意に気づかなかった。

 自身の胴体を背後から貫く刃を見下ろしたとき、気づいたかどうか。


 儀礼用の輿は死んだ皇帝を載せ、担ぎ手たちはそれと知らないまま練り歩いた。皇帝に儀礼行為が求められる段まで進行して初めて、殺害が発覚した。


「しょっちゅう言われたものだ。抽象論に終始しては個別の問題は解けないと。

 逆も言えるぞ。状況に応じて妥当と思われる判断をくだす利口者に君主は殺せん。君主殺しとかいった大それたことの実現には、誇大妄想に憑かれたバカが必要なのだ」


 ウラギリスは自嘲した。皇帝殺しなど狂気の沙汰だと笑った。

 一般に、権力や利益をやり取りする様式や共通了解は、破壊すれば混乱を招く。現実的な損得勘定で動く者なら、維持して小さな改変を加え続ける。その中心に王制があるのならば、維持しようということになる。


「それで皇帝を殺したわけか。

 正直に言うと、王を神々の子孫とするのが短期政権の悪あがきって印象はないな。王朝って、そういうことを言いがちだ。

 第二次祭祀改革の後も複数あった。紛い物の信仰体系としての国家が形を成し始めた、歴史の中の一幕だ」


 亜竜人ヴィクロム・インヴィットは言った。

 第二次祭祀改革以降、いわゆる中近世の諸王は、国内を統一し、実権を掌握し、王朝の神格化を進めた。

 王たちは太陽の子孫などと自称した。


「カスの時代だな。そいつらには、トドメをさしてくれる誇大妄想家はいなかったのか?」


 ウラギリスは、自分がやったことを完全な間違いだとは思っていなかった。


「何人かの王には、たぶんいた。いくつかの王家は今も存続している」


「そうか。では、このウラギリスの書いたものは残っているか?」


「不完全ながら伝わっている」


 探索者の答えを聞いて、ウラギリスは息をついた。


「気休めにはなるな。俺の言葉を誰かが語り継ぐなら、行動も継がれよう。誤った王制を滅ぼす者が、現れてくれることだろう」


 それはウラギリスの、著作家としての自負だった。



 皇帝を裏切ったウラギリスは、北へ向かったという。そのときのイシドーロとの会話が伝説に語られる。


「いつかやると思っていた。我が友ウラギリス。無事を祈っては、やれそうもないな。

 お前はどこへ行くんだ?」


「北へ。自由と詩と暴力の地へ」

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