探索者の祭礼
粗野な隣人と、珍しいものを食わせてくれる粗野な隣人とには、非常に大きな違いがある。古きよき冒険者たちはよく知っていた。
椀飯振舞は探索者の義務であり特権だ。冒険の区切りには盛大に祝って同業者や近隣住民に食物や財宝を分配する。恐ろしい迷宮の階層を一つ攻略したら、街道や広場で祝祭を催す。
「怪我はいいのか。もっと寝てくれれば祭が長引いたものを」
探索者ヴィクロム・インヴィットに話しかける者があった。
迷宮探索は非常に危険である。階層攻略時に主要人物が怪我を負っていることもよくある。その場合、正式には、治るまで祝い続ける。治療に時間がかかると祭が長引くことになる。
今回は略式なので、帰還後と治癒後にそれぞれ一、二日祝う。治療に時間がかかっても祭は長くならない。もっと寝てくれれば、とは災難を笑いに変えるべく言ったものである。
いかにも西北の出身らしい人物だった。燃え立つ色の髪と、同じ色の薄い頬ひげが目立つ。古くは魔力を帯びると信じられた毛だ。血統が強く現われると、男だけでなく女でも豊かなひげが生えるのだという。
亜竜人ヴィクロムは相手の顔をしばし眺めて、記憶を引き出した。
「バーニァー・ルディレーンサ・バループカ・フテスーティー、
ヘーギン・ファリグンデア・フェルボーデ・ザーニァー。
ご無沙汰していたな、ファリグンドさん」
古きよき冒険者は吟遊詩人によく歌われることを人生の目標とした。今どきの探索者にも詩にされて喜ぶ者は多い。探索者の嗜みの一種として、ヴィクロムは韻文を作った。今どき珍しい技能である。
亜竜人という人々には変なところがあるものだった。このヴィクロムという文脈の亜竜人はましな方だった。
太陽の光が木の葉の間から優しくそそぐ。ここは樹上都市である。太鼓や笛やフィドルの音が民衆的な宗教音楽を奏でる。祭礼につきものの背景音、お囃子だ。
その雰囲気になじまない、やたらフォーマルな服装の人物が、ヴィクロムをそれと認めて近寄った。
簡単な挨拶を交わす。
「おお。あなたが功労者ですね。わたくしは迷宮管理課のタタと申します」
「お役人さんか。本日はわざわざご足労いただきました」
祭の規模に適した所属と位階の役人を呼び、歓待するのが作法である。ささやかな祭の場合、その辺の保安員程度でよい。一つの迷宮を完全攻略でもした場合、中央政府から呼ぶことになる。
やっておかないと、ゆるく済ませている定例の調査や監査が、次回は複雑かつ厳格になるかもしれない、と伝えられる。因果関係は公式に否定されている。歓待しなかった次の回で面倒な調査や監査が入っても、たまたま偶然である。行政には呪術がつきものだった。
役人を歓待するという、儀礼である。
何か争いがあったとき、役人を呼んで歓待し、謎の調査を行なってもらう。調査の意味は誰にも分からない。とにかくそれで丸く収まる。
何か事故が起きたとき、役人を呼んで歓待し、謎の講習を行なってもらう。講習は聞き流す。とにかくそれで丸く収まる。
たまに役人が図に乗り、地元民が武力をちらつかせて対抗する。図に乗らなくても気に障ることがあれば武力で脅した。このようなことが繰り返されていた。
「開会の辞! 開会の辞だ! こちら迷宮管理課の役人! タタさん!」
探索者ヴィクロムは大声で呼び掛ける。
「ご紹介ありがとうございます。心よりお祝い申し上げます。このたびは迷宮攻略および快癒おめでとうございます」
招かれた役人は祝辞に続けて、流行に沿った演説をぶつ。建設とか芸術とかを奨励する内容を語り、地元民は聞き流す。たいていの人は最初の挨拶を聞いたら散らばって、その辺で衣装を借りたり物を食ったりする。
聞き手がいなくとも役人タタはしゃべる。そういう仕事だ。
「古来この第三枝の地域は、素晴らしい文化交流の場でありました。未来にわたって相互の文化理解に基づくまばゆい発展を期待するものであります」
それを一人の狼獣人が聞きとがめて毒づいた。
「文化理解だ? 先に礼節や恥ってものを理解しやがれ」
その部族の生活文化は百余年前に産業政策の中で破壊された。いまだ恨みは深い。
独り言に反応する者があった。
「お前んとこには文化なんかないもんな」
犬獣人だった。一般に狼獣人とは仲が悪い傾向にある。
「死にたいのか犬コロ」
狼獣人が睨みつけて威嚇すると、犬獣人は笑って肩をすくめる。
「死にたいのか。まさか。この佳日に何だよ。そんな言葉使うもんじゃあないぜ」
侮辱を受けた狼獣人は長く息を吐いて吸って吐き、手を差し伸べた。
「これが何だか知ってるか? 知らないだろうな。握手って言うんだ。暴力の代わりに和解を選ぶんだよ。知らなかったろ?」
犬獣人は握手を知っている。犬獣人が握手を知っていることを狼獣人は知っている。だから効力を発揮する。格上として寛大な心を示してやるというメッセージが伝わる。
犬獣人は手を取った。
「初めて知った。ちょうど暴力の代わりに和解を選びたいと思ってたんだよ」
獣人たちの多くは礼節を重んじる。同時に野蛮な掟を実践する。祭の中でなければ許されない侮辱だった。問答無用で頭をかち割られても本来おかしくない。
祭礼への敬意と、いつもより高まった樹上都市の同胞意識の中で、きわどい冗談が容認された。
「狼公。文化がないなんて言ってすまない」
「事実だからな。主神におかせられては、この者をお赦しになられよ。我らが殴り合っては、ミランディさんにも顔向けできない」
猫の人ミランディは攻略に携わったから、祭礼の主役である。獣人の間で事件でも起こせば義理が立たない。大変なことである。ミランディに対して大きな借りがある獣人は一帯に多いのだ。
攻略記念の祭でふつう目玉にあたる、攻略者による武勇伝が、今回は控え目となった。
例の亜竜人は武勇伝より旅行談の方が得意と知られていた。戦いの様子を聞いても盛り上がりに欠ける。ヴィクロムが入院している間に猫の人ミランディが語ってくれたので十分だった。
探索者ヴィクロム・インヴィットには、ちょっと挨拶すれば用は済む。当人も熱烈な対応を望んでいない雰囲気があった。ノリの良さの乱高下や厭世は亜竜人にはありがちだ。
大道芸やら演し物がそこら中で行なわれた。
定番として、迷宮や攻略者にちなむ寸劇がある。金をとらない素人、たいていは探索者が演じるものだった。
舞台の上で役者が声を張り上げる。大柄で粗野な印象を与えるいで立ちの、女の人だ。名をエルメイアという。探索者の衣装そのままで舞台に乗っていた。
「やあ、座長! このたびは無形魔王城ヂアハトリーギの階層攻略を祝って、劇をやるって言うんじゃあないか。あたしに魔王役をやらせろよ」
舞台は土を高く盛って作られている。周囲の地べたに座って観劇するのだ。劇場と違って、見る方向を一方に限定しない。
「何だ、誰がそんな演目をやるなんて言ったんだ」
「他に何があるんだよ! 無形魔王城なんて迷宮を進んで、記念の劇に魔王が出ないわけないだろ。
あたしはその役をやりたいんだ。すごい魔王を演じるのは名優の条件なのだから」
事実だ。名優と呼べる役者たちはすごい魔王を演じてきたものである。
「というわけで僭越ながら、いち女優エルメイア、魔王を演じたく思うのです」
「本当に僭越だなあ」
舞台の上の座長が言った。
観客に笑いが起こる。
エルメイアは、いち女優ではない。ふだん探索者として活動している。こうした折にときどき役者をやるものだった。観客には探索者としてのエルメイアを知る者が多い。
「確かにあたしは、魔王を演じるのに迫力が足りません。こんなに可憐で華奢な乙女に、戦う王が務まるのか、とは不安があります」
「待て待て待て。可憐で華奢だって?」
探索者エルメイアは、可憐で華奢な乙女とは思われていない。探索者を中心とする観客の共通認識である。
「可憐で? 華奢な? 乙女?」
「あ? 何か文句あんのか?」
「ありません。エルメイアさんは可憐で華奢な乙女です」
「よろしい。あたしは、魔王を演じるのに不安があります。堂々と立ち、戦士たちを従え、自らも果敢に剣を振るう王ですから」
「いつもやってるだろ」
座長がつっこみを入れる。観客からもヤジが飛んでくる。はまり役だ、魔王エルメイア、ぜひやれと、からかいながら激励する。
エルメイアは、その声に威厳を演出して、命じた。
「静まれ」
そして、観客は静まった。
「わたしがマリニア王、帝国へ弓引く者の守護者であると知れ」
堂々たる名告りには、魔法を引き起こす力がある。
そこに魔王がいた。役者エルメイアが魔王を演じるのではない。魔王がいて、役者エルメイアの姿かたちを取っている。
「古の戦士と並べば、今わたしを演じているエルメイアなる小娘など、十分可憐で華奢な乙女に数えられる。あざ笑うな、お前たち。わたしを演じている役者にあとで菓子折りでも捧げるがよい」
魔王は続けて言った。
「学士ウァコルはいるか?
第二階層では番人を務めたな?」
「ここに」
中近世から近世にかけて数度、魔王の下の学者ウァコルは世界市民・祭祀改革者・放浪作家として脚光を浴びた。演劇の役となった。古の祭祀改革者として、より新しい時代の理想を投影される。
探索者の素人演劇の場合、学者肌で知性派な者にやらせるか、反対にまったく不釣り合いな筋肉野郎にやらせる。今回は前者だった。
「お前は儀礼を論じたな」
「は。儀礼論とは天下国家の理想の一部でございます。お時間をいただければ本論をも論じてみましょう」
「申せ。
つまらなかったら、お前が幼い日にこしらえたオリジナルの祭詞を発表してやる」
魔王は聞くだに残虐な羞恥刑を予告した。
「我が王。このウァコル、ここは」
「やはりやめておく、などとは言わせぬぞ」
学士は深呼吸をした。
もう一度深呼吸をした。
さらにまた一度、大げさな身振りで深呼吸をした。
「早くせよ! 天下国家の理想とは何だ。申せ!」
学士は慌てて姿勢を正す。
「申します!
法治主義でございます。我が王。頑迷な信仰、野蛮な因習を捨て、公正な法をもって治めるのです」
劇に出る学士ウァコルはふつう改革論者である。肥大化した祭祀を攻撃し、国を強く豊かにしようと主張する。
劇に出る魔王はふつうカリスマ専制君主である。人望があり、明確な指針に欠けた。伝統を守るとか外敵を退けるとかいった目標を掲げた。
「法治だと。
公正な法を宣言しただけで人は従わぬ。いかにして公正と信じさせるか。官吏が私腹を肥やさないと、いかにして信じてもらうのか」
「実績を積むほかございません。腐敗を絶やし、正しい運用を重ねます」
「なるほど実績は必要だろうな。
ウァコルよ。伝統の祭祀を破壊する者は、その時点で悪しき信用を得るのだぞ。よりよいものを与えてやると言った暁には、人は、絶対にろくなものでないと予期することだろう」
魔王の言葉は観客の重んじる価値観に沿っていた。
いいことを言うじゃあないか。無礼なよそ者が押し付ける法など、いくら公正と自称していても信用に値しないんだ。
樹上積層都市には独立の気風が強かった。〈地べたの奴ら〉の支配に否を唱えた。
当世にあって、樹上地区を含む辺境部での政策には公正を目指す努力が見られ、それを人々は信じなかった。
中央では反対に、権力への信頼が強く、実態は不公正だった。統治者は民を顧みず苦しめた。反抗勢力が現れれば、圧政に苦しんでいる当人たちが進んで鎮めた。権力への従順を美徳とした。
辺境部から見て中央は、気を許したらああなるという反面教師だった。
「祭祀というのは、漸次縮小し、やがて廃するべきものです。伝統だからという理由で行なう祭祀は、すでに役割を終えています」
「月夜、それは俺の影
なぜ人を狂わすのか
俺には分かっている」
「我が王!?」
魔王は下手な詩を朗々と吟じた。予告した罰だ。
そのときである。
「俺の詩じゃねーか! やめてくれよ!!」
舞台に乱入する者があった。探索者ヴィクロム・インヴィットである。
劇は攻略者を揶揄するものだった。祭の寸劇のお約束だ。祭の中心にある人物を揶揄してよく、その人物は乱入してよい。
「さえずるな。お前のものはわたしのものだ、文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットよ」
「わたしのヴィク、とか呼んではくれないのか?」
「二人きりになったときに、いくらでも呼んでやる。早く最奥部へ来い。わたしからは以上だ。迷宮づくりの作業もあるのでな」
そう言うと舞台の上のエルメイアは姿勢を楽にした。
「ふう。というわけでー、魔王役のエルメイアでしたー。ヴィクロムさん、階層攻略おめでとう」
役者たちが拍手を送る。観客たちも拍手を送る。寸劇が終わった。
「わたしのヴィクって呼んだ方がいいのかい?」
「勘弁してくれ」
探索者ヴィクロムは八方向に右回りにお辞儀をしてから舞台を降り、話しかける者に挨拶を返しながら器用に逃げて行った。
「ようヴィー。祭祀改革者ウァコルに会ったのかよ」
「第二階層で見た魔王とウァコルは劇で見るのと逆だったな。
ウァコルは伝統を守れって言って、魔王は新しい信仰を認めようとした」
「へえ! そりゃあ文脈の亜竜人好みのあべこべっぷりだ」
文脈の亜竜人らしさといったら天邪鬼の気質だ。亜竜人が二人以上いる場合などには、性格類型の話が出るものである。
鉱脈なら博学多才か欲張り、水脈なら王の器か日和見野郎、人脈なら好人物かおべっか使い、山脈なら求道者か偏屈、文脈なら賢人か天邪鬼、などと言われる。列挙すれば十、二十と続き、実は四、五パターンで尽きている。
亜竜人とはある種の変人に付けたラベルなのだ。何脈とかは後付けである。
人の言うことには、亜竜人は、世界に自分が存在していることに気づいていない。頑固で無軌道な困ったちゃん、どこかへ飛んで行ってしまいそうな地上世界への客人、あるいは巨大な何かを直視できる才人だという。ちょっと変わった善良な人として扱い、あまり期待せずにおくと、善良な人でいてくれる傾向にあるとされた。
「ああ。覚えてくれてありがとう。俺は文脈の亜竜人ヴィクロムだ」
亜竜人という者たちは、一般に人間や世界をナメていて常識がない。たとえば一人でふらっと死地に赴きかねない。
あまり命知らずでない探索者にとって、狂気の沙汰である。
「死んでしまうぞ!」
命知らずの探索者にとっても狂気の沙汰である。
「死ぬまで戦っても名声が残らないぞ!」
命知らずたちの多くは、戦いぶりを誰かが語り継いでくれると思えばこそ命がけで戦う。一人で戦って死ぬのは無駄死にだ。
亜竜人ヴィクロムは器用に逃げて祭の中心から離れた。
「人が多いと疲れるな。心地よい疲れってやつか」
かれは、亜竜人の中では無礼でない、比較的真っ当な方として通っていた。
ヴィクロム・インヴィットはお祭り騒ぎが嫌いでなかった。楽しい雰囲気の真ん中にいることは心躍るものですらあった。
自分を聞き知って好印象を抱く者がいると確認し、なじみのある地区から多くの人が集まるさまを確認するのは、気分がよかった。
ただ、少しだけ飽きていた。
「こんな祭は抜け出して、迷宮でも行くか」




