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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
願われた神々の裁定
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古都の掟

 伝統的に東方人は西から攻めてくる勢力を一括して〈マリニアの連中〉と呼びならわした。


「健康に、自由なるタライモンの街に、マリニアの栄光尽きたことに乾杯!」


 マリニアの栄光尽きたとは東方諸都市で、祝いごとの決まり文句だった。また、東方には自由を尊ぶ伝統があった。一都市タライモンも例外でない。

 西や北の戦乱をよそに繁栄を誇る、歴史の中の一幕だ。神学生サルルは昼間から酒杯を呷る。


「乾杯!」


 上古代の西都勢力、つまりのちの普遍帝国を構成する人々のうち、東方人にもっとも馴染みがあるのはマリニア人だった。拡大期当時の西都の祭祀はほぼマリニアの祭祀でもあった。上古代の東方人には、その他と区別する必要が特になかった。


 西都の勢力は東方進出の前に、中北部にあたるマリニアと一体となり、諸部族を統合していた。後世には魔王戦役での勝利として語られる。

 さらに西都の勢力は東都を征服し、文化を吸収した。後世には普遍帝国の東都時代と西都時代として語られる。


 普遍帝国の成立と繁栄と衰退を経て、近古代の東都にも西方蛮族は押し寄せ、〈マリニアの連中〉と呼ばれた。


「先の戦役でやつら、北の方で反乱があったというので、慌てて帰ったじゃあないか。よくあれで遠征など企んだものだ」


「神聖なる教主猊下様に逆らうと天罰がくだると、民草からお貴族まで本気で信じているのさ。本当の天教と政治的妥協とが区別できないんだ」


 サルルは神学生らしい見解を垂れた。正統とされる教理の中には政治的事情で決まったものも多い。

 東方諸都市は聖堂権力に従わない傾向が強かった。天教は天教、聖堂は聖堂だ。聖堂に君臨する教主の命令に服従することが天教なのではない。むしろ考えなしの服従とは非天教的な行為である。

 権威を拒む東方諸都市を聖堂権力の方も嫌った。迷信深い王侯貴族を使って何かと嫌がらせをした。


「なるほど。本当の天教や本当の自由を知らない。そのくせ蛮行を神様のせいにするのは得意なんだもんな、野蛮人は」


 話し相手が相槌を打つ。

 東方諸都市には自由を尊ぶ伝統があった。近古代では天教の理念と一体化していた。



 かつて、本当の自由を見失ったがゆえに〈マリニアの連中〉に隷従を強いられた。そのとき人は別々のものを自由と呼び、どれも実態は自由と異なっていた。

 ある人々は、伝統の掟による統治を目指した。実態は門閥による利権の独占だった。

 ある人々は、貧富の差の解消を訴えた。実態は没落貴族の復権と敗者からの略奪だった。

 ある人々は、和平と通商の安定を掲げた。実態は新興富裕層による奴隷使役だった。


 西都勢力は食い違いを利用して対立を引き起こしたうえで介入した。

 伝統の掟を破壊する者を鎮めてくれるかと思ったら、西都の掟を押し付けられた。

 貧困から救ってくれるかと思ったら、誰もが奴隷にされた。

 都市間で戦争などせずに済むかと思ったら、帝国辺境防衛に駆り出された。


 やがて東方の民は反乱を起こした。普遍帝国の皇帝時代は終わって軍閥時代に入る。混乱の中で〈正しい教え〉は広まり、東方諸都市は自由を取り戻した。戦争の代わりに街々は天教への信仰を競った。

 東都が自由なのは、堕落した〈マリニアの連中〉と違って正しく天教を受け入れたからである、と伝えられている。



「蛮族もかわいそうと言えばかわいそうなんだよ。野蛮さを改めるのが聖堂の仕事なんだ。それを放棄して、天教を使って人を不自由にするんだからさ」


 サルルは聖堂や教主の不正を訴えたがった。東方の神学生によくある傾向である。

 聖堂は市民感覚でも漠然と嫌われる。神学生は明確に嫌う。


「それはまあそうだな。だからと言って蛮族に平和と自由の教えを説いて改心させるってわけにもいかんだろ。武器を提げて略奪に来るんだからな」


「非戦論をぶち上げたいわけじゃあないよ。力をふるう必要があることもある」


 東方の人々は言葉の力を認め、その限界をも認めている。

 西都が力を増す上古代には優れた弁論術や政治論が語られた。いかに人を動かすべきかを語り、洗練を重ねた。後世においても学ぶところ多い古典である。その当時の政治はみすぼらしかった。西都の野心にまともに抗うことができなかった。


 皇帝の圧制から独立を果たす中古代にも、優れた歴史や哲学の典籍が編まれた。過去から教訓を得ようとした。後世の侵略者たちも感銘を受けたという古典である。教訓に曰く、市民が政治参画を投げ出したから僭主が現れ、伝統の掟が一部の門閥だけを富ませたのではないか。誰もが自分の仕事として誇りとともに引き受けていれば、伝統の掟と平等と平和とが同時に成立したのではないか。

 過去から教訓を得て健全な自治を目指し、そして、四〇年もすると一般の多くの人々は天下国家に関心をなくした。僭主や軍閥がのさばった。教訓はただの言葉に成り下がる。


 それゆえ東方人は言葉の力に限界があると認める。言葉に中身を伴わせるには、行動が必要なのだ。力ある行動とは軍事であり示威であり慈善であり、何よりも、典礼である。


「蛮族だって、天教の典礼を妨げない程度の分別は持っているんだ。まるきり話が通じないわけじゃあない」


 サルルをはじめ東都の神学生は、学業を怠っても典礼を怠ることはない。重要性を知っているから、というより、学生寄宿舎を出ると必ず礼拝所を通るからだ。あえて素通りするほどに信仰薄い者はそうそういない。典礼に参加し、決められた典礼の時間を逃せば埋め合わせのお祈りを捧げた。典礼に参加せずに済ませる状態が通常なのではなく、参加する状態が通常だった。

 結果的に東都の神学生は遊んでいても、感心な若者、敬虔な天教徒で通った。


 典礼では神への畏れを確認する。貧富の差を解消する手段は、畏敬しかないと信じられた。昔の人は存在しない神々を祀り祖霊を敬って、貧しい人に施しをやった。やがて神々は信じられなくなり、堕落した。天教の神はふつうに考えて存在するので、安定する。

 典礼では身内以外の同胞の存在を認識する。人は身の回りのことで手一杯になりがちだ。そうなれば天下国家にかかわってなどいられない。だから典礼を通して、身の回りの外にも世界が広がっていることを知る。

 さらに典礼は天教徒をして、典礼の場にいない同胞たちをも受け入れさせた。タライモンには東南方のエメレやクムワットから来た異教徒がふつうに暮らす。天教の典礼には参加しない。

 信仰はどうあれタライモンっ子であり東方人だ。広い意味での同胞に関心を持つ習慣を身につけていれば、異教徒も同胞と思えた。困ったときには力を貸した。この点で東都圏は新しい都市よりも異教に寛容な傾向にあった。

 正しく天教を行じるがゆえに異教徒に寛容になれる、と東都人は信じた。これも聖堂嫌いと結びつく。聖堂は異教を攻撃するからだ。


「まあ、たしかに、平和に説得できれば一番いいよな」


 相槌は、無理だろう、という調子を帯びていた。



 この後、北方では将軍マルゴドリクが実権を握り広域を掌握することになる。マルゴドリクは東方諸都市に軍を進める。

 戦闘に勝利すれば、親分として実力を示すことができる。大規模の略奪を許可すれば、親分として気前の良さを示すことができる。マルゴドリクは、これに成功した。

 東方諸都市は荒らされ、富豪や貴族は捕らわれるか、遠くへ逃れた。


 マルゴドリク死後、北方の混乱に乗じて東方人は街を建て直そうとする。まさにそのとき、苛烈な君主ハシュペフチャが台頭した。先だってマルゴドリクの傀儡とされていた王だ。東都の再建はさらに後のことになった。

 民間伝承に曰く、東都はいつも魔王に滅ぼされるのだという。いくつかの混同の結果、一度は〈マリニアの連中〉の女王によって、二度目はハシュペフチャ率いる蛮族の軍によって滅んだ、とするものである。




 自称他称による魔王というものは歴史上多い。当世にあって魔王とは、大昔の実在人物をモデルとした一神格あるいはキャラクター類型である。概して悪役を担う。当世に語られる魔王イメージの源流はたいてい近古代にある。

 ハシュペフチャ王が雑多な魔王伝を整理し、その素材を多くの人々が多くの思惑で利用した。


 昔から東都では権力者や政治的決定について語るのに寓話を使い、文字に残してきた。教訓的な動物寓話や歴史物語を通して、暗に現実の君主を非難した。

 近古代のハシュペフチャをこき下ろすために、上古代マリニアの魔王について語った。東都の伝統のイメージで、上古代マリニアの魔王といったら専制君主で、残虐な女王だった。

 ある人々は似た名前の怪物を描き、愚かさゆえに退治されるとする。

 ある人々はとても賢く人望あふれる理想の王を描く。東都で魔王といったら当たり前に悪なので、あえて善良さを誇張して描けば皮肉として機能する。


 王権の正当化に、体制批判に、神秘家の箔付けに、迷信への揶揄に、多くの人々が利用した。自称他称による魔王というものが多く現われるのはこのためである。



 理屈の通る解釈はもう一つある。

 本当にそういう魔力において優れた王がいて、繰り返し現れるのだとする。


「まさか第三階層の番人って、あんたじゃあないだろうな」


 魔王譚文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットは、第三階層の最奥部にたどり着いた。ゴブリンどもに対処し、消耗していた。

 そこに魔王がいた。近古代の方の魔王だ。


「我が名はハシュペフチャ。ハシュペフチャ・デアゲトリクス。迷宮の番人だと? 誰かの命令で召し出される俺ではないぞ。口を慎め」


 かれは独力で顕現していた。迷宮〈幽玄歴詞根ペルペトゥア〉に上古代の魔王が現れたのと同じく、迷宮〈無形魔王城ヂアハトリーギ〉にハシュペフチャが現れた。


【第三階層の番人は不在です。探索者は、魔王僭称者の討伐をもって当階層の攻略としてもよい。】


 迷宮アナウンスが流れる。


「だそうだ。どうする? 俺が何者だかわかっていれば選択肢はなかろう?」


「ハシュペフチャ王、早すぎた政教分離の君主だな。アルカド帝国の再統一に成功したあと厳格な法治主義で反発を招いた。

 近古代の第一次祭祀改革が熟した時期は、名君ハシュペフチャをもってしても天教権力を追い出すには早すぎた」


 嫌われた王は後に再評価された。

 西オルドラ山脈の両側にわたって巨大な版図を実現し、安定をもたらす。その安定は一代限りとなった。と、当世では語られる。

 ハシュペフチャは答えた。


「俺の法治は行き過ぎたのではない。足りなかったのだ。

 ともかく訊いているのはそんなことではない」


 近古代の王ハシュペフチャは平和を希求した。東方の知識人層の一部には、北方蛮族のわりに話が通じるとして好評だった。東方の学者で、特に郷土愛が強くない者は、ハシュペフチャの官僚組織作りに手を貸した。

 一方で、戦えば勝つ王でもあった。辺境部や有力諸侯の不穏な動きにはすぐさま対応した。教主が王侯をけしかければ撃退した。

 戦えば勝つ。退けば追わない。だから退け、と探索者に仄めかした。ヴィクロムは言った。


「ハシュペフチャは、雑多な伝承を素材として上古代の魔王を語り直した人物だ。王権の神話と理想像の提示を兼ねた。この魔王譚は当世に至るまで、多くの派生を生み出し続けている」


「そんなことを訊いたのでもない。俺を前に立ち向かうか、出直すか。逃げるならば追わぬぞ」


「けっ。ハシュペフチャは戦いを好まず、必要なときは戦って勝つ。俺が逃げれば無事で済み、立ち向かえば無事で済まない。そう言わせたいんだろ」


「逃げないのか」


「ああ。逃げない。言わせたいセリフがあるらしい奴に従うのは大嫌いなんだ。

 魔王譚文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットが宣言する。ここに、魔王僭称者ハシュペフチャの討伐を開始する」


【ヴィクロム・インヴィット、五点減点。あなたの魔王城ポイントは六九九〇点です。

 付帯テキスト:そんな三下を相手に逃げる選択肢など考慮するな、わたしのヴィク。】


 迷宮アナウンスが割り込んだ。


「今のそんな怒られ方するとこだった?」


「貴様もなかなか妙なものに愛されたと見えるな」


 魔王僭称者ハシュペフチャはゆっくりと気息を調えた。あきらめた調子で声を発する。


「貴様の魔王譚文脈とやら、戦いを避ける理由にはならんのだろうな」


 当世にいう魔王譚の文脈は、ハシュペフチャを源とするといってよい。それは亜竜人にとって、戦わない理由にならないのか。


「ならないな。聞け。今も街角に魔王像というか、そう言われるよく分からない神像がある。で、遠慮なしに撫でられてすり減るんだ。本物の方の魔王は、あんなにも雑に扱われる。お前を発端として」


 魔王僭称者はそれを聞いて口角を吊り上げた。


「ふ。神霊などというのは都合よく読み替えられ雑に扱われるのが常だろう。英雄伝が当人の思惑を反映せず、真っ向から反することも、ざらではないか」


「ああ。たぶん本人は笑って済ませるかもしれないな。だから、俺のわがままだよ。気安く手垢をつけられるようであってほしくない。汚い手で我が王に触れるな、ってところだな。俺が嫌だ。俺はお前のことが嫌いだ」


 探索者ヴィクロム・インヴィットは言葉にしてから、改めて自身の思い入れを知った。口に出してみたらしっくりきた。


【ヴィクロム・インヴィット、五点減点。あなたの魔王城ポイントは一〇六九八五点です。

 付帯テキスト:ただの像だ。愚か者め(ばーか)わたしはあなたの(そんなこといわれた)言動を(って、ぜんぜん)全く喜ばないぞうれしくなんかないんだから。】


「大加点じゃあないかよ」


 亜竜人に対して、魔王僭称者はくっくっと抑えた声を鳴らしてから、高笑いをはじけさせた。


「ハハッ、ウワッハハハ! 面白い! 本物の方の魔王に思い入れがある、か。貴様なかなか気に入ったぞ。敬意を表して、少し本気を出してやろう」


 両者は構える。戦いが始まる。

 そして、〈魔王の眼〉が開く。

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