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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
願われた神々の裁定
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聖戦の掟

 教主は知っている。残念ながら神罰とか奇蹟とかいったものは存在しない。あったとしても、神をあてにして人間の努力を怠るわけにはいかない。思慮と調整を積み重ね、世界をよりよくしていかなければならないのだ。


 教主に宛てられた手紙は、要約すると戦闘の許可を仰ぐものだった。要約しないと悪口の羅列だった。

 王国という枠組みが未だ意味をなさず、聖堂が天教による支配を布く、歴史の中の一幕だ。


 天教正義団は、自負するところ、異教徒たちを懲らしめ天教世界の繁栄に貢献してきた。敵なる異教徒たちは改宗を申し出た。教主は保護を宣言し、正義団に戦闘の停止を命じた。正義団は激怒した。

 あれは偽装改宗である。かれらは聖なる天教すら、正義執行を拒むための道具とする。かれらは禿げ犬、邪教崇拝者、生まれついての悪、ゴブリンどもである。暴力でねじふせなければ本当の天教徒になることはない。


 教主にとって悩みの種の一つだった。


「敵集団をゴブリン扱いする者にろくな者がいたためしはない」


 正義団の大部分は、戦争で負けて初めて天教世界に入っている。だから略奪や虐殺を経ずに改宗する者を認られないのか。自分が奪う側になれると思ったら、奪えなくて悔しいのか。


「天教の信仰は奪うことでなく与えることにあるというのに」


 聖堂権力には永遠の課題がある。たまたま教義に適っているだけの異端とどう付き合うか。隠遁修行者たちや〈聖女宮〉や〈山門〉は聖堂の制御の外にある。今のところ正しいことを言っていても、明日には天教に敵対するかもしれない。正義団がその一種だ。聖堂に従わず勝手に戦争や略奪を行なう。天教の理想を蔑ろにする。

 霊的権威は正しい手続きを経て確立される必要があるのだ。手続きは第一次祭祀改革期に固定された。そして、瞬く間に形骸化した。

 第一次祭祀改革以後、つまり近古代にあって神学は出世の手立てだった。神学を修めればわずかな訓練で古文書も法律も会計も扱えたから、非常に使える人材だった。人は偉くなるために神学を修めた。

 修行者たちは異を唱えた。


「聖堂は多くの人を導く役目ゆえに、浅い教えを説く。満足せぬ者たちよ。〈聖賢ウラギリス教団〉に来たれ。真に深い教えは修行林にある」


 怪しい教団が数十、数百と現れた。無学だからといって神を敬うことができないはずはない。また議論がうまいからといって敬虔とは限らない。聖なる教師たちは俗物だった。学閥ができて互いに牽制していた。教主もそれは認める。

 修行者たちは布教に貢献もした。正しい教えをよく実践もした。聖堂権力よりも正しい実践とすらいえる。天教の教義はもともと反権力的な性格を持っていた。聖堂と独立した諸教団は教えを実践し、布教し、武力を行使した。

 正義団が勝手に天教の名のもとになしたことを、教主は憂う。虐殺や略奪を絶えず非難してきた。人を殺して神のためのわけがあるか。布教の上でも逆効果だ。


「我ら正義団の本懐は、聖堂の肯定しえない仕事にある」

「教令を注意深く読めば、立場ゆえ止めざるをえない中で、我ら正義団を支持していることが明白に知れる」


 最悪の連中だった。征服後に統治するはずの土地に毒を撒く。天教に帰依している王や公の領域でも戦争を行なう。奴隷を酷使する。それらすべてを天教の正義執行と称した。

 軍閥の出来損ないの分際で統治機構のふりをした。かれらのいう役人など街道に出る賊と変わらない。えせ役人にとって法制度は、民を脅して金銭を奪い子分にする口実だ。


「お前の罪の有無など知ったことか。俺と友達になるか、死刑か。どちらがいいんだ」


 戦いが厳しくなると士気は上がらなくなった。戦地は故郷から遠く、山がちで、見えるところに敵がいない。士気が落ちるから勝てない。王侯貴族や豪商たちも投資をしぶる。戦争は金も人も消耗する。支援なしでは存続できない。

 将たちはより強そうな大義名分をぶち上げる。敵の脅威を誇張して戦意を煽り資金を募る。異教徒への態度はさらに苛烈になる。


 あるとき、正義団に狙われた異教の諸邦は改宗を申し出た。すぐれた王が盟主として異教の崇拝をやめさせた。王の人徳ゆえか、異教の放棄にあたって反乱なども起きなかった。


「因習や部族抗争をやめるため、天教を受け入れます」


 すると正義団は吠えた。


「騙されるな。我ら正義団の大義を傷つけて孤立させ撃破するための偽装だ」


 その言い分にも正しいところはある。正しかったとして、聖堂には改宗を拒む理由とならなかった。むしろ受け入れる理由となる。正義団が滅ぶのは望むところだ。

 教主は王の英断を熱烈に讃えた。本心である。最良の展開だった。天教を攻撃的な教えとして拒むのでなく、自発的に改宗してくれた。神は世界を見捨てていないと実感した。聖堂でも正義団でもなく異教の地の王が証明してくれた。


 いっぽう正義団は人間の醜さを証明した。改宗諸邦からの使者を殺害したうえ死体を損壊して晒したのだ。

 教主は激怒した。ただちに下手人を引き渡すよう命じた。すると行方不明などと抜かすではないか。

 教主は書記官に言った。


「逃亡は規律違反でした。裁判を経ずに死刑とする規定をかれらは定めていました。見つけ次第殺害して構わないと。手間が省けると思ってよいのでしょうかね」


「畏れながら申し上げます。猊下。聖堂としては、いかな極悪人といえど生きて捕らえ、正当な形式のもとに裁いたうえで処罰すべきです。

 すべての人はかれを見放す。かれを非難し死を願う」


「ゆえなればこそ神はかれを見放さず。

 その通りですね。失言でした」


 書記官が聖句を唱え、教主が受けた。聖堂は絶対に形式を遵守しなければならない。

 独占した正当な手続きは財源であり、制約である。天教の権力という矛盾の根本であり、政争の場における最後の良心である。


 黙って見ていたわけではない。多くの教主たちが正義団の解体や是正を目指してきた。

 そして、解散、刑罰、補償の話を教主が出せば必ず妨害が入った。聖堂の意思決定の過程には多くの利権が絡んだ。各方面に妥協し、中途半端な措置に落ち着くのが常だった。ふつうに考えて正しい決定をふつうに下すことができなくなっていた。歴代の教主たちは、在任期間だけ無事でいてくれと願うばかりだった。

 強権を発動して手続きを省略することはできないのか。武力で黙らせることはできないのか。できないのだ。


「他ならぬ正義団の蛮行こそ、形式を抜きに正義を実現しようとした結果でした」


 手っ取り早い正義執行とやらの成れの果てが目の前にあったからだ。



 事態は動く。

 異教徒たちは改宗に至るまでに、正義団なる蛮族の集まりに追われて、山間地に移り住んでいた。歴史的偶然か、移住した異教徒にも先住民にも獣人が多かった。

 フートという王が立った。王は言った。


「あれらに死の報いがあるのは最低限の話である。お前たちは、けちな小悪党を数人殺して満足し、帰って部族抗争の続きをしようというのではあるまいな。

 聞け。同胞たちよ。耳を備えた者たち、尾を垂らす者たちよ。そして心の同胞たちよ。毛深い同胞たちと情け深い同胞たちとの前で、我が言葉を述べる。追われ集った者たちすべてに語る。〈正しい教え〉への改宗に、いっさい誤りはない。

 お前たちは、きっと天教の悪を多く挙げることができよう。お前たちのうちに奴隷労働の苦しみを知る者は多かろう」


「話が長いぞ!」

「何が言いたいんだ!」


 ヤジが飛ぶ。正義団が非天教徒を殺したい以上に、改宗者らは正義団を殺したがっていた。

 人々が気にするのは天教や聖堂の歴史ではない。


「どう落とし前をつけるんだ」


 王を信じて従った。その結果、使者が殺された。フートを王として戴いたままでよいのか。侮辱に対して死で報いなくてよいのか。正当性に疑いが出る。

 王の交代は、内紛を伴うので望ましくない。安定を保ったうえでそれぞれ自部族に利益を図るのが目的である。獣人社会の常として部族内の結束と部族間の対立は強かった。各地から多部族が集まって仲間割れをせずにいるのは尋常な事態ではない。「安定を保ったうえで自部族に利益を図る策」を各部族が取って安定が失われた前例も多い。

 フート王は傍らの者に合図を出してから答えた。


「これが落とし前だ」


 従者たちが何か布に覆われたものを運んでくる。王が布を割き、中身が明らかになった。そこに、犠牲獣がいた。


「使者を殺害し、死体を損壊した実行犯、二名である」


 実行犯たちは拘束されて冷水の中に座っていた。簡素なつくりの装束を身につけていた。犠牲のために清められているのだ。

 一方が口を開く。かすれた声を出す。


「我々には、正当な裁きを受ける権利が」


「この者たちを! 生贄に捧げ! もってシアマブチを開始する!」


 フート王は高らかに宣言した。一瞬を置いて、歓声が沸き上がる。

 シアマブチとは儀礼的戦闘行為である。降伏しない者への略奪を伴う。


「自称正義団の規律に従えば、逃亡者を殺害することが認められる。天教は正義執行を認めている!」


 略奪は認めていない。目の前の二名を殺害するところまでは、天教の慣習上たしかに合法たりえる。それと略奪を伴う戦闘行為は別の話である。

 王を前にした人々にとっては地続きの話だった。生贄を捧げてよいということは、シアマブチを行なってよいということだ。代々受け続けた多くの苦しみが、いま報われるのだ。フート王を讃える声が上がる。諸部族の王、我々の王、勝利あれ、と歓呼する。

 王は続ける。


「人は天教の神がいかなる神かを忘れた。

 人を奴隷として虐げないための決めごとを、狂信者は奴隷を所有するために使った」


 都市には市民権がある。市民権を持たず縁故もない人々は、暮らしていること自体が不法となる。いるだけで不法な者は使い勝手がよかった。いくらでも過酷で危険な作業に駆り立てることができたからだ。

 都市の参議や聖堂は法で対処した。市民権のない人間について規定を設け、使役に限界を定めた。その法律は後世で〈奴隷の合法化〉として知られる。


「獣人の同胞たちがよく霊泉の恩恵にあずかるための制限を、狂信者は獣人を追い出すために使った。

 法律を盾に霊泉から締め出され、穢れた民と呼ばれた」


 公衆浴場で獣人の入浴に制限を設けることは多かった。衛生上の都合である。全面的な禁止ではないし、建前だけの法として無視されることも多かった。

 政治や経済の上での対立をきっかけに獣人を排斥するとき、便利に使われた。


「かれらは法律や形式を都合のよいときだけ思い出す。もはや聖堂に天教の理想はない。正当な手続きとやらは理想の公正からはるかに遠ざかってしまった。

 今や本来の理想は我らのもとにある。獣人のあらゆる部族も獣人でない者も共に戦う、この場所にあるのだ。〈正しい教え〉の神は、人を苦役から解く神だからだ。人から搾取する人を打ち砕く神だからだ。陰惨な部族抗争を止める神だからだ」


 その通りだ。人々はもう王の正当性を疑わなかった。


「我らは戦う。十万人のカルカデリヤが満腹で毛布の下に横たわるため」


 伝説にいわく、犬の人カルカデリヤは食糧庫の壁に寄りかかって餓死した。自分の番を待つうちに、命を繋ぐこともできなくなった。それは、自部族の中でだけ助け合って、よそ者に分け与えてやらなかった獣人たちの罪でもある。


「我らは戦う。二百万のクレブル兄妹が暖炉にあたって昔語りを聞くために」


 伝説にいわく、狐の人クレブル兄妹は厳寒の中で互いを温め合い、そして凍死した。狐獣人は部族抗争の中で特に悪行を重ねたものと信じられている。だからといって、凍える幼い二人を放っておく理由にはならなかったはずだ。


「我らは戦う。三百の氏族が殺し合った野蛮な時代を、遠い昔の物語にするために」


 因習や部族抗争をやめるため天教を受け入れる。獣人を主とする異教徒たちの本音だった。部族抗争にかまけているうちに、天教を名乗る蛮族に抵抗することができなくなった。天教のもとでなら部族の対立を止めることができる。天教のもとでなら同じルール下で侵略者に対抗できる。


「我らの手で自称正義団を壊滅させ、天教の理想を示す。これより後に戦争はない。これより後に部族の対立はない。

 これが最後の戦いである」


 改宗者たちは進軍を開始した。




 天教世界の王侯貴族は改宗者の進軍と略奪を、特に天教敵対行為とも思わなかった。教主や改宗者の方が深刻に捉えすぎたともいえる。天教世界の一般的な有力者にとって、自分に都合がいいときだけ形式を持ち出すのは何もおかしくない。


「フートにしてみると、報復は当然だろうな」


 いちいち聖堂に許可を仰がず、自分で判断して殺すなり生かすなりすればよい。領邦や都市を治めるとはそういうことだ。

 それはいいとして領邦内で暴れる者には武力を向けた。改宗者にも向けたし、正義団にも向けた。正義団も領邦内で暴れるので罰した。

 正義団の構成員は貴族の権威に弱かった。相手が立派な旗を上げれば弱気になった。将たちはより強そうな大義名分をぶち上げる。


「どうした。我ら正義団は、お前たちは神のために戦うのではないのか。団長様は神様だぞ!」


 これは強すぎた。

 聖堂が飛びつき、速やかに異端認定をくだした。


「団長は神様ではございません」


 聖堂の上層も次々に便乗した。


「占領地で邪教を流布したと噂に聞いておりました。精査する必要がありますな」

「略奪など非天教的だと前から思っておりました」

「何でも布施を集めて奴隷を取引していたとか」


 王侯貴族とも利害が一致した。正義団をうまい潰し方で潰して土地や徴税権を得ようとした。

 そして、正義団は崩壊した。


 正義団が崩壊し、一方の改宗者たちも目標を失い分裂した。戦闘意欲が行き場をなくし、部族対立が再燃しかけた。


「天教化の前に決着をつけよう。ウルフ系犬獣人の傭兵団をなんとかする必要がある」

「長毛猫獣人や狐獣人の商人に奴隷貿易の責任を追及しておかねば、うやむやにされかねない」

「俺あいつら嫌い」


 どこかの貴族の領土で勝手に紛争を始めようとしていた。

 揉めた末、聖堂が介入して部族ごとに自治を促した。せっかくの部族を超えた連合が崩れたのは惜しまれる。のちに再統合を目指すこととなろう。聖堂にとって最善とは言えずとも悪くない決着だった。


 王国という枠組みが未だ意味をなさず、聖堂が天教による支配を布く、歴史の中の一幕だ。

 天教による支配とは、神の力の現れが地上世界のもめ事のレベルに落ちぶれることでもあった。



 ゴブリンという魔物がいる。ゴブリンは人間の道具を扱うのに長け、特に人間を害するのに使うのが得意である。何が害になるか分かったうえで進んで行なうらしい。人が踏み行なうべき、善悪をわきまえて善を目指すという倫理を、半分だけ備えた魔物といわれる。五分の倫理を持つものということになる。

 伝説によると、ゴブリンと少し似た魔物にコボルトがいる。ゴブリンほど悪辣ではなく、人間に協力してくれることもあるという。

 これには合理的な解釈がある。蛮族をゴブリンになぞらえたとして、コボルトは奴隷の寓意である。よその人々を貶めるのはよくあることだった。



 理屈の通る解釈はもう一つある。本当に、ゴブリンという嫌な魔物と似た、コボルトというあまり嫌でない魔物がいるのだとする。


「こんなところにコボルトの集落か」


 亜竜人ヴィクロム・インヴィットはゴブリンから逃げていた。

 ゴブリンの群を駆除しようとして一部だけ生き残るという状況は避けるべきとされる。ゴブリンは殺害者を執拗に追い詰めて殺しにくるからだ。ヴィクロムはまさにその状況にあった。


 ほどよい光が広間を照らす。ここは迷宮である。無形魔王城の第三階層だ。

 行く先にコボルトの集落があるのが分かった。集落境界の目印がいくつかあったのだ。


「俺がこの集落を横切れば、無事に抜け出せるというわけだ。追ってきたゴブリンはコボルトと戦って、時間を食うからな」


 ゴブリンがコボルトと戦う隙に、遠くまで逃げることができよう。つぶやきながら亜竜人は集落の手前にとどまった。

 手持ちの槍で地面を引っかいて、まっすぐに線を画き、コボルトたちと自身を隔てた。

 コボルトの集落に背を向けた。逃げず、これから来るゴブリンを迎え撃つ構えになる。


「この亜竜人ヴィクロム・インヴィットは、拠って立つところの竜にかけて、ゴブリンの脅威去らぬうち、この線をまたぐことがない」


 竜のイメージを引き起こして魔法を使うのが亜竜人だ。だから誓いを立てるなら竜にかけて誓う。

 竜とはたとえば、水脈である。

 竜とはたとえば、山脈である。

 竜とはたとえば、血脈である。

 とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。


 定型文を発してから、笑みがこぼれた。


「そういえば拠って立つ竜とは魔王譚文脈か。おあつらえ向きだ。ゴブリンごときに逃げ惑っていて、どんな顔で強大な魔王に会いに行くっていうんだ」

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