ゴブリンの第三階層
「歓楽街とか史跡なんかに魔王像って置いてあるじゃん。なんか、嫌だなって思えてきた」
当世の街にも魔王像と思しきよく分からない神像がある。人によく触れられる部分が曇らず光りがちである。
歓楽街なら腰の周りが光る。これからかわいい子との時間を買おうという人々が撫でていくのだ。
いくらかまじめな信仰では、適当な女神像の下腹に心臓形をなぞると子宝に恵まれるといわれる。それゆえ古い宮殿などにある魔王像の下腹部には光るハート形がある。
また角がある造形ならたいてい光っている。それぞれ尤もらしい謂れがいくつか伝わり、どれも後付けである。おそらく子供が握ってよじ登るのに手頃で楽しいからというのが真相だ。
「ふ。文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィット君にも、かわいいところがあるんだね」
「は? ないが?」
探索者ヴィクロムは迷宮内で怪我をして入院し、鉱脈の亜竜人ガノッススが見舞いに来ていた。リンゴを切って差し出す。
「食うがいい」
怪我人は皿を見て、相手の顔を見て、皿を見た。そして言った。
「かわいいところあるのはお前の方だろ! リンゴをこんな、うさちゃんにしやがって」
リンゴを切り、皮を一部残すことでうさぎを模している。広く行なわれる包丁芸だ。
「早く食わねば夏毛の色になるよ。昔話に言うだろう」
空気に触れて茶色を帯びるのをうさぎになぞらえてガノッススが言った。うさぎは夏と冬とで毛の色を大きく変える。夏には地面の色、冬には雪の色の毛をまとう。
いくつかの昔話が起源を語る。
「いや。うさぎの換毛の起源譚は今いいから」
ヴィクロムはリンゴを手にとって口に入れた。
「おいしい。ありがとう」
「礼ならミランディに言いなよ。本来リンゴには早い季節に、うまいものを作ったものだ」
「もらいっぱなしだな。入院費も出してくれたからなあ」
「猫の人ミランディから恩を受けたら返すことはできないため、せめて善行を積んで生きていくがいい」
親しい探索者たちの間では知られた話である。猫の人ミランディは気前がいい。
探索者は惜しみなく施すのを強者の証とする。だからこそ気軽に人に物を贈ることはできず、何かと理由をつけることになる。前に会ったとき世話になったから、ありすぎて困るから、誰某という聖者の日だから、と理由をつける。
猫の人ミランディは例外である。理由も切欠もなく物をくれる。しかもそれで受け取る側に気後れやプレッシャーを感じさせない。機会を作って恩に報いようとしたらかえって大きな借りを作ってしまったことに後で気づいた、などという恐ろしい話もある。
「世が世なら獣人反乱を企てたとかいった言い掛かりで罪に問われていそう」
「ヴィク君は聞いたか。まず隣町に猫の神がいる」
「何の話だ。どこにでもいるよな」
猫の神は珍しくもない。言い伝えによると、猫たちはヘビ毒を癒す草を知っていて、困った人に教えてくれる。薬草まじない師が猫を連れるのは、このためである。
また、こういう話もある。昔むかし、人は畑作を知らなかった。猫は食べられる草を選り分けて人に教えた。人はそれを食べ、植えて増やした。畑作の起こりである。嘘だと思うなら、猫に対して実った穂を揺らすがいい。猫がじゃれつくのは真実の証なのだ。
たわいない昔話だ。猫がとっておいた種を人が盗んでひどい目に遭う変種もある。この起源譚には合理的解釈が可能である。穀物庫は鼠たちにとって、風雨をしのいで穀物を食うことができる最高のねぐらだった。猫たちにとっては、風雨をしのいで鼠を食うことができる最高のねぐらだった。人間にとって、鼠を食ってくれるとは豊穣の守り手と呼ぶにふさわしい。たくさんの穀物を蓄えておけるのは猫の神様のおかげだ、という話になる。
「猫の神ぐらい珍しくもない。隣町のそれがどうしたんだ」
「いまどき珍しいほど手厚く奉納や祈願を集めている」
「いろいろな神の中で猫の神だけ?」
当世にあって熱心に神を祀ることは珍しい。大きな祭日か、家族が死にそうなときか、大きな事業を始めるときぐらいである。
「噂によると、見ず知らずの人に理由もなく食物や財物をくれる猫の人がいるらしい。善良な妖怪や無名の聖人といった扱いで敬意を集める。返礼をしようにもあてがないため、猫の神を手厚く祀っているのだそうだ」
知らない猫の人に物をもらったから猫の神を祀るというのは自然な発想だ。どこの誰だか分からない親切な人と神とは大きく違わない。
神様に感謝し、神様がその相手に恩恵を与えるよう願うことになる。
「あの人じゃん。妖怪化してるんだ。なんか、贈りたいから贈るっていうのでもないよな。聖なる義務と思っていそうだ。初期の天教徒に近いと言っては失礼か。本人の信仰は天教でなくて主神教だしな」
中古代前半、つまり帝国崩壊期には土豪が小作農を集め、荘園が乱立していた。その時代にあって定住しない無法者がいた。天教を広めた人々である。
天教の最初の信徒たちは布施の美徳をよく実践した。もともと賊には強者の証としての施しの文化があり、より多く与える者が偉いとされた。それが天教下で、聖なる行ないという意味を帯びた。見返りのためでなく、尊敬されるためでなく、聖なる行ないだから与える。
開祖の伝記では、盗賊を教化して蛮行をやめさせたと伝えられる。業績を盛りぎみに伝えられる。改宗後の善行を誇張し、改宗前の悪行も誇張する。無法者といっても当時の賊と行商とに明確な区別はない。
「ああ。もう時間がない」
「時間? 見舞いについての癒院の規則か。俺もさっさと治して退院するよ」
「こちらは無形魔王城の階層を隈なく調べている。第一階層は半分ぐらいさらった。見つかった品々をやるよ。見舞い品だ。迷宮は第三からがしんどいというだろう。気を付けるんだな」
「あ。うん」
ガノッススはあわただしく見舞い品を置いた。
「時間がないからな」
怪我人ヴィクロムは不審に思いながら、品物の中身をあらためようとした。
そして、目が覚めた。
「うわっ最悪」
松明や苔の光が洞窟を照らす。ここは迷宮である。遠くで嫌な音がする。人ならざる者の笑い声が聞こえる。
「なんかうさぎや猫が出る夢だったな。それが目を覚ましたらゴブリンの階層か。あんまりな仕打ちだ」
ヴィクロム・インヴィットは一人で迷宮にいた。無形魔王城の第三階層である。薄暗い洞窟で、いかにも迷宮らしい。ゴブリンなどという典型的な魔物も出てくる。
ゴブリンは人間の道具を扱うのに長け、特に人間を害するのに使うのが得意である。何が害になるか分かったうえで進んで行なうらしい。人が踏み行なうべき、善悪をわきまえて善を目指すという倫理を、半分だけ備えた魔物といわれる。
迷宮の浅い層や地上に現れた場合、十分な準備の上で徹底的に駆除する必要がある。迷宮の深い層に少人数で入ってゴブリンの群に出くわした場合は、無視するのが一番よい。
向こうから危害を加えてくることはほぼない。ゴブリンたちは人間を見るとまず挑発する。目の前で笑いながら踊ってみせたり、歩き方喋り方のクセを真似たりする。応じて人間が攻撃すると、複数個体で反撃する。
無視していればよいので、ゴブリンがもっぱら出る階層は一般に困難ではない。
「帰りたい」
とにかく嫌な階層といえる。




