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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
願われた神々の裁定
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プロローグ:魔王ハシュペフチャ

 誰もが報われる世界がほしい。若き王はそう思った。

 天に仇なし民を苦しめた、悪しき僭主のお話だ。


 幼い日のハシュペフチャ王は摂政に懐いた。物心ついたころには親族は皆死んでおり、摂政が親代わりだった。

 大柄な武将で、宮廷人には恐れられていた。周囲の皆は摂政について語ることも嫌った。幼王にはどこが怖いのだろうと思われた。


 八歳になったとき、王の(ツノ)に彫刻を入れ始める儀式では、最初に刃を入れる親代わりの役を摂政が務めた。

 ハシュペフチャの大きな角は王権の証だ。角に彫刻を入れるのは古代帝国の崩壊期から始まった習慣だそうで、〈正しい教え〉にない野蛮な習慣とされながらも続いていた。

 彫刻のデザイン案について王と摂政は話し合った。十二歳で彫刻が完成したとき、摂政は詩を贈ってくれた。角の装飾は一生涯どころか死んでも残るから、永い思い出となることだろう。


 ハシュペフチャが真実を知ったのは、摂政が死んで、まだ涙の痕も消えないころのことだった。

 ずっと不思議に思っていた。この人はどこの誰なのか。どうやら近い親戚ではなさそうで、出自もよく知らなかった。宮廷で誰もがこの人を異様に恐れるのはなぜなのか。ハシュペフチャは怖いところを見たことがなかった。みんなは残忍な武将を嫌うのとも少し違った恐れ方をしていた。その真実をハシュペフチャは知らされた。


 摂政は、ハシュペフチャの親族を皆殺しにした張本人だった。


 王は激しく憎悪した。摂政をではない。摂政のことは憎もうとしても憎めなかった。王は世界の理不尽を憎悪した。


 傑出した個人の活躍が戦場に見出されていた、歴史の中の一幕だ。

 いくつもの王朝が現れては消えた。権力を確立した者が最初に行なうのが粛清だった。王者が権力を確立するのが遅れれば反乱が起こった。粛清を恐れる諸侯が反乱を起こす。反乱を恐れる王が粛清を行なう。殺さなければ殺される。

 粛清を逃れる媚の売り方と反乱を防ぐ恩の売り方とがあった。それは代を重ねて複雑になることはあっても単純にはならなかった。これだけ貢物をすれば殺されないだろうという水準は、上がる一方だった。


「こんな世の中は間違っている」


 王は断じた。〈正しい教え〉は野蛮で面倒な風習を撤廃するよう説く。幼き王はそれを頼ろうとした。

 聖堂とその教主は政治勢力として、ハシュペフチャのいる北方のほぼ全体と対立していた。北方の覇者には教主と敵対することが求められた。

 北方で王に従いたくない実力者は教主の権威を頼った。王を認めないわけではない、教主様が仰るから、などと言い訳を立てた。

 また教主に従いたくない実力者が王の権威を頼ることもあった。教主を認めないわけではない、王様が仰るから、などと言い訳を立てた。

 〈正しい教え〉は野蛮で面倒な風習の枠組みの中にあった。


 幼き王は聖堂勢力との和解を試みた。それは周囲の人間の望むところではなかった。後ろ盾のない王は簡単に王位を追われた。亡命し、南海地域を転々として少年期を過ごした。

 こんな世の中は間違っていると王は断じた。すべてが間違った国に将来の王としてかれは生まれた。ならば、いかなる苦難を受けても当然の報いと思える。かれは挫けることがなかった。

 聖堂勢力は東都を中心に、南海地域に影響を持っていた。かれはここで期待を裏切られる。聖なる教師たちは俗物だった。


「素晴らしい。報酬はどのようになりますかな」


 殺し合いの代わりに聖堂が提供する争いの解決手段とは、聖堂に金を払い権限を渡すことだった。学閥ができて互いに牽制していた。見限った。王は聖堂など頼ることをあきらめた。教主の側も王位の正当性を認めないことにした。僭主と呼ばれるゆえんである。


 では、どうするのか。

 誰もが報われる世界がほしい。若き王はそう思った。意味の分からない理由で殺し合うことなどない世界がほしい。

 宮廷政治での踊りぶりでなく、実力と実績を備えた者が報われるべきだ。堕落した宗教への布施でなく、法や教育制度の整備が天下を平和にする。


 実現できると示す必要があった。手本が必要だった。実在の王たちは手本にならない。聖者伝を見習おうにも、聖堂は頼りにできない。

 そのとき王は、彼女と出会った。


「ありがたく思え。君は優秀な助言者を獲得したぞ」


 僭主の配下に、出自の知れないまじない使いの女がいた、と記録されている。

 種々の歴史物語は想像を膨らませた。傀儡王権や、ロマンスや、真の出自や、未知の魔法を、こと寄せた。


 不思議な先生は、古代から生き続けているのだという。伝説に聞くマリニア王にも魔法を教えたという。

 皇帝たちのことを語ってくれた。彼女の言うことを信じるなら、普遍帝国を勃興から終焉まで見ていたらしい。

 ハシュペフチャの生きた当時、かつての普遍帝国の文化は讃えられる一方、皇帝のことは残虐癖のある邪悪な支配者とひとくくりにされがちだった。


 英明帝たちの話を聞いた。帝国が版図を拡大した時期、従来の習慣が征服地に適しないことも増えていた。英明帝たちは伝統的な国家祭祀を縮小し、平和を実現した。従来の厳格で複雑な儀式を必須とせず、代わりに簡単な皇帝崇拝を行なわせた。北方や東方の習慣には王への跪拝礼が見られたものだった。

 公正な法律を守らせ、首尾一貫した適切な賞罰を与えた。

 ハシュペフチャが理想像とするにふさわしかった。


 問題があった。帝国拡大期の皇帝というのは地元でじつに評判が悪いのだ。北方で信じられるところ、牧と戦の女神を捨て北方との約束を裏切った不実な野郎とされる。

 昔、すごい王様がいた。北方の広大な土地と、山の南までを治めていた。南のちょっとした街の領主が、王様に農作物や建材を捧げた。王様は、大したことのない街がよく捧げるので感心した。そこで山の南の土地と力強い民とを貸し与え、富や名誉を増すよう助けた。やがて王様が死ぬと南の街は恩を忘れ攻撃をしかけ、北方に追いやってしまった。この南の街がのちの普遍帝国であるという。このように伝えられる。

 すごい王様とは魔王、マリニアの女王なのだとも言う。マリニアの女王と拡大期の皇帝というだいぶ時代がずれる二者が結びつくのは、この手の昔話にありがちなことだった。


 正しく報いる人物だっただろう皇帝は、北方で約束を裏切る人物とされている。不自由や不合理な争いを減らすことを趣旨とする天教は、今やそれを生みだしてもいる。ハシュペフチャは、理想像というのは実態と必ずしも一致しないことを知った。

 ならば、魔王を掲げてもよいのではないのか。


 地元では雑多な神格の一つだった。先生が言うには姉弟子にあたるらしい。調べた範囲で、ハシュペフチャが手本とするにふさわしい事績も見出された。

 かれは魔王を自称した。

 伝説を集め、解きほぐし、実態を明らかにした。ハシュペフチャが南方にいた時期から、北方で王位に戻って死ぬまで探求を続けた。かれにとって必須の事業だった。研究成果は後世にも残っている。後世の魔王のイメージはハシュペフチャに始まるとすら言える。


 その内容は当時の水準および動機のわりにかなり正確だった。誤った推論も指摘され、その誤りの一つは後世でよく知られる。魔王がその角を切り落とされたという事実をハシュペフチャは否定したのだ。

 当時の民間信仰で、帝国が貶めたがってでっち上げたと信じられていた。超すごい王が角をなくしたわけはないとされた。ハシュペフチャも信じなかった。読んでいたマリニア側の記録を無視してでも否定した。王権の証を捨てて、生き続け敬愛を受け続けるというのは考えられない。


「それができるなら、どんなに楽か」


 若き王にとって角という身体部位は、自身と不可分だった。王権と不可分だった。そして刻み込まれた過去と不可分だった。一生涯どころか死んでもそれは残る。



 ハシュペフチャは成長し、聖堂の承認を得ないまま、王位に復帰した。北方の人々は王と認めた。

 南方を転々とする間、ハシュペフチャは実績を上げていた。多くの対立を調整し、いくつもの領を豊かにしていた。

 自分は〈正しい教え〉に忠実であると宣言したうえで聖堂と敵対していた。これも北方では好印象だった。金銭欲にまみれた僧たちは嫌われ、信仰心は素朴に尊ばれていた。


 あの人は統一を実現できる。そう思わせるだけの実績があった。あの人は心から平和を望んでいる。そう言われて信じない者があろうか。少年は凄惨な粛清を生き残った。後ろ盾をなくし亡命したのち返り咲いた。

 人々は願った。


「どうか報われてほしい」


 王は人々に恩恵を施さなければならない。王のもとでよく励めば報われると信じてもらわなければならない。ハシュペフチャには王の資格ありと、まずは認められた。


 かつて報いというものを〈正しい教え〉こと天教が保証しようとしたこともあった。天教の枠組みで行なう必要を王は感じなかった。民が天教と思っているものの大半は、教義と関係のないまじないだ。王が実績と信頼を重ねて正しく統治すれば天教に頼る必要はない。

 じつのところそれは天教の教義に照らし合わせて正統な考え方ですらあった。


 法律を作り、学校を作った。出自に関係なく実力を備えた人物を登用した。出自を重視するから一族郎党皆殺しなどするはめになるのだというのが、王の考えだった。最初はうまくいっていた。


 王にはおそらく、家族愛や郷土愛を過小評価する傾向があった。血縁や地縁というものに対して冷淡だった。これが命取りだったのかもしれない。

 王の配下たちは、縁故や血統で利益を得ている者を蔑んだ。配下たちは実力を示し競い合って選り抜かれていた。

 恨みを買った。産まれた時から約束された当然の利益を奪われた者たちの恨みだ。怪しい出自の調子に乗った連中が奪っていった。この子にいい役職を用意してやりたい、育ててくれた人に職権で便宜を図りたい、という当たり前の感情を踏みにじられたのだ。

 ハシュペフチャにとって話にならない連中だった。そんなものは腐敗であって、当たり前であっていいはずはない。


 ところで反乱の旗印におあつらえ向きの人物がいた。


「父上は、僕のことを愛してくれないじゃないか」


 ハシュペフチャの実子たちである。王は実子たちにも大した優遇措置を与えはしなかった。実力を身につける環境は用意してやっても、実力なしで得られる地位などない。

 不遇の貴種たちが反乱をそそのかした。王が評価する実力には劣っても、王子に近づき信用を得る縁故はあった。実子を名目上の首謀者に据え、打倒ハシュペフチャを掲げた。


 ハシュペフチャは反乱を鎮圧した。実子の訴えをどう受け止めたのかは記録にない。

 傷は大きかった。人々は王の策を不安がり始めた。昔から活躍してきた家系を見捨てるなんてひどい、王には平凡な人間の心が分かっていない、と難じる声が上がった。


 ハシュペフチャの実績や声望が人々を繋ぎとめた。あれだけ苦労した王様なのだから報われてほしい。王に凡人の心が分からないからといって生活が破綻するわけでもない。他の貴族よりずっと頼れる人物だった。無意味な殺し合いはめっきり減って、物もよく手に入るようになっていた。

 不安が広がる中でやがて人々は、〈正しい教え〉に頼ることができないことに気づいていった。一人一人が説教師に悩みを聞いてはもらえても、一つの町といったレベルで何かを主導する権力は天教から失われていた。それは王の手先の連中にある。

 民が正しい法律のありがたさを認めないので、役人は民を見下した。役人がいばるので、民はよく分からない法律への警戒を強めた。凡人を見下すあの連中は、民のために何かをしてくれると思えない。王様の法律は、役人が民草を脅しつけ鞭打つための口実にしか見えなかった。法律を振りかざす役人よりも、昔から縁のある名家の方が頼もしい。


 ハシュペフチャからすると特にきっかけがあったことではなかった。気づいたら実子たちが自分を憎み、互いに憎み合っていた。国は割れ、殺し合った。聖堂勢力は再び介入を強めた。目の前ですべてが壊れていった。作り上げた命令系統も制度体系も壊れた。こんなはずではなかった。

 いいや。こんなはず、だったのか。民をしいたげた暴君には当然の報いか。


「愚民どもは作り物の神を、幾千幾万の命よりも惜しんだ。有形の滑稽な偶像と無形の退屈な儀式とを、終わらせてやるつもりだったがな」


 天に仇なし民を苦しめた、悪しき僭主のお話だ。



 かれは魔王の伝説を集め、解きほぐし、実態を明らかにした。

 東の伝承、西の伝承、寺院の伝承、村落の伝承を整理した。整理したというより、僭主が掲げた魔王を諸伝に新しく付け加え、後世のイメージに多大な影響を与えた。毅然とした傑物とも悲劇の憐れみ深い王とも異なる姿を見出した。誰よりも強く自信に満ちて、誰よりも優しく献身的なのに加えて、かれの理想の魔王は、誰よりも自由だった。古代の少女王には生きているあいだ表出が許されなかった性質だ。

 魔王の師より教えを受け、伝説を語りなおした者よ。よくぞ見出してくれた。魔王ハシュペフチャの上に祝福あれ。お前の姉弟子は、わたしは、お前を愛しているよ。

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