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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
論じられた神々の威信
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祭祀者ウァコルの論

「魔王がグッと睨むと城が落ちた。魔王が指さすと山に穴があいた。この手の話は九割、いや八割が後世の創作です」


 雲間の太陽が街道を照らす。ここは迷宮である。青天井の第二階層だ。

 トンネルの延長方向に街道が伸びていた。


「このまままっすぐ進んでください」


 学士ウァコルが指示を出した。

 帆船は陸上を進む。階層主の意図する場所へ向かう。


「目的地に着くまでに、マリニア王メオラのまとう神話をはぎ取ってみましょうか」


「魔王様の話ね。急だな。得意の儀礼論はどうした」


 亜竜人ヴィクロムが茶化した。

 階層主ウァコルは攻略者たちを連れて各地を模した階層節をめぐり、儀礼論を語っていた。


「そう言うのなら問います。儀礼の機能とは何か。答えなさい」


 猫の人ミランディが堂々と答えた。


「権力や武力があろうと従わざるを得ない形式を用意することにゃ。形式魔術学派の標語を借りれば、大いなる力には大いなる手続きが伴うにゃ」


「違います」


「違うのにゃ!?」


 猫の人ミランディは大半の話を聞き流していた。


「お前の論の不備にゃ! 階層内の諸世界で、たしかにこの力を発揮していたにゃ」


 居直って相手を非難する。

 古き良き冒険者の基本スキルだ。自分の非を反省する前に威圧することができねば、ときには命にかかわる。

 実際に階層内では、神や式次第が政治上の建前として使われた。理がないではない。


「お前が答えなさい、ヴィクロム・インヴィット」


「え。ぎ、逆に、大いなる手続きに大いなる力が伴う」


 亜竜人ヴィクロムも話を聞き流していた。

 苦し紛れの答えである。ナンセンスな言葉遊びだ。


「正解です」


「やるにゃ」


 偶然にも正解だった。


「正解だぁ? お前は知識の開示しか会話の手札がないのか、クイズ野郎」


 勝手に仕切って裁く者に反発する。基本スキルだ。あいまいに受け入れると、子分になったと見なされかねない。


「儀礼論は求められていないようなので我が王の話に参ります」


 学士ウァコルは解説を省略した。

 学士の論にいう儀礼の機能とは、個人や小集団の利害関心を超えた大集団の利害関心を作り出すことにあった。

 改めて説明するのを嫌い、魔王について語り始めた。


「帝国滅亡を願ったとされます。誤りですね」


「そこから嘘なんだ。たしかに当時の西都に皇帝は存在しないしな」


 後世のイメージでは魔王は帝国の最大の敵の一人とされる。通俗的な物語では数百年後または架空の皇帝がライバルとして描かれることすらある。


「帝国の前身である南方の部族連合と、中北部の我らマリニアの連合がありました。日和見する部族もたくさんあって、それが当時南の連合に流れつつあったのです」


「先代の盟主をなくした中北部は部族間で憎み合ったわけにゃ」


「憎み合ってはいませんね。無関心だったのです。一族の存亡が最大の関心事でした。

 皆を養うため、周りにまで構っていられない。別の部族が苦しんで死のうが、それが自分たちの行動に起因しようが、どうでもいい」


 裏切って南方に褒賞をもらえば、部族が飢えずに済む。

 他部族のことを考える余裕がない部族は裏切る。余裕がある有力部族も、周囲は裏切るという前提で行動する。


「特に憎んだのでなく見捨てただけか。自分たちの行動に起因っていうと、たとえば裏切って敵軍を別の部族めがけて進ませたわけだ」


「たとえば別の部族の頭領を殺して首を土産にしたわけですね」


「直接攻撃じゃん」


 後世に蛮族の行ないとして記される。

 人間を殺しておいてどうでもいいで済ませるのは、当時マリニアに限らず珍しくなかった。


「王が状況を変えました。共通の利害関心を与えてくれたのです。

 部族は違えど今や広いくくりの同胞たちです。向こうでも同胞と思ってくれる、と信じることができました。もう裏切りを前提にしなくてもよくなりました」


「あ。もしかしてウァコルの儀礼論って、魔王の正当な評価が動機にあったのか?」


「そうですよ?」


 戦役の終わった後、魔王には毀誉褒貶が絶えなかった。

 祭祀者ウァコルは悪魔化も神格化も抜きに魔王を評価しようとした。儀礼が果たした役割をそのために書き留めた。


「先に言えよ! つまらない話と思って半ば聞き流しちゃっただろ」


「ヴィク君。どうやら言った通りギタギタにするべきにゃ」


「ギタギタ? どういうことだ、ヴィクよ」


 吸血者レブが尋ねた。吸血者のいない海の上で、猫の人ミランディは言っていた。つまらない儀礼論を聞かされるようなら階層主バトルでギタギタにしてやろうと。


「そうか。レブは聞いていなかったな。階層主を殴り倒すってことだよ」


「まだ早い、まだ早い。もう少しで着きますよ」


「どこにだよ。ああ、試練の間か」


 車輪が回る。階層の終点まで連れてゆく。


「話を戻すと、魔王が憎悪や復讐で部族をまとめたというのも作り話です。呆れるほど復讐意欲に乏しく、拙僧などはもっと徹底すべきだと主張していたほどです」


「意外だな。積極的に角を折りにきた者を全員殺すぐらい言ったかと思った」


 王の娘の角を折ったのは、南方連合に属した人々の多くにとっても不穏なことだった。

 角を王の証とするのは中北部に限らない。それら王権すべてを侮辱したのだ。戦いに大義名分が立つ。


「それは仰りましたし、中心人物たち十数名は御自らだいたいご殺害あそばされました」


「したんだ。ご殺害あそばされました、って初めて聞く表現だな。

 どこが復讐意欲に乏しいんだよ」


 探索者ヴィクロムの当世の価値観では十分に復讐心があると捉えられる。


「よろしいですか。角を折ってよいと表明した者が評議会の過半数を占めたのです。本来この全員と一族郎党を皆殺しにすべきです」


「理屈は分からなくもないにゃ」


「俺には分からん。二百人も三百人も継続して恨んでいられないだろ」


 ヴィクロムが言うと、ミランディは優しく言って聞かせた。


「ヴィク君。恨みは関係ないにゃ。望むと望まざるとにかかわらず、報復をしなければならなくなるのにゃ。

 じつに、公正な裁きの欠如は人々を部族の(ほだ)しと人命の軽視とに駆り立てるにゃ」


 亜竜人ヴィクロム・インヴィットは沈黙した。

 学士ウァコルが続ける。


「我が王は仰ります。第一に、実行不可能だと。

 南方の有力者どもは複雑な姻戚関係を結んでいました。それゆえ議員の過半数の一族郎党を殺すとなると、潜在的な味方までも敵に回すことになる、と言うのです」


 部族の寄り合いが戦うとき、どちらにつくか決めていない層を味方につけることや敵の分裂を誘うことは基本だ。以前から南方がマリニアに対して仕掛けていた策でもある。

 まとまった状態の大きな敵と戦えば、敗れる。


「第二に、敵が先の盟主に対し一族郎党を殺さなかったから、娘である自分が生きている。第三に、自分が寛容策をとったからお前たちは栄えているのだ、と。

 このどれも復讐を徹底しない理由になりません」


 祭祀者ウァコルは伝統を重んじた。伝統の儀礼を失ったから世が乱れ、復元すべきだと魔王存命時には信じた。


「古いやり方を踏まえたところで繁栄を取り戻すわけでもないだろうに」


「ええ。拙僧は終わってから気づきました。王が結束をもたらした理由は、行じた儀礼が伝統のものだったから、ではなかったのです」


 祭祀集団は理屈を捏ねるばかりで何も実現しなかった。

 魔王が現れる前、儀礼は廃れつつあった。祭祀者たちは、伝統の儀礼をやめたから世が乱れたと説いた。いつの時代にもある論である。

 いつの時代にも、再開してよくならない例は多い。ウァコルは再開してよくならなかった理由と、魔王のもとでよくなった理由とを追及した。


「そうか。儀礼論って負けた後で書いたんだ」


 学士ウァコルは魔王戦役後、学術都市ヨリアジスに移り住んだ。そこで書いたのが『公共の祭儀について』である。儀礼の機能を論じ、定義を試みた。


「負けた? 負けたわけではありません。王の掲げた目的はほぼ達成しています。後世の帝国が勝利を高らかに歌っただけです。

 かりに後世の帝国が魔王戦役を対外戦争でなく内戦と位置付けていたとすれば、勝った側となっていたことでしょう。逆賊を討ち融和という偉大な帝国の理念を守った偉人、だとかになります。

 数百年後の歴史的偶然によって負けたことにされたんですよ」


「つまんないときのヴィク君と同じこと言ってるにゃ」


「え?」


「続いて、魔王は残虐刑を行なったと言われますね。むしろ廃止しました。

 あと淫乱と言われますね。言う時代と我らの時代では性的な規範が大きく異なるので無意味です。

 さあ、着きましたよ」


 祭祀者ウァコルは話を急速に進め、無理やり尺に収めた。

 空中を進んだ船が止まる。


「何にゃ、ここ」


「大したもののない野原に思えるな」


 猫の人ミランディと吸血者レブが言う。

 特に何もない野原だ。

 亜竜人ヴィクロムが言う。


「あの瓦礫は何かの遺跡か?」


 猫の人ミランディが見下ろして言う。


「記念碑が見えるにゃ」


 吸血者レブが言う。


「木々は人が整えたもののようだな」


 階層主が答えた。


「瓦礫は祭儀場の跡です。記念碑は魔王戦役を記念して建てられました。木々を整えたのは、帝国崩壊後になって再び住むためです。

 どれも魔王ゆかりの謂れがあるのですよ」


「いわばここにあるすべてのものを作ったのか」


「ここにあるすべての意味を作ったのです」


 階層主ウァコルは船を飛び降りた。

 三人の攻略者も降りた。


「空へお帰りにゃ、武爪船(ブンナグルファル)


 船は空へ飛びあがって消えた。


 攻略者たちは階層主に向かって立った。


【第一階層 試練の間】


「さあ」


 階層主が声を発する。

 迷宮の声が呼応する。


【第二の番人、祭祀者ウァコルが立ち上がりました。あなたは試練を受けなければならない。】


「第二の試練を開始します」


 祭祀の言葉だ。開始宣言は開始そのものである。


「ヴィク君。槍を出すにゃ」


「分かった!」


 探索者ミランディに応じて、ヴィクロムは魔槍ぶちぬき丸を手に取った。

 初対面時に同じ槍を使い、武器を論破するという尋常ならざる技を受けたのだった。

 再び手に取ったのは、ミランディを信用すればこそのことである。


「ギタギタにしてやるにゃ。この殺拳楽器(ギタギター)で!」


 猫の人ミランディは撥弦楽器を出し、つま弾いた。


「むっ」


 祭祀者ウァコルは対応が遅れる。

 掛詞(シャレード)は、言葉の類似に基づく魔法である。論破されづらい。

 音が階層主を殴りつける。


「階層主は魔槍ぶちぬき丸を否定したにゃ。子供に真摯な祈願を勧める起源譚を、家族愛を称える起源譚で上書きするものだったにゃ。

 典礼を背景に退けて小さな共同体の愛を重んじるのは、ウァコルの儀礼論と異なる態度にゃ」


 殺拳楽器(ギタギター)を弾きながら、カバーストーリーを無効化する。

 ウァコルは再反論を試みる。


「く。拙僧もその儀礼論も家族愛を否定しはしない。その物語には時代的背景があります」


「うるせえにゃっ!」


 猫の人ミランディは高速で移動し、階層主ウァコルを蹴りつけた。


「今からあの槍のとっておきの謂れをヴィク君が示すにゃ! お前の知らない謂れをヴィク君が語るから、間違いなく反撃不能にゃ!」


 亜竜人ヴィクロム・インヴィットに話を振る。

 ヴィクロムは答えた。


「えっ!?

 階層主の知らない謂れを俺が示す! と、当然だ!」


 ミランディは文脈の亜竜人としてヴィクロムを信用し、重大な役割を任せた。

 言い換えると無茶ぶりである。


「階層主! 第一の番人を知っているか!」


「名もなき兵士ですね。もちろん知りません。拙僧は、任じた我が王を信じるのみです」


「だったら話は早い。第一の番人は、魔王の信に応えたんだ。

 第一の番人は使命を受けて果たしたという真実にかけて、名もなき兵士は槍に貫かれて倒れずにいたという真実にかけて、ありえたかもしれない戦士スティリルは堅固だったという真実にかけて」


 魔王譚文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットは槍を構えた。


「魔槍ぶちぬき丸は第二の番人、祭祀者ウァコルを貫け」


 すると、魔槍ぶちぬき丸は第二の番人、祭祀者ウァコルを貫いた。


「なるほど」


【探索者は、第二の番人、祭祀者ウァコルを破りました。】


「たしかに、反撃不能、ですね。

 王威のために第二の番人が百の言葉を紡ぐよりも、第一の番人の戦いぶりは雄弁でした」


 末端から光の粒に消えてゆく。


 かつて王たる少女は正しい儀礼を行なった。王の言動は力を持った。祭祀者にとって絶対に動かせない出発点だ。

 祭祀者にして学士ウァコルの儀礼論は、結局のところ、そのことと他の事実や習慣との帳尻合わせでできている。



 今となっては神話に近い、歴史の中の一幕だ。


 すべてが神聖になった瞬間を、学士ウァコルは忘れない。

 低い歌が歌詠者の喉を出る。儀仗兵の剣が揃う。

 厳密な形式が高速舞踊の情熱を統御する。

 軽重の金属音が、膜を打つ音が、規則正しく中空を揺らす。

 木々がざわめく。水が流れる。そして火が燃える。祭火が、燃える。


 世界で感じうるすべてのことを学士はいちどきに感じた。

 学士は生まれて初めて、正しい祭儀を目の当たりにした。



 祭祀者ウァコルは少女の神秘的な力を否定しなければならなかった。神秘は手段として扱われ得ない。


 少女は、条件が整った状況で条件を備えた人物として、正しい儀礼という現象の中心にいたに過ぎない。

 世評に反して、王は神でも魔でもない。

 ただ賢くて、ただ強くて、ただ王家に生まれた、ただぞっとするほど綺麗なだけの、ひとりの人間だ。



 儀礼論は他の著作に比べて読まれなかった。

 祭政一致の世界にあって自然ではある。その論自身の内容によれば、儀礼を暴く論とは、儀礼を破綻させかねない。

 学士も分かっていた。広く読まれないと分かった上で書いた。


 祭祀者ウァコルは無駄な行為によって、死した人間の意味を置き定めた。祭祀者ウァコルは王のことを忘れない。

 そのような行為を、弔いという。




「最後に一言ありますか、ウァコル先生」


 吸血者レブが言った。


「お。レブは今回見せ場がなかったな」


 瀕死の祭祀者ウァコルが応じて口を開いた。


「拙僧自身を生贄に捧げ、召喚の儀を行ないます」


「嘘でしょまだなんかあるの」


「召喚の儀にゃ? ここに何かを呼び出すという気配ではないにゃ」


「そうなの?」


「魔王の名において、祭祀者ウァコルは、攻略者三名を召喚いたします」


「俺たちが呼び出されるんだ。何なんだよ。何が始まるんだ」


【迷宮管理系作動中】

【召喚が成功しました】


 広大な空洞だった。


 石や苔が光を放ち、広間を幽かに照らす。

 ここは迷宮、無形魔王城である。

 一同は正面を向いた。嫌でもその姿が目に入る。


「いやいやいや嘘でしょ」


 そこに、魔王がいた。


「ようこそ。魔王城の最奥部へ」

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