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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
論じられた神々の威信
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ポテトドラゴン伝説

 旧帝国北西の山向こうにはポテトドラゴンが棲むという。

 ポテトドラゴンから採取されるという芋は、雑味がなく滋養が高いうえに育てやすいため広く普及している。

 特にすぐれたものに世界(ジャガト)芋、殺魔芋がある。



 森が広がる。森の中に街が点在し、道が繋ぐ。帝都や西方から山を隔てた西北部だ。

 ここは迷宮である。第二階層に小世界が再現された。


「いつの時代だろう」


「こうした都市や街道が存在できるのは帝国最盛期か、天教時代中期以降か、遊牧王朝時代か、近世に入ってからであろう」


「範囲が狭まってねえよ」


 吸血者レブが合流していた。

 海を渡るのを嫌い、聖なる温泉地を嫌って別行動を取ったのだ。


「ポテトドラゴンがいる辺りか。自慢すると俺はポテトドラゴンに会ったことがある」


「ポテトドラゴンなんて存在しないはずにゃ!」


「ポテトドラゴンは存在せぬぞ!?」


「ポテトドラゴンは存在しませんよ!?」


「えっ」


 探索者ヴィクロムは冒険語りの導入をはかった。三人ともがポテトドラゴンの存在を否定した。


「伝説上の存在であろう。長く生きてきて見たことがない」


「一般には過去の事実や自然現象を亜竜に擬したものと理解されますね。もちろん、だからといって存在を否定できるわけではありません」


「いるって言ってんだろ」


「非礼を詫びよう。このレブ、神聖なものを頭から否定してかかった」


 吸血者レブは前にも、猫の人ミランディとの初対面で〈生命の大祭〉を発情期呼ばわりして殴られていた。


「よその儀礼の真実を否定する非礼とはまた違うと思う。ポテトドラゴンは部外者にとっても否定しようがなく普通にいるんだって」


「すまなかった」


「信じてないなこいつ」


「しょォがないにゃア。ヴィク君がいるって言うんだから信じるにゃ。いないって言ったのは軽はずみだったにゃ」


「信じてくれてありがとう」


 相互の敬意と信頼は探索者の道義である。

 そして礼節と別の問題として確かに、猫の人ミランディは信じた。猫の人が信じたと亜竜人ヴィクロムも信じた。

 探索者は話を戻した。


「時代が分からないんだったか。時代というとなんとなく普遍帝国時代は栄華を極めた、崩壊して混沌となった、落ち着いて停滞していた、なんて一枚岩に思ってしまいがちだな」


「取り仕切るな、探索者。各時代各地にも当たり前に浮き沈みはあるわけであるな。

 ここも氏族どうしでグダグダの内輪揉めをしていたのですか、ウァコル先生?」


「ええ。ここも氏族どうしでグダグダの内輪揉めしていましたよ。たぶん他所よりも泥沼です」


 小集団は共通の利害でまとまることができる。儀礼と言うに満たない会食で一つの共同体となる。

 地縁や血縁や生業を越えて共同体を形成するには儀礼が必要だとウァコルの論は言う。

 祭祀者ウァコルはそれを経験したのだ。


 中近世の統一より前の西北部や北部は文化の程度が低いなどと揶揄されがちだった。内輪揉めも粗野さと結びつけて語られた。

 今でも芋っぽいと言って垢抜けなさを言い表す。


「マシな方の時代だと道を安全に通れます。これがマシな時代かどうかは拙僧にも分かりかねます」


「なんで分からないんだよ」


 祭祀者ウァコルは第二階層の主である。階層内のことは知っていてしかるべきだ。


「たぶん大丈夫だと思います」


「じゃあ盗賊なんかは出ないと思っていいわけにゃ」


「止まれェ! 盗賊だァ!」


 盗賊が現れた。自ら盗賊と称した。


「俺たちは名高いイミリオ氏の裔だ。去年の全国体育大会では選手村も取り仕切った」


 氏族の名告りだ。

 名前は最も短い呪文である。


「邪魔をするなら相手するにゃ!」


「その通りだ!」


 倒した。


「ウァコル先生。盗賊が言っていた全国体育大会について解説いただけますか」


 吸血者レブが解説を求める。


「上古代の東都文明にルーツを有します。運動競技会ですね。毎年恒例だった戦争に伴って、戦没者慰霊と必勝祈願のために供犠を捧げ、競走や投擲や登攀を演じるのです。

 やがて農閑期ごとの戦争などしなくなると、おいしい肉を食える楽しいスポーツ大会になってゆきました」


「へー。これもお得意の儀礼の形骸化と破綻か」


「違います」


「違うんだ」


 学士ウァコルは儀礼の効力や破綻を論じた。

 完全な儀礼行為は、その形式のためにその形式をとる。

 破綻した儀礼行為は、無意味と露見して形式に固執する。


「体育大会は儀礼です。時間と空間を区切って、外では意味をなさない形式で、闘争を演じます。形式に対して本気で取り組む競い合いに、人々は熱狂するのです」


「そんなこと言い出したら遊びと儀礼の違いはどこにあるんだよ」


 学士ウァコルの言うところ、評議会選挙は儀礼である。集団入浴も儀礼たりうる。儀礼と思われていないものも儀礼に該当する。

 遊戯との違いが不明瞭となる。

 多くの遊戯で人は、現実と異なるルールの意味づけのもと行動する。また多くの遊戯は全員が本気で取り組むことを前提とする。

 区別をつけろ、と探索者は言った。またしても聞き流し損ねた。


「確かに、ヴィクの言う通りです、ウァコル先生。

 古い典籍には、儀礼はすべて真実である、遊戯はすべて虚偽である、と書いてありますよね。区別できてしかるべきです」


「拙僧の論の目的のために特に区別を設ける必要は小さいといえます。遊戯を通じて親睦が深まることはありましょう?」


「本当かよ。儀礼とただの遊びを区別しないのは変だ。結束のための無駄な形式と思いながら儀礼はできないって言ったよな。

 だったら、親睦のためのただの遊びは、お前の言う儀礼ではないことになる」


 亜竜人は論駁した格好で言い切ってから、首を傾げた。

 相手の論に乗っかって不条理を暴くはずだった。

 違うものを区別できなくて不条理と言うはずが、区別できてしまった。


「あれ、理屈は通るか。特に区別を新しく作らなくても、階層主の理論の中でただの遊びは儀礼とは違うんだ」


「ええ。親睦のためのただの遊びは、儀礼ではありません。

 ただの遊びではない本気の競い合いなどは、儀礼たりえますね」


 儀礼として機能する遊戯は存在し、儀礼でないただの遊びも存在する。ウァコルの論じる儀礼に当てはまるのは前者である。


「なるほど。儀礼は真実で遊戯は虚偽、という言説と矛盾しません。むしろ補強するのですね」


「何も分からなくなった。騙された気分だ」


 吸血者レブが話を変える。


「この街はポテサラ市ですね、ウァコル先生。ポテサラの儀をやる街でしょう」


「ポテサラの儀って何にゃ」


「まず近辺一帯で広く行なわれる会食の形式に、芋を大鍋で煮るものがあります。これの発展形がポテサラの儀です。

 会食は儀礼未満の社会行動ですから、会食の延長にある儀礼は捉えやすいといえます」


「なるほど。レトリックで騙された気もするな」


 地縁や血縁や生業を共有していれば、儀礼未満の会食で十分にまとまる。集って同じ釜の飯を食い、仲間として結束を固める。

 小集団の間の対立は起こる。


 儀礼が成立すれば、小集団の対立は共通の利害関心に回収される。

 共通点の薄い集団に共通点を作り出す。自分のためでない儀礼行為に、他人が同じ行為で応じるのを確認する。


 ポテサラという言葉は、力あるという意味のポテンティアレに由来したものと無根拠の民間語源説が言う。

 この食べ物に味をつけるには通常、種無し酒と鳥の卵と植物油とが必要となる。

 食事を共にするだけでなく、屠殺解体を共にする。油の圧搾を共にする。発酵や燻製を共にする。

 どれを扱うにも宗教行為を伴う。式法を誤ると正しいポテサラにならない。

 単純に人手を要し、一度にできる量の多さもあって、日常的には食されない。

 特別な日のポテサラの儀によって、この地の民はポテサラの民となる。


 旧帝国北西の山向こうにはポテトドラゴンが棲むという。

 ポテトドラゴンから採取されるという芋は、雑味がなく滋養が高いうえに育てやすいため広く普及している。

 芋っぽいと揶揄する者もポテトドラゴンを笑う者も、認めないわけにはいかない。

 当地のみならず芋たちは広域で食文化の中心にあり、多くの餓えを満たした。

 これは土地の誇りでもある。


「じゃあ氏族対立による殺人は止んだにゃ?」


「止みませんね。ポテサラの儀でいうと果実を入れるかどうかで揉める例が多くあります」


「くだらねー」


「祭祀はくだらなくなんかないにゃ」


「気に入らない氏族を叩くために果実の有無を持ち出すことも多いようです」


「それはくだらないにゃ」


 俗に、環境が厳しいから氏族内の結束が固いと言われる。氏族間の対立は激しい。


「それで、このあたり一帯の儀礼として、一年に数回のポテサラの儀と、二年に一度の体育大会と、十三年に五度の蝉祭りがあります」


 獣たちは、互いに傷を負わずに縄張りを争うすべを知っている。

 地縁や血縁や生業で小さくまとまって、対立を繰り返すだけに、調停する掟も存在する。定例の儀礼もある。


「何があったら十三年に五度の蝉祭りをやることになるんだ」


「大きめの聖地が五つあって、それぞれで十三年に一度行なわれるのです。

 一説では、どこの祭りから何年という言い方と、暦の十二年周期の年名とを合わせて、年を指定するのに都合がいいといいます」


「十三年周期と十二年周期をあわせて、百五十六年を区別できるわけか。遊牧王朝の暦と似て異なるな」


「こうした合理性は部外者の言い分です。地元では、十三年周期で大量に現れる種類の蝉がいると伝えられています」


「十三年周期で大量に現れる種類の蝉だ? そんなものいるかよ。いかにもな神話のたぐいだ。世界の終わりとか告げそう」


「ポテトドラゴンの実在よりも信じられる傾向が大きいようですね」


 ヴィクロム・インヴィットは沈黙した。


 ポテトドラゴン神話は、森の開墾と都市建設の神話として論じられる。

 昔むかし、ある人が亜竜と結ばれた。亜竜は禁忌を定め置いた。

 亜竜は一夜で森を拓き街を築いた。亜竜は力ある子らを生み出し、子らは開拓を進めた。

 やがて人は禁忌を冒した。亜竜は消えてゆき、人の悔恨に応じて、限りなく増える芋を置いていった。


 有力な家門がポテトドラゴンを祖先として支配の正当性を主張する。また政敵への攻撃を神話で箔づけするのに使われる。

 話の構成は、黒き大地の巨人クロノスによる豊穣の起源譚と類似している、と指摘される。パクリだという。

 僻地に立派な伝統文化がないから勝手に作った、などと揶揄される。


 ただのお伽噺、人がありがたがった時期があるだけのお伽噺だ。

 ポテトドラゴンが存在すると考えるにはあたらない。


 猫の人ミランディが慰める。


「ヴィク君、そう憮然とするんじゃないにゃ。ヴィク君が言うんだから信じるにゃ」


「別に俺も絶対に信じてほしいわけでは、いや、まあ、信じてくれて嬉しく思うよ」


「我も嬉しく思うぞ」


「今の誰だにゃ」


 探索者たちは新たな声の方を見た。それを仰ぎ見た。


 巨体が動いていた。

 入り組んだ根や茎を纏って羽ばたく。姿勢を変えながら降下する。根や茎がうごめいて形を変える。

 スピードを緩め、翼の動きと角度を調整して地上に肢をつける。

 複雑な動作は短い言葉で済む。


 亜竜が降り立った。


 竜が人間の世界に具体化されたものが亜竜である。

 竜とはたとえば、水脈である。

 竜とはたとえば、山脈である。

 竜とはたとえば、血脈である。

 とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。


 地上に降りた亜竜は高く吼えた。

 大気がおびえた。大地が震えた。

 風圧に対し、四人はそれぞれ身を守る姿勢をとって踏みとどまった。


 ポテトドラゴンが言った。


「よく我を信じた、人の子よ」


 吸血者レブが言った。


「まさか本当にいたとは」


 階層主ウァコルが言った。


「拙僧の階層にこんな亜竜がおわしたとは」


 探索者ミランディが言った。


「でかいにゃ」


 探索者ヴィクロムが言った。


「こんなにでかいとは」


 ミランディがつっこみを入れる。


「いやヴィク君は見たことがあるって言ったにゃ。なんで改めて驚くにゃ」


「前見たときはだいぶ小さかった」


「そんなことあるにゃ?」


 ポテトドラゴンが言った。


「我が身体が膨らんだり縮んだりすることはある。人の子との関係しだいだ」


 当の亜竜があると言うのだから仕方がない。

 圧倒的な存在が人間の理屈を無力にした。

 あまりにも大きなものに対して、人は畏れるほかない。

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