海賊伝説
海賊船にはマントの男が立っていた。粗野な乗組員に混じって、豪華な衣装をまとう。
大きな帽子の下で片目がアイパッチに覆われる。そばで鸚鵡と九官鳥を口喧嘩させ、片腕の代わりに蛇が袖から伸びて舵をとっている。
「いかにもって感じの海賊!」
ヴィクロムは思わず声を出した。
一面の海原を太陽が照らす。ここは迷宮である。
亜竜人ヴィクロムと猫の人ミランディと学士ウァコルは第二階層を、〈海の街〉から〈火の国〉へ向かって移動していた。南海の西向き航路である。吸血者レブは海を渡りたくないらしく、別行動をとった。
「ウハハハハ!」
獰猛に笑う。
舞台に海賊役として登ってもおかしくない。違いは、本当に戦闘と略奪を求めていることだ。
この本物の海賊も劇の海賊役も、誰か伝説上の賊を模範としたことだろう。
三人を乗せてくれた船は逃げる。追っ手の方が速い。
船長が呟く。
「祈祷師がいるな。逃げきれんぞ」
敵方の祈祷師が特殊な精神集中状態で魔法を行使している。推進力が違う。
海賊船に祈祷の陣がある。目の眩む模様の絨毯が敷かれ、そばで火が焚かれる。
絨毯の上に座って動かない人物がいる。白一色の装束を着ており、灰色の髭が長い。
左右では助手らしい二人が太鼓を打っている。
「いかにもって感じの祈祷師!」
「祈祷師の集中を妨害できるとやりやすそうだにゃ。逃げ切れなければ戦うか、財物を渡してさっさと帰ってもらうかだにゃ」
この時代、根こそぎ奪う略奪方針は珍しい。戦わずして勝つのが戦い一般の理想で、賊も例外でない。
襲われる側には、軽い略奪で済むと分かっていれば、降伏という選択肢がある。
賊からすれば決死の抵抗に遭いづらくなる。
「ダメだ。旗を見ろ。あいつらは必ず人間を殺す。投降しても最低一人は殺す」
「投降しても殺す!? やべーヤツらだにゃ」
「軍礼の生贄ってところか」
「客を乗せていれば優先して殺すはずだ。投降すれば死ぬのはあんたらだぞ」
「大切なことを教えてくれてありがとう」
「教えずに投降して死なせるわけにいかんよ」
通商圏で賓客接待は神聖な義務だ。客が誘拐や殺害に遭えば主人の信用は傷つく。
賊もそれを前提にして賓客を狙う。
海賊船から大声が上がる。戦闘を前に士気を高める。
船漕ぎの歌と、船員の気合の声と、太鼓の音とが、律動を作る。
戦士の声が魔力を帯びる。頭領の朗唱が響く。
「海戦の神の加護あれ!
俺がデボリ氏族族長、デック・ディムシケル・デボリズ卿である。詠唱を開始する!」
「だからどうした! 俺はヴィクロム・インヴィットだぞ! 詠唱を開始する!」
探索者は対抗詠唱に名告りを挙げた。
「東方の宝は我を呼べ 西方の砦は我を恐れよ
火を薄汚い商船の帆へ 荷を悪徳に満ちた蔵から運び出す
強き者を讃え弱さを嘆くのだ」
「幼女をわからす構えを見せ 節操のない眼は負けを望んでる
いらつく幼い妖艶な微笑みの煽る欲に負けたそばからヘコり出す
強き者を騙り弱さを嘆くのだ」
魔法の完成だった。
【ヴィクロム・インヴィット、五点減点。あなたの魔王城ポイントは二九九五点です。
付帯テキスト:影響を受ける詩人は選びなさい、わたしのヴィク。摸倣の様式に貴賤があると知れ。】
「えっ何? 何かした?」
昔むかし、賢いお姫様が恐ろしい海賊に捕まった。
とくに厭らしい、人を傷つけるのが大好きという男が見張りについた。
お姫様は見張りに言った。
あなたは素敵な顔をしている。なぜわざと汚いなりをするの。
見張りは驚いた。自分が素敵な顔とも、わざと汚いなりをしているとも、思ったことがなかったからだ。
見張りは素敵と言われていい気になった。お姫様に聞けば、どうしたらかっこいいか教えてくれた。
いい気になったあまり、得意の仕事にも身が入らなくなる。捕虜たちの皮を剥げばうっかり死なせる始末だった。
あれこれ試すごとに海賊仲間に笑われ、そのたび仲間たちの汚さとお姫様の綺麗さを強く思うばかりだった。
お姫様に言われるままに必要なものを持ってきた。縫い物に武器の針を使い、櫛や簪がなければナイフで木を削った。
その道具が逃げるために使えるとは気づかなかった。
ある日言う。
本当のあなたは凛々しい狼ね。狼が二本足で立っても間抜けでしょう。手をついて吠えていなさい。
見張りが嬉々としてそうする間に、お姫様は地下室を抜け出した。
お姫様は料理番や漕ぎ手にも声をかけていた。協力する誰もが、自分がいま手引きして逃がしているとは気づかなかった。
賢いお姫様は海賊を騙して逃げた。
そのとき捕まっていた人たちや、盗まれた財宝も救って、もとのところへ返してやったのだと伝えられている。
「おのれぇーっ!」
カバーストーリーの原理である。
魔法はイメージで発動する。弱さのイメージで上書きすれば、相手を弱める。
強く恐ろしい略奪者という物語を、女児に勝てない愚か者という物語が侵食した。
賊には面子がある。じつは弱いとナメられれば、周囲から何もかも奪われる。
「さっきのアナウンスは何だったんだ。迷宮システムを私物化するなよ。魔王城ポイントって何? 魔力ポイントと紛らわしいな。いつのまに三〇〇〇点もくれたんだよ」
「拙僧からお答えします。第一に、王の意のままに魔王城を運用しても私物化とは限りません。第二に、各迷宮に固有のポイントはお前に馴染みのあるもののはずです」
特定の迷宮の中でのみ意味をもつポイントは、たまにある。
「管理が面倒くさいやつだ。これを機に魔王城ポイント以外全部捨てるか」
「思い切りがよすぎにゃ。
ヴィク君。さっきの、個人的には好きだにゃ。矜持ある付与使いとして褒めるわけにいかないのが残念だにゃ」
猫の人ミランディには付与術の技能に対して倫理と誇りがある。亜竜人の呪文は、付与術でいえばあまり正当な使い方でなかった。
にわかに敵の頭領が大声を出す。
「お前たち。ヤツらに贈り物をくれてやろうではないか!」
大きな弓に矢をつがえ、思い切り引いていた。
頭領の傍らの人物が何か物体を投げ上げる。
「これはたぶん受けておくといいやつにゃ」
「そうなの?」
船長が答える。
「そうだ。ウチの係の者がすでに防壁を緩めている」
矢は放たれ、物体を貫いて飛来した。
魔法防壁を通過し、商船の甲板に刺さる。
矢は籠を貫いていた。
開けると工芸品が入っている。
船長が言った。
「下賜品を謹んでお受けいたします!」
「ウハハハ!」
海賊船は引き返して行った。
落とし所だ。
獣たちは、互いに傷を負わずに縄張りを争うすべを知っている。
侮辱を受けて気前よくふるまえば、族長の度量を示すことになる。
施しを与える者を上位とする考え方は戦士たちにとって一般的だった。
海賊行為にあたって最低一人を殺すのもその一環である。戦わずに少ない宝を得たとして、恵みを乞う托鉢者や貧窮者と変わらない。誇り高い戦士にふさわしくない。よって殺す。
「矢がこっちの船に刺さって、下賜品と言ったら、面子が保てたってわけか」
「できれば殺しなどしたくないのでしょう。選挙で不利になりますからね」
ナメられると部下の反逆に遭う。殺しすぎると支持を失い、場合によっては討伐軍が出る。海賊行為にもバランスがある。
「あいつ選挙に出るの!? ていうか選挙ってあるんだ」
「海洋都市には評議会選挙の伝統があるにゃ」
中古代アティスでは王への信任投票と評議会議員の選挙が行われた。投票とくじ引きをいくつも組み合わせた複雑なものである。
「ええ。東方諸都市の儀礼ですね。投票やくじ引きという形式的行動を、その形式を必須として行じるのです」
「さっきの面倒なやり取りはともかく、評議会選挙を儀礼扱いするんだ。
神殿を築くと王権が正当になるのと同じことか」
ウァコルの論は、儀礼と通常呼ばれない行動をも儀礼として扱う。
学士は儀礼の社会的機能を説いた。その独自定義による儀礼には神霊がいなくてもよい。
「正しい形式によって権力を得ます。権力の確認が選挙儀礼の〈公式の効験〉ですね」
「待った、待った。独自用語を勝手に使わないでくれ」
「失礼しました。解説しましょう」
「いや。いい」
祭祀者ウァコルは話を続けようとした。亜竜人ヴィクロムは止めた。長くなりそうだからだ。
設定と言うわけにいかないのを〈公式の効験〉と呼ぶのだろう、と理解した。
「もしかして階層主はこれ以降も儀礼論をかましてくるのか? 第二階層の諸世界では神々が言い訳になるようだし、関係あるんだろうな」
「ありませんよ。勝手に持論を開陳しているだけです」
ヴィクロム・インヴィットはわざとらしくため息をついた。
「聞き流すか」
「なんだかんだ言ってヴィク君は相槌打って耳を傾けそうにゃ。
もしつまらなかったら階層主バトルでギタギタにするだけにゃ」
「たしかに」
そこに船長が来て言った。
「助かりましたよ、冒険者どの。一同を代表してお礼を申し上げます」
猫の人ミランディが返事をする。
「いいえー。みなさま方の祈願と、聞き届けた神様あってのことですにゃ」
恩恵を施したとき、相手の優れた点を褒めておく。あるいは自分の至らない点を述べる。どこにでもある社交辞令である。
海賊には海賊の礼がある。
根こそぎ奪う略奪方針は珍しい。戦わずして勝つのが戦い一般の理想で、賊も例外でない。
襲われる側には、軽い略奪で済むと分かっていれば、降伏という選択肢がある。
賊からすれば決死の抵抗に遭いづらくなる。
周りが軽い略奪で済ませるとき、自分だけ根こそぎ奪う選択肢は魅力的だ。賊の間に抜け駆けを許さない仕組みが求められる。
古くは抜け駆けした者たちを血祭りにあげた。また冷遇された部下にとって掟への違反は、頭領を引きずり下ろす大義名分となった。
やがて選挙戦が血祭りに取って代わった。海洋都市の政治文化と融合したものである。
集った民が票を投じる。時代によっては男女も土地所有も未婚既婚も納税も居住も問わずに票を募った。
市民は東都時代の華やかな古代都市と民主政を思う。そのあとの西都時代の臣下による皇帝承認を思う。
よき時代と、そこから地続きの自分たちの肩にかかる時代を思う。
選挙の理念は部外者には単なる設定に見える。
時として敵対家門の支持基盤が殺し合った。敵側の有権者を減らせば利権を得るからだ。
時としてクーデターが計画された。手っ取り早いからだ。
腐敗官僚が幅を利かせた。名門が影響力を持った。不信任を受けた王は退位しなかった。
意思決定は民の手によるものではなかった。
そして、家門の枠を超えた共通の理想は本当にあり、その実現も一応概ねあった。
重なる内紛の中でも、一つの都市文明の民というメッセージは効力を持ったのだ。
海洋都市の繁栄は長きにわたり、普遍帝国の短い最盛期を除けば空前のものだった。
少なくとも当世の時点では絶後である。




