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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
論じられた神々の威信
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シャークエルフ伝説

 伝承によるとシャークエルフたちはいたずら好きで、積み荷を盗む。ときには船をひっくり返す。人間を食べる。

 気に入った人間には商売繁盛や交通安全の恩恵を与える。妖精への悪意がない人間に懐くという。



 強い日差しが水面を照らす。

 ここは迷宮である。無形魔王城の第二階層である。

 東方都市アティスが再現されていた。


「ウァコル先生。東方世界というとしばしば戦乱の時代となっていますね」


「その通りですね、レブさん。拙僧が生きた時代にも、都市国家どうしが毎年農閑期に戦争を行なっていました。

 一方でかつて栄えた東都文明の遺産を有しており、誇りとともに脈々と受け継いでいます」


「これはいつの時代だろう。階層主さんは論の神々の時代とか言ったか?」


「たぶん海洋時代にゃ。中古代に商業が栄え、政治的にも一応の統一をとっていたにゃ」


 四人は探索者、探索者、迷宮内の吸血者、そして階層主である。奇妙な組合せといえる。


 普遍帝国の後継国家は十以上に及んだ。海洋都市アティスはその一つである。

 〈正しい教え〉の普及前と不当にも一括される、歴史の中の一幕だ。


 橋をいくつか渡ると、広場に出る。市民たちの売買交渉や世間話で満ちていた。

 買い手と売り手とが会話する。


「いい櫛じゃあないか。銅貨で足りるか?」


「いい櫛が銅貨一枚で足りるわけないだろう」


「メフルス神の紋ってことはニーラド家だ。あの守護神は落ち目だろ。銅貨一枚で足りるね」


「落ち目だ? バカ言うな。先のレースだってニーラドの船はぶっちぎりだぞ」


 海洋地域に流布した冗談がいう。

 一般に、政治と教理と水上レースとの三つの話題を軽はずみに出すべきでない。その点アティスでは、一つの話題を避ければ済む。かの地で政治と教理と水上レースとは一つの話題だからだ。


 奢侈品を買おうとすれば避けて通れない話題である。売買交渉は教養ある会話を必要とした。

 神についての話題になる。


「メフルスの航海なんて恋人を寝取られた話だ。人間でいう痴情のもつれも神がやれば神話というわけだ。

 ニーラド一世は神だから神話だなあ。もしニーラド一世が人間だったなら、滑稽話だったなあ」


 当てこすりだ。ニーラド一世は人間である。

 新興ながら権勢あるニーラド家の起源神話がメフルス伝説で、買い手はその内容をこき下ろしている。


「それを言うならお前はマガウォン神の庇護にあるんだろう。マガウォンの盗みの行状を知らんのか?」


「家畜盗みと謗るか。聞き飽きたよ。あれは人間救済を象徴する話の一つだ。家畜を盗んだわけじゃあない」


「だったらメフルスも象徴でいいだろう」


 市場の教義議論は学僧を真似る。専門家から見れば幼稚なものだ。

 抽象論に移り、会話が進めば常套句に収斂してゆく。商人たちにとってお決まりのやり取りを経て、交渉は終わりに向かう。


「なかなか語るやつだな。銅貨に賤貨四枚だ」


「いやいや。銅貨一枚だね」


「銅貨一枚と賤貨一枚」


「いいだろう。銅貨に賤貨だな」


 二者は手を合わせて契約締結を確認した。

 見て、猫の人ミランディは言った。


「あ。ひょっとして、わざとキリが悪い値段で売るやつにゃ? この頃からあるのにゃ」


 あちこちの通商で古くから見られる習慣だ。取引の際にわざと端数をつけるのは魔除けのためとされる。

 地域によって、買い手が余分に払う場合と売り手が余分に釣銭を返す場合とがある。ここでは前者だ。


「神様の話を交えたな。お決まりの受け答えか。

 苦手なノリだ。そういうと俺は」


「黙れ。ヴィクロム・インヴィットよ。拙僧はお前の内面の屈折にまったく興味がありません。我が王にもないと思います」


 探索者ヴィクロム・インヴィットは沈黙した。


 ある店で交渉が決着すれば、別の店で教義論争が行なわれる。


「お前のシルピ神など疫病神だ。なぜならお前は間抜けな事業に投資して財産をすってばかりではないか」


「散財野郎はお前だろ! お前の方が散財野郎なので、シルピ神の霊験は確かだ。お前など海の妖精の呪いだぞ」


「めったなことを言うな」


 論の体をなしていない。神格や人間の性質によって、やり取りの性質は大きく異なりうる。

 吸血者レブが鼻を鳴らす。


「市場の教義論争はしょせん市場のものか」


「その辺で行なわれる神々の議論は議論の体をなしません。商売上それでいいのですよ」


「論の神々の時代って言っておいて、初っ端から変な例を出すなよ。典型例を先に見せろ」


 亜竜人ヴィクロムが文句をつけた。


「典型例を見ても面白くはありませんよ。えらい人がさっきのような交渉を学僧にやらせるだけです。

 神々の行ないがそうであれば、この交渉結果で頷ける、という具合に話がまとまります。単なる建前や形式の場合もありましょう」


「単なる建前や形式の場合の方が多そう」


「そういうこと言うのよくないにゃ。一般に神様は設定とかではないにゃ」


「はい」


 このとき何者かが亜竜人ヴィクロムの裾を引いた。

 確かめると誰もいない。


「気のせいか」


 探索者の服装は動きを妨げないつくりになっており、裾を引かれたと誤認することは通常ない。

 よくある怪物のたぐいである。


「なあ兄ちゃん。なんか奢れよ。煮干しか酢ダコか」


 ヴィクロムが歩き出すと、北方人らしい子供の声がした。

 応答せず進む。怪異に返事をしてはならない。

 ウァコルによる解説も進んでいた。


「へえ。各家の起源神話が語られたのにゃ。王家の起こりは海の悪戯妖精と伝承されたわけにゃ」


 物語には思惑がある。

 海洋都市で力を持った家は、それぞれ起源神話を持つ。既存の伝承から借りた神格を箔づけに使うのだ。神々の行ないがそうであれば、権力を握るのも頷ける、ということにする。


「この時期だと海からの襲来者が征服王朝を築いていました。

 多数派である地元の政治文化に合わせ、地元の役人たちを使っています」


「なあ兄ちゃんゼニ出せよ」


 応答せず進む。

 中古代の帝国解体後には各地で混乱を経て、新たな勢力図が形成された。

 東方でも諸勢力が入り乱れた。海洋時代前期には海の襲来者が強い。


「海の妖精たちは北方の神格を汲んでいるな。お前たち早死ににも分かりやすいと思う」


 伝承によるとシャークエルフは人をさらう。船を転覆させる。金銀細工を奪う。王朝の起源にいわく、実力を示し盟約を結んでシャークエルフたちに家系を守護させた。


「征服者の主神よりも小神格が定着したのも面白いにゃ。

 布教期より前の混交文化のことはよく知らなかったにゃ。土着の神々と一括されがちにゃ」


「征服者といってもまったく一枚岩でなく、互いに奪い合うことしばしばでした。また現地の利害対立の一方を味方につけるのは征服者の常套手段でした。王というのはその互いに争う連中をまとめた勢力の主です。

 王の祖先は海の妖精のおかげで王になった、と伝えられます」


「妖精伝承の悪戯には、いかにも海賊行為の被害が反映されていそうにゃ。王家の強さや支配の正当性の話に変わっていくとは面白いにゃ」


 王家は海の戦士たちを取りまとめた。伝説は事実を反映するものと読まれる。妖精が存在すると考えるにはあたらない。

 そして恐怖ゆえか敬意ゆえか、会話の中でシャークエルフという直接の呼称を避ける習慣は根強かった。


「そのような反映論は、ここの人々も語りますね」


「すでに言われていたのか。王様の祖先の伝説なんて言って、賊だよなあ、って語ったんだな」


「なあ兄ちゃんお願い。あのキラキラほしい。悪いようにしないよ?」


 応答せず進む。

 吸血者レブが口を挟んだ。


「妖精の伝承を、海向こうの民の定着を反映したものと読むか。面白い話をくだらない理屈に落とし込むものだ」


 妖精の正体をもっともらしく説明するのは、吸血者レブにとって面白いものではなかった。


「神々の合理化を好まないのは拙僧も同じです。しょせん言葉です。

 拙僧には面白さも見いだされますね。情勢が変わって、人の捉え方が変わって、その上で読み替えてでも信仰の対象が存続したのですから」


 理屈をつけるのは神と人間との関わり方の一つである。

 箔づけや言い合いの素材にも神はいる。箔づけになる程度に威信をまとう。

 異国の小神格は海賊を恐れる民話になり、王権の神話になった。


 聞きながら探索者ヴィクロムは手近な店で干物を買った。

 ちぎって口に含む。


「ヴィク君いいもん食ってるにゃ。少し分けてにゃ」


「ああ。みんな食うか? ちぎって渡すからこぼすなよ」


 言いつつも、干物を分け与える中で、大きなかけらを滑り落とした。


「おっと干物を落としてしまったな。妖精に取られたとでも思っておくか」


「やったあ!」


「うっかり手が滑ってしまった」


 手元から落ちた食物を妖精に取られたと称する習慣は、当世に残っている。


「あとで持ち物を改めることですね。エルフのコインでも入っているかもしれませんよ」


 ウァコルが冗談めかした定番の受け答えをした。



 海の妖精シャークエルフたちはいたずら好きで、積み荷を盗む。ときには船をひっくり返す。人間を食べる。

 気に入った人間には商売繁盛や交通安全の恩恵を与える。


 物語には思惑がある。

 伝承は海賊の脅威とともに語られた。やがて王朝の神話となった。妖精が存在すると考えるにはあたらない。社会が物語を必要とし、妖精という形をとっただけだ。


 〈正しい教え〉の普及前と不当にも一括される、歴史の中の一幕だ。

 やがて王朝は滅び、信仰は置き替わり、伝承は語り継がれる。異国の小神格が民話になり、建国神話になり、のちに異教の伝説になる。

 妖精が存在すると考えるにはあたらない。

 そして信じられ続ける限り、存在しないと考えるにもあたらない。


 探索者の持ち物袋で海洋都市の古銭が揺れた。

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