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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
歌われた神々の栄光
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スティリル

「毎年、どこかしらは不作や不漁となる。南方が栄えているから分けてもらうことになる。嫌だと言ったら武力でご理解いただく」


 侵攻を繰り返す外敵として記録されている。


 南方の部族連合が古代帝国の形をとる前のことである。

 歌の神々が社会制度の中に埋もれつつあった、歴史の中の一幕だ。


 蛮族と呼ばれる人々は戦いのない時、ない地で交易を行なった。毛皮や工芸品や傭兵を売り、青果や織物や金属器を買った。河に船を出し、風を読んだ。

 いかにもな想像の源となる古代の記録は、戦時に偏る。

 たとえば寒冷な中北部世界には、半裸体よりもよほど適切な服装がある。戦時にのみ、荒く威圧的な姿をとる。戦いの姿が、いかにもな蛮族像として定着した。


 太陽光が水面にきらめく。木々が陰を落とす。ここは船の上だ。

 貿易を支えた水脈である。

 スティリルが話を続けた。


「南方と中北部とで同盟や貿易が盛んになっていた。

 同盟を結べば、豊かな物品が得られる。不作の時にも飢えない。面倒な形式の軍礼と金のかかる戦いとのうちに他部族の専横を招かずに済む。

 それに俺のような穀潰しが勝手に都市に出てゆく」


 中北部にとって、悪い話とも限らなかった。

 南方にとって、良い話とも限らなかった。

 連合に常に内紛の火種があり、人々や品々の動きが変わればとくに激しくなる。


 そして議会は外征を決定した。

 森に分け入る。道を造る。砦を建てる。

 速やかに文明化して威光を示し、中北部は繁栄を、都市は安全を得る。


 偉大な理念に燃える兵士たちは、蛮地で殺戮と収奪を競い合った。

 威光を示す必要があったのはもっぱら内部向けだった。目指すのは宝を備えた華やかな凱旋だ。


「文明化の裏側か。勝者が歴史を作るんだなあ」


「無意味な物言いだ。伝承の多層性を侮るな。探索者よ」


「あっはい」


 ヴィクロムは相槌を打ち、反発を受けた。


「俺はこれからお前と戦う。なぜか分かるか」


「理由がいるのか?」


「分かっているようだな。

 戦いのために戦う。文明人はこれを侮る」


 古代の言葉で、戦いという一般名詞は、戦いの神を指す固有名詞と同じ語である。

 この場合では言語が区別しないだけでなく、概念化においても同一視されている。

 戦神のために戦うことは、戦いのために戦うことである。


 歴史醜聞家たちは野蛮人の野蛮な儀式を面白おかしく記述して伝えている。


「口酸っぱく作戦目的の重要性などを説かれた魔王様も、好ましいと仰った」


「あの人は愚か者を愛いやつと呼ぶ嗜好や、素で粗暴な性質があると思う」


 祭儀の中の真実は現実と一致する必要がない。軍礼の真実において、王は戦神である。

 軍礼が正しく行なわれるとき、王のために戦うことは、戦神のために戦うことである。


「俺はスティリルだ。槍を受けてみろ」


 スティリルは自身に刺さった魔槍ぶちぬき丸を抜き、構えた。


「逃げたらどうする?」


「槍を放つことで、俺は力尽きるだろう。避けるも逃げるも好きにしろ」


「俺はヴィクロムだ。槍を受けて立つ」


「オオォーーッ!」


 簡単な形式のやり取りを行なうと、スティリルは吼え、船の上を駆けた。



 昔むかし、河が人々に愛想を尽かし、実家に帰った。

 河の実家は地下世界である。


 人々は河が消えて悲嘆にくれた。人々は飢えと渇きに苦しんだ。

 ある王が河を呼び戻すため探しに行った。

 山々に行った。

 沙漠に行った。

 乾いた森に行った。

 湿った森に行った。

 炎の土地に行った。

 いなくなった河はどこにもなかった。

 どの土地の河川たちも、その河のことを知らなかった。


 王は海に行き、海に尋ねた。

 ある海が知っていた。

 海の底には砂があり、これは河が運んだものである。

 海が言うことには、河が砂を運ぶのは、地下世界で槍を作るためだという。


 王は、河の故郷が地下世界にあると気づいた。

 地下世界へ行き、大々的な祭儀を約束して、河を連れ戻した。

 それゆえ、河のために祭儀を欠かしてはならないとされる。



「河の槍だ」


 スティリルは、槍を再解釈した。


 月の神はどこにでもいる。

 夜行を常とする沙漠にいる。

 潮汐に生業を左右される港にいる。

 決まった夜に祭火を焚く森にいる。

 それぞれ異なる性格を有する。


 スティリルは魔槍ぶちぬき丸を、月神の槍と認識した。

 武装隊商スティリルにとって、月の満ち欠けは河川の逆流と不可分に結び付く。

 大潮が河口から上流へつきあがるのは、もっとも身近な月の影響だった。


「月の遡及槍(やりなおし)


 起死回生の一撃を繰り出した。


 槍が相手の肉を捉えることは、なかった。

 相手の槍がスティリルの肉を捉えていた。探索者のカウンターだ。

 スティリルが倒れる。


「倒れない」


 槍に寄りかかる。立ち上がる。


「俺は倒れない」


 手に握った槍と両足とで、まっすぐ立った。


 探索者ヴィクロムが用心深く構える。

 スティリルは動かない。

 訝しく思い、やがて探索者は構えを解いた。


「あなたは、倒れなかったな」


 スティリルは立ったまま絶命していた。


【迷宮管理者の権限において、探索者による第一階層の突破を認め、これを賞します。あなたは称号・不落を獲得しました。】



 苔の光が広間を照らす。

 ここは迷宮である。


 探索者は吸血者レブを連れて、第二階層へ歩みを進めた。

 敵手への手助けしかしなかった吸血者への詰問が、広間から遠ざかっていった。




 先古典期中北部の命名原理のもとで、スティリルという名の意味は二つある。

 第一には、筆記具(スティル)を持つ、という職能を表す名である。


 第二には、立っているという状態を示す動詞の派生と考える。美徳を表す名前である。

 堅固である。しっかりしている。倒れない。


 それが、スティリルという戦士だった。

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