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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
歌われた神々の栄光
30/59

迷宮〈無形魔王城ヂアハトリーギ〉第一の番人・名も無き兵士

「すっぴんで戦いに出ようなんて、言うんじゃあないでしょうね。

 第一の番人。両手を出しなさい」


 地位のある戦士たちは戦化粧を欠かさない。顔や身体を彩って敵を威嚇し、自身を鼓舞する。

 死にゆく者への手向けであり、死をもたらす猛者への敬意である。


 第一の番人は両膝をついて、両手を差し出した。

 盆が手の上に置かれた。

 盆には鮮やかな色、暗い色、白色の粉や脂が区分けされて載っている。


 ここは迷宮である。無形魔王城である。


「もっとましな顔をする。わたしが手ずから施してやろうというのだから」


 名もなき兵にはあまりにも畏れ多かった。

 拒む余地はない。立ち上がることもできず、盆を置かれた手を動かすこともできない。


 魔王の手が兵に触れた。

 人間たちの命を握るべき柔らかな手だ。


 王はかれの顔面を上に向け、触れて凹凸や硬さや体液質を調べた。

 王が刷毛や筆を手にとって、戦士の顔を作る間、かれは王を見ていた。


 閉じた小さな口元を見た。王は力ある言葉を発する。生かし、殺す。

 成果を食む。噛み砕き、呑み込む。


 癖のついた髪を見た。髪は人生儀礼の中で結われ、また切られる。

 怨讐や雪辱の誓いが結髪にかけて立てられる。果たされる日に結われるであろう、解かれるであろう、(くしけず)られるであろう、などと誓う。

 王の髪は二つ結びにされている。何人も粗雑に扱ってはならない。


 真剣で冷徹な眼を間近に見た。垂れ目をつり目に作っている。または、つり目を垂れ目に作っている。生まれながらの王に原形と細工との違いは意味をなさない。

 装って作り物として在ることと、開示し自由に振る舞うこととは、少女にとって同じなのだろう。


 魔王の手が、容貌を整えてゆく。筆を使い指を使って、皮膚を彩る。同時に、魂に戦士の使命が刻み込まれた。

 死にたくないと兵は思った。

 この方に何も返せないまま、死ぬわけにはいかない。


「眼を閉じよ」


 兵は眼を閉じた。

 戦化粧の要だ。


 鷹の目をかたどるアイシャドウは邪視避けとなる。

 視線による霊的作用の観念は沙漠と河の通商都市の発明だという。

 機織りや漁師に伝わり、各々のやりかたで視線をはね除ける。


 王は低く歌う。


「鷹が下界を睨むのではない。下界の者たちが、空を遊ぶ者の力ある視線を恐れる。

 邪な視線はわたしに勝たない。眼で戦う者は自らの眼の大きさを自ら決めるからである」


 兵は化粧の出来を判断することができない。

 人は自分の眼の周りの意匠を見ることができない。


「自分は戦士らしくなれるか、と不安か。

 当然よ。わたしが何だったか思い出しなさい」


 第一の番人は、施された戦化粧に、絶対の信頼を覚えた。

 王に形作られたからには命を懸けることができる。


「行きなさい。わたしは問う。

 戦いに出て、あなたは倒れるか」


「否」


 そして、使命があった。




「さて階層もそろそろ終わりであろうか」


 探索者たち両人は迷宮を歩いて、大きな円い部屋に入った。


【第一階層 試練の間】


「ここが試練の間か~入ってみよ」


「もう入っておろう」


 すると、その部屋の床に、中央から紋様が広がった。

 光の曲線が蔓状に分岐を生やし、右回りと左回りを数度繰り返し、床を埋める。

 埋めるかと思えば、出発点から順に消えていった。

 床を埋めた紋様が消えると、外周から中央へ数条の線がうねって伸び、放射状の模様を作った。


 蜘蛛の巣に似て蜘蛛の巣と異なる。雪の結晶に似て雪の結晶と異なる。

 魔術のための記号化された紋が、ひとりの戦士を喚起した。


 古代の戦士、半裸体に威圧的な紋様を入れた男が、現れた。


【第一の番人、名も無き兵士が立ち上がりました。あなたは試練を受けなければならない。】


「さぞや名のある戦士に見えるがね」


 レブが軽口を叩く。


 身体を彩るだけでなく顔にも化粧を加えている。

 いかにも蛮族の戦士として想像される姿格好である。


 いかにもな想像の源となる古代の記録は、戦争時に偏る。

 蛮族と呼ばれる人々は戦いのない時、ない地で交易を行なった。毛皮や工芸品や傭兵を売り、青果や織物や金属器を買った。河に船を出し、風を読んだ。


 寒冷な中北部世界には、半裸体よりもよほど適切な服装がある。戦時にのみ、荒く威圧的な姿をとる。

 軍礼だからだ。獣たちは、互いに傷を負わずに縄張りを争うすべを知っている。


 第一の番人が叫ぶ。


「祖霊は見よ、末裔は聞け。この戦いを一切の神々に捧ぐ。

 魔王様の下、この俺が一の番人である。

 勇敢なる探索者はここを進め。この俺を倒して資格を示せ」


 名告りは最も短い呪文である。そして、いくらでも長く飾られる呪文である。


 戦士は名告りをあげた。

 二、三百年という最近の伝承にいわく、古代の戦士たちは、先祖や子孫や神々が観覧することを念頭において行動した。演劇という媒体に都合のいい創作である。


 捏造ではない。古代の戦闘習慣に、命懸けの大見栄は広く行なわれた。

 現在の狭い状況を離れた栄光を志した。

 軍礼だからだ。


 挑戦者が応える。


「俺はヴィクロム・インヴィット、魔王譚文脈の亜竜人、俺もまた同じ王を仰ぐ。

 貴様を倒して、進ませてもらう!」


 倒した。


 古代の戦士は地に倒れた。

 亜竜人は言う。


「手強い相手だった」


 白々しい。

 第一の試練を越え、先を目指す。


 次の階層へ進もうとして、足を止めた。

 進むことはできない。この試練は続いている。

 声がかかる。


「まだだ」


 第一の番人、名も無き兵士が立ち上がった。


「俺は戦いに倒れはしない」


「倒れてもらう」


 倒した。


「倒れぬ!」


 第一の番人、名も無き兵士が立ち上がった。

 探索者ヴィクロムは声をあげた。


「こいつ倒れないぞ!?」


 後ろに立った吸血者レブが鼻で笑った。


「階層主に一撃必殺が効くか」


 亜竜人は叫んだ。


「戦闘中のところ失礼ながらお尋ねします。なんで倒れないんですか」


 敵手は言った。


「答えよう。探索者よ。拝命したからだ」


 亜竜人は理解した。


 「あなたは倒れるか」と魔王は言った。

 「否」と戦士は答えた。それが魔法の完成だった。

 第一の番人は、倒れない。


「そりゃ倒れないわけだ」


 亜竜人ヴィクロムは言った。


「魔力点を一〇〇ポイント消費、スキル〈道具強化〉、スキル〈身体強化〉を使用する。

 聞け。俺は今から槍を突く。

 この魔槍ぶちぬき丸で、お前をぶちぬく」


 番人は応じた。

 彩色豊かな凶相が、獰猛に歪んだ。

 かれは笑っていた。


「来るがいい。俺は逃げはしない。迎え撃つ」


「スキル〈槍術〉を使用する」


 探索者は番人に向けて駆けた。



 昔むかし、牛にして猫の怪物がいた。

 怪物は神を祀って、不死身の肉体を得た。これを殺すことは、七歳になる前の子供にしかできない。


 怪物は人を食らった。

 怪物を殺す試みはことごとく失敗した。

 矢は通らず、槍は折れた。


 人々と神々とが怪物に、殺さないよう求めた。

 怪物は、毎月一人しか殺さないと誓った。


 人々の間で取り決めて、毎月一人を差し出した。

 ある月、父と母と子とからなる一家が、差し出す番になった。


 父母は悩み苦しんだ。父を失うわけにはいかない。母を失うわけにはいかない。では、この子を死なせるというのか。


 子が、「僕が行って、怪物をやっつけてしまいましょう」と言った。

 勇ましげに朗らかに、腕を振り回してみせた。


 父と母はさらに深く悲しんだ。

 子は地上世界の恐ろしいことごとをまだ知らない。何も分からないまま、この子が怪物に食われていいはずがない。


 いっぽう、子は何も知らないなりに、悲しみを思いやることを知っていた。気遣うこともでき、気遣いの失敗にも敏感だった。

 子は神々に祈願した。お願いです。僕に怪物をやっつけさせてください。


 月の神が槍を授けた。お前がそれを持ち上げれば、槍は敵を貫くであろう。

 槍は重い。子は踏ん張った。何としても持ち上げようと踏ん張り、ついに槍を持ち上げた。


 子は怪物に立ち向かった。

 槍を突けば、牛にして猫の怪物を貫いた。

 七歳になる前の子が、殺すに至ったのだ。


 月の神は別称に「突き」と呼ばれる。

 その土地は今も、牛にして猫という意味の、変わった名前で呼ばれている。


 このときの槍が、ぶちぬき丸の起源である。



 探索者は謂れを知らない。

 番人も謂れを知らない。


 決着があった。

 槍は番人の手持ち盾を割り、剣を破り、身体を後ろへ吹き飛ばし、胴に穴を開けて、壁に突き刺さった。


「なあ。探索者」


【探索者は、第一の番人、名も無き兵士を破りました。】


「俺は、倒れなかったな」


 末端から光の粒に消えてゆく。

 槍と壁とが番人の身体を立ったまま支えていた。


「そうらしいな」


 探索者ヴィクロムは見送った。

 第一の番人は戦化粧を施していた。

 打ち勝つ敵対者への最後の敬意である。



 光の粒に消えてゆく耳に、ひとつの声が届いた。


「力がほしいか」


 番人に悔いはない。全力を尽くした。


「あなたは、無名の兵士には思われない。あったのではないのか。名声をなす機縁が、あなたにありえたのではないのか」


 第一の番人に、ある光景が思い出される。

 経験したことのない、ありえたかもしれない光景が、思い浮かぶ。


「たしかにありえたかもしれない。あなたは何なのか。何者か」


「ひとまず私のことはレブと呼べ」


 番人が戦った探索者の、後ろにいた者である。


「いや何やってんのお前」


「言ったではないか。ヴィクよ。君の前に多くの苦難を置き、危険をもたらす、と」


 二者の会話が遠のき、番人は過去を幻視する。



 兵士は、町の広場で冠を授かっているところだった。

 一家の守り樹の枝で編まれている。


「スティリルで、私は、あった。

 これよりお前が、スティリルである」


 知者たちの立ち会いのもと、先代が冠と小剣を与える。

 武装隊商の跡を継ぐ儀礼だ。


 これは夢だ、と次代は思った。

 武装隊商の生業など身につけていない。

 文字と数字とを少し読み書きする程度だ。


 まぼろしは続く。一人前の武装隊商として他の商人とともに、武家の指揮のもと遠くへ出た。

 河を上った。河を下った。物品を交換し、客と語った。


 ありえたかもしれない生活が、偽りらしく速やかに過ぎてゆく。


「あなたは負債を果たした」


 声を聞いた。

 凛とした、武家の娘の声だ。

 輿に姿を隠して座している。


 スティリル襲名者には、その声の主が判別された。


「もはやあなたは戦う義務を負わない。

 好きなようになさい」


 スティリルは答えた。


「はい。好きなようにします」


 すると、夢の世界は砕けた。

 光はなく、闇はなかった。

 スティリルは武家の娘に言った。


「私がスティリルとしての職能を身につけたとして、今、私が望むのは、これだけなのです。

 私は戦いたい。

 王や神々のためという義務を解かれても、戦うために戦うことを、私は欲します」


 厭うべきことを告げる調子で言った。

 かれは愚か者だった。

 娘は言った。


「きれいだ。

 よく似合っているよ。

 戦いのために戦う行ないは、わたしに好ましい」


 野火を煽り自らを焼きながら、次なる芽を準備する花が好きだった。

 脅威を知って退かない人の子が好きだった。

 少女は、死にゆく者を愛していた。


「お別れです。わが慕わしい魔王様」


「お別れだ。わが愛おしい兵士よ。

 最後にわたしから祝福を与えよう」


【迷宮管理者権限において、第一の番人の任が解かれました。】

【迷宮管理者権限において、固有名をもつ者としてスティリルが宣言されました。】

【迷宮管理者権限において、スティリルは祝福されてあれ。】


 魔法の完成だった。

 祝福すると述べると、祝福することができる。



「悪く思うな、探索者よ」


 ここは迷宮である。

 第一の番人だったものが動き出した。

 光の粒に還りかけた身体が、再び形をなす。


「もう俺は第一の番人ではない。この戦いを戦いのために捧ぐ。

 わが名はスティリル。

 べつに俺を倒さずに先へ進んでもよい」


 探索者ヴィクロムは言った。


「いや、倒す」


 かれも愚か者だった。愚かだから、愚行に応じた。

 必要もない第二戦が始まる。

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