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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
歌われた神々の栄光
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栄えある帝国の神話

 たとえ記録が焼き捨てられてもその物品が残っていれば、残虐を享楽とした帝国の退廃を語るに足りると、後世に評されている。

 時限式鳥人固定杭打ち機である。


「殺さないでください」


 古代において国家の滅亡とは祭儀の途絶のことだった。のちに普遍と冠される大帝国も、そのときの状況に応じた体制を有していた。

 ひとつの暦と度量衡を広め、諸地方の祭儀を秩序立てた。

 尺度の統一は物品の製造にも都合がよい。技術が停滞する古代後期になっても、嗜虐と悪意を模るには十分だった。


「助けてください」


 有翼人が、枠状の器具に固定されている。

 眼前の射出装置に杭が据えられ、胸の中央に先端を向けた。


 誰も有翼人をかわいそうだとは思わなかった。


「はは、助けてくださいだとよ」


「もがいてみろ、抜け出せないとも限らんぞ」


 枠に固定された者は、わずかに身動きがとれる。身体を動かすと、杭が落ちそうに揺れる。希望をかけて身体を揺り動かし、観衆を楽しませるように設計してあるのだ。もがけば滑稽な印象を与え、残虐刑への期待を高める。

 石が投げられ、処刑装置よりも手前に落ちた。


「殺さないでください。私は殺されるべきではありません」


「有翼人に殺されるべき市民だって、一人もいなかったんだぞ!」


「お仲間に言え、助けを求めてみろ!」


 あざける声がする。

 帝国の人間たちは有翼人たちへの対抗策を得ていた。鳥人捕獲網や鳥人骨折棒である。

 有翼人を落とし、飛べなくするのは、ほぼ手順が確立された作業だ。


「死にたくない。死にたくないよ」


 横で、かん高い金属音が鳴る。

 杭を射出する装置のかたわらには、金属板が並べられており、一定時間ごとに打たれて経過を示す。

 盛り上げるためでもあり、固定された者を苦しめるためでもある。


「いやだ、いやだっ! 死にたくない、助けて! お願いします何でもやります助けてください」


 取り乱し、声を張り上げて枠を揺さぶった。もちろん抜け出せないように作ってある。

 地上の誰も、かわいそうだとは思わない。

 上空から声がした。


「私が、イェメーキが来たぞ! 皇帝の卑劣なイヌども、覚悟!」


 見かねて助けにきたのは、空の同胞だ。

 死にゆく者を笑う地上人めがけて、勇猛な有翼人が急降下した。


 一人を掴み、周りへ振り回す。

 地上人たちが数人吹き飛んだ。


 枠に固定されていた有翼人が叫んだ。

 あげた声は喜びでも、応援でもない。


「いけない、イェメーキ、逃げろ!」


 警告である。

 助けにきたイェメーキが優位をとったのは、最初の二、三の攻撃だけだった。

 すぐに、帝国人たちが武器を持って近寄る。捕らえた。叩きのめした。


 手順通りに無力化され、引きずられてゆくのを、拘束されたまま見送った。

 有翼人のもとへ役人が近づき、射出装置から杭を外した。


「ご苦労だ、鳥人。よくおびき寄せてくれた。じつに見事な働きだな」


 役人は嫌みたらしく話しかける。有翼人は答えなかった。

 有翼人は、杭打ち処刑を免れた。


 帝国人たちは、有翼人を無力化するための作業手順を確立すると、いかにおびき寄せるかを考えた。

 目立つ残虐刑により、助けに来させることを考え出した。娯楽も兼ねる。

 助けに来た有翼人もまた、使用される。


「助けてください。何でもやります。いい心がけだ。

 自分で誇り高いと思っている者は、黙ってあっさり杭を受ける。

 生き残ろうとしたら、泣きわめいて仲間を引きずり込むしかないのになあ?」


 希望の見えない戦いは帝国の美徳を荒廃させた。

 永遠の栄光を担う自負はもはやない。

 たとえ記録が焼き捨てられてもその物品が残っていれば、残虐を享楽とした帝国の退廃を語るに足りると、後世に評されている。




「衰退期の帝国を象徴するエピソードだそうだよ。

 一方で、わたしたちと戦っていた頃を理想の時代とするのだから笑っちゃうね」


 石や苔が光を放ち、広間を幽かに照らす。

 ここは迷宮、無形魔王城である。


「昔からこういうことをやっていた。

 わたしの知る帝国兵は殺害や破壊や残忍を互いに競い合った。

 虜囚に、生存に値しないとつきつけた。

 蛮行を秩序立て、手順化し、整えた」


 小さな魔王は寝椅子に横たわって、側頭の髪を手櫛ですいた。

 もう片方の手は傅く男に委ね、爪を削らせている。


「我が王。個々の人間が勇気や献身を示すさまが、最後の輝きと讃えられます。

 これらは、かつて蛮族の戦法として記されたものでした」


 鎧を着た戦士、利剣(リツルギ)が、主君の爪にやすりをかけつつ、答えた。

 小さな愛らしい手は、一世界を従える威力をそなえている。

 繊細な作業であり失敗は許されない。不快を与えれば、かれは報いとして生爪を剥がされよう。魔王はいつになく上機嫌とはいえ、王の義務としての制裁を怠ることはない。


「蛮族の地、濁流の血が、むしろ高潔な精神を代表した。たしかに皮肉と言えましょう。

 文明化、つまり同化は大帝国の国是だった。輝かしいはずの中央が悪徳にふけった。見すぼらしいはずの辺縁が美徳を備えた」


 興隆期から最盛期の帝国は、外敵を取り込んで膨らんだ。

 彼女の支配域は初期の獲得地にあたる。早くから同化が進められ、のちに帝国を支えた。


「やがて高潔な精神を失ったのですか。高潔な精神とは何なのですか? 存在しましたか?

 栄光も堕落もなく昔から同じことをし続けていたのではありませんか。

 帝国は美質ある土地の子らを吸い上げて使い、かつあなたを貶めます」


 語りに困惑し憤りながら、不得意な手作業を行なった。

 魔王は口角を少し上げてから引き締めた。


「残虐や退廃を認めるとして、明るい面を忘れてはならない。

 末期の時代をわたしが生きれば、早くに惨たらしく殺されたことでしょう。

 豊かな生活は確かにあった。精神の余裕は確かにあった。燃える理想は確かにあった。

 だから、何かが異なっていたことになる。何かというか祭儀の効力ね。

 国是を信じさせる祭儀の効力を失った」


 古代において国家の滅亡とは祭儀の途絶のことだった。


「昔むかし、人が獣のようだった頃、吠え声や鳴き声が人を支配していた。あるとき、人が吠え声や鳴き声を支配するようになった。

 人が縄張りを争うとき、吠え声や鳴き声は力を持たなかった。腕、拳、石、棒が力を持った。人は喋り、罵り、殺した。

 やがて殺すのが嫌になり、吠え声や鳴き声に支配力を返した。声は人を支配し、殺戮をやめさせた。

 だから、今ある人の言葉は、ときに効力ある声として人を操り、ときに意思の仲介として人に操られる」


 獣たちは、互いに傷を負わずに縄張りを争うすべを知っている。

 人間たちは、そのすべを改変することができる。増やすことができ、やめることができてしまう。


「言葉の起源譚ですね。というより、祭儀の効力の起源譚ですか」


「しかり。祭儀の効力の一つだよ。

 大したものと信じることができた。殺し合いを避ける社会秩序を信じた。不可避かつ最小限の戦争を信じた。

 単なる誤った信条には留まらなかったね。支配域の安全や栄光は、間違いなく存在した」


「永遠の栄光と名声のため、それが夢まぼろしだとしても、励むことができたのですね。効力の喪失とともに、それも失われました。衰亡後の混乱でさらにはっきりします」


「のちに帝国の後継を名乗る者は現れ続ける。いくつもの皇統が生まれては絶え、後継国家と呼べるものはもう存在しない。

 かれらが戦った理由は、栄光と名声とは継がれたか?」


 王は笑みを浮かべた。

 形式化された神と、等身大の人との中間にあたる表情は、先古典(アルカイック)期の特徴である。

 喜んでいたか。悲しんでいたか。愛おしんでいたのか。


「後代において語る者による、普遍という贈り名をもって、回答とする」

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