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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
歌われた神々の栄光
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最後の栄光の歌

 ウル河畔に、急速に城が建てられた。

 築城魔法である。

 魔法行使に土地利用の正当化を含まなければならない。築城の成功は、帝国の土地が反乱軍に落ちた証だ。


「神殿建設認可儀礼による王権承認の、焼き直しか」


「知っているのか。レブ」


「イル・ドウァリアには帝国時代以前から王権交代の信仰があった。正しくない王の代わりに、神が正しい王を連れてくる。

 王が敗れても、簒奪者が王権儀礼を正しく行なえば、神官や行政官は受け入れることができる」


 即位式と一体の儀礼として、神官を介して神の認可を仰ぎ、特別な神殿を建設する。建設を神が認めて、はじめて王となることができる。

 その神殿で毎年の儀礼を行なう習わしだ。


「帝国は行なっていたのかな」


「二、三回しか行なっていないはずだ」


「だめじゃん」


「ウル人からすれば、その結果がこれなのであろう」


 ウル勢の、特に神官層の言い分である。

 正しく祀らない支配者は正当でなかった。よって退け、新たに皇帝を立てた。戦いに勝ったら、城を建てた。

 神に等しい皇帝が座すための城砦をもって、神殿とした。かつて行なわれた神殿建設の規定は帝国支配下で失われていた。


 帝国の民はそのような意味合いを知らない。知らずして、支配域の喪失を明確に理解した。

 城の外観からして中央と大きく異なる、南東方の様式なのだった。


 この城は破壊と二度の修復を経て、当世にも存在している。




「おい。起きなよ。お兄さん」


 肩を叩かれて、男は頭を上げた。

 ここは迷宮である。無形魔王城である。


「気をつけな。よくある話だろ。こんなところの陽気な飯屋で寝るなんて、化け物に食われかねない」


 迷宮には魔物が潜む。ときには敵対者ではないかのように振る舞う。


 教訓を含む怪談だ。

 不自然な場所の飲食店で楽しく酩酊する。気づいたら周りの客に、刃物を持って迫られている。偶然のきっかけで逃げ出すことができる。

 飲みすぎるな、異界で慢心するなと戒めて終わる。

 物語の中で都合よく逃げ出すことができるのは、逃げきれなかった者は話を伝えることができないからに過ぎない。


「あなたたち両人によって私は助けられました。私を目覚めさせた、あなたたち両人を、夢の中で私は見ていました」


「古典の逐語訳かよ」


 男を揺り起こした迷宮探索者、ヴィクロム・インヴィットは言った。


「きみ。失礼であるぞ。喋り方をもって人を侮るな」


 吸血者レブがたしなめた。続けて、寝起きの男に言う。


「われわれ両人は、あなたを心配していた。だから、あなたが夢に見るのは自然なことだね」


 夢にまつわる伝承だ。何かを伝えようとしている人物が、夢に現れるのだという。


「それか、たった今俺たちの方がその夢の中からここに移動したのかもしれないな。迷宮夢現越境現象ってやつだ」


 迷宮夢現越境現象とは、迷宮内での移動や階層遷移が、夢の中から現実またはその逆の移行として生じる現象である。

 夢を見る者と移動する者とが一致しないケースは比較的珍しい。


「あなたたち両人が、私を起こしたことは、大きな対価に値します。両人、私の店で休んでください」


「あなたの店だったのかよ。化け物呼ばわりしてすまない」


 三人は店に入った。

 狭そうで広い部屋だった。

 客がいないため、いっそう広く見える。


「夜遅く、この店は人々により満たされるのを常とします」


「なるほど。互いに親しい十人あまりで盛り上がるのによさそうだな」


 店を見回して、ヴィクロムが言った。


「また、かの妖怪〈おいちゃんお話して〉が、この店に出ます」


「妖怪? 子供の姿で、人足や漁師や旅人に面白い話をせがむ妖精か。人探し塚なんかに出るっていう」


 物語せがみ妖精が出る店は繁盛するといわれている。そのような店は神殿に寄進し、また、面白い話を蓄える。なお妖精と職能的な物語師とは相性が悪いらしい。

 人探し塚は、人の名前や特徴を記して探すための塚である。待合せ場所にもなる。妖精は迷子を連れて行ってしまうため、人探し塚から追い払われる。


「きみ。この店には、優れた武勇伝があるのではないかね」


 レブが尋ねた。


「なんと。あなたにはお分かりなのですね。この店の初代は、商家の生まれでした。英明帝たちの世の、河を行き来した行商に、系譜が辿られるそうです。

 世の荒廃ののち、この店において行なわれた恐ろしい戦いの中の、武勇の物語があります」


「英明諸帝とは大昔だな」


「しかり。大昔に辿られると伝説はいいます」


 小さな食い違いがあった。店主のいう大昔は二百年というところである。探索者ヴィクロムにとっては数倍の大昔だった。


「英明帝たちのあと、反乱に反乱が続いてから、やっと栄えある皇帝が一人のみ立ちました。その矢先のことです」



 地獄が顕現した。

 破綻した帝国を末端の献身がかろうじて支えた、歴史の中の一幕だ。


 外敵は山岳から降りてきた。

 有翼人たちである。飛行補助布を身につけ、高効率で長く飛んだ。紡績技術が独自の発展を遂げた成果だ。

 地形を無視し、注意の外から襲いくる敵を、帝国は初めて経験した。


 東方辺塞のウル城が陥落した。偽皇帝に建てられ、真の皇帝が奪回し、今、残忍な蛮族が占拠した。

 城を拠点にして、有翼人たちはさらに帝国内部に入った。

 回復したはずの皇帝の威信をもってしても止められなかった。


「貴重な助命の機会でぇーす。

 いま吊り下げられている、かわいそうなかわいそうな地上人さんに朗報〜。

 斬新で面白い命乞いができたら助けてあげま〜す」


「殺すなら殺せっ。我らは一人として敵に媚など売らぬ!」


 足を掴まれ、有翼人の羽ばたきごとに兵士から地上が離れていった。

 兵士の視界に、街の見張り塔の屋上が入る。

 塔の高さを兵士は知っていた。それよりも高くから、落ちようとしているのを理解した。


「そうなんだ。じゃーね」


 有翼人が兵士を放した。重力が地面に兵士を引き寄せる。


「ああああああ!!」


 空中で手足を動かし、何にもすがることができなかった。

 舗装された道路が兵士の頭を破る直前、兵士は上昇を知覚した。

 助かった。


「命乞いする気になったかなあ? それとももう一回?」


 助かっていない。

 有翼人にふたたび持ち上げられていた。


「たっ、助けて、助けてくれ!

 何でもする。財産もいらない、奴隷にでもなる!」


「それ聞き飽きた〜」


「助けてください。お願いします。娘がいるんです」


「ふーん。何だ、それ。あんたの娘って食べられるのか?」


 兵士は沈黙した。

 羽ばたきが繰り返され、高度は増した。

 兵士が小さな声を出した。


「自分を殺せ。家族には手を出さないでください。ひっ!?」


 肩を掴む力が緩められた。兵士は恐慌をきたした。


「嫌だ、嫌だ、死にたくない、助けて」


 有翼人が応えた。


「今のちょっと面白い」


「だったら」


「じつは助命の時間は終わったんだよね。一回落とした時点で終わりさ。

 面白い命乞いが聞けそうだから拾っただけだよ。はい死ね〜」


 ふたたびの落下を、誰も止められはしなかった。

 恐怖の声に続いて、少し湿った、重い衝突音がした。


 地獄が顕現した、と現実を地獄になぞらえる言葉には転倒がある。

 死後の裁きを説く思想は、外敵による首都近郊の攻撃と前後して広まり発展した。人は正しい道義を忘れ、悲惨に落ちぶれる。むごい目に遭うのは、神々や祖霊を蔑ろにし、退廃に溺れたからに違いない。

 地獄は、凄惨な現実から生まれ出た。



「うろたえるな、ガキども。

 背中を見せたら俺が膝を射抜いてやる。

 戦って死ね。虫として弄ばれるために生きてきたんじゃあないだろう!」


 戦う者がいた。

 高邁な理念のためでなく、貴族の利益のためでなく、ただ必死に戦う者がいた。

 思索のうちに滅ぶ代わりに、現実をあえて直視して、ただ必死に戦う者がいた。


「聞け。終わった跡に鳥串屋が建つ。そこに勇敢な戦士の唱歌が伝えられるだろう。

 そして笑えるオチがつく。マヌケが逃げて何一ついいところなく死にました。お前らのことだ、泣き虫の弱腰のびくびく野郎ども!

 お前たちは戦い渋るから、永世の笑い者だ。わかるか。

 格好つけたいなら、今さら尻尾を巻いて逃げるな。故郷が恋しいなら、奴らを生きて通すな!」


 兵士たちは踏みとどまった。戦うほかなかった。


「戦えばお前たちは、何百年も前の、魔王戦役の神々しい英雄たちに肩を並べる。

 なあ。フェグス。カルン。エノン。

 勇敢な戦士は死なない。歌になって生き続ける」


 破綻した帝国を末端の献身がかろうじて支えた、歴史の中の一幕だ。



「そのような時代でした。

 それ以来、この店に、諸々の愛唱歌が伝えられて今に至ります」


 店内照明が三人を照らす。

 ここは迷宮である。無形魔王城である。


「節ごとに交代しつつ、愛唱歌を人々は歌います。

 戦士の名前が一人歌われるにつき、そのとき歌っている者は酒を一杯飲みほすのです」


「あっそういう宴会のやつなんだ」


 戦士たちは小集団で戦った。

 戦士たちは市街や林に紛れ、遮蔽物を利用した。

 はるか昔、初期の帝国が対峙した、蛮族の戦法に似ていた。


 一つの物語が終わり、一つの文明が崩壊するとき、かれらは戦い続けた。帝国末期の、最後の抵抗だ。

 かれらは滅びると、語る者聞く者には最初から知れている。神々は人間たちを信じるほか、何もできない。

 だから人は歌ったのだ。



 気高い隊長 ウルシル生まれのウィルの子エーリのもと

 フレル生まれのフェグス うめき声もあげなかった

 力持ちのカルン 持ち上げられないものはない

 そして勇敢なるエノン 誰より臆病とそしられ 誰より勇敢に戦った


 フェグスに乾杯 エーリに乾杯 力持ちのカルンに乾杯 最後の戦士たちに乾杯

 エノンに乾杯 三度の敬礼とともに乾杯

 飲めや歌え 吐いては食らえ 明日をも知れぬ身の人の子なれば

 乾杯 乾杯 乾杯

 明日をも知れぬ身の人の子なれば

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