向こう見ずの第一歩
「これが無形魔王城か。入ってみよう」
迷宮である。
幽玄歴詞根ペルペトゥアと大きく変わらない。
「小部屋があるぞ。
魔力点五ポイント消費、スキル索敵、スキル危険予測、スキル罠探知を使用する」
探索者ヴィクロム・インヴィットはスキルを使用した。
小部屋には罠があり、敵があった。
「ふーん。入ってみよう」
探索者は小部屋に入った。
入口が音を立てて閉まり、施錠の音が鳴った。
敵モンスターが現れる。
小部屋に、数十体の怪物たちが湧いて出た。
土や壁の中にも複数の気配がある。
探索者はつぶやいた。
「やはり罠だったか」
「ふふふ、あははは、あーっはっはっはっ! 今の見た!? ねえ今の! 利剣は今の見た?」
迷宮最奥部である。
満悦の魔王が、傍らに立つ戦士をぺちぺちと叩いた。
「拝見いたしました」
かつて、先古典世界で、魔王の確立した支配域は緩衝地帯にあたったと当世の識者は考える。
のちに普遍帝国と呼ばれる南方の部族連合にとって、怨恨はあっても、わざわざ攻め入って統治するほどの利得はなかった。
これを魔王なる個人が制御した状況と捉えるのはおそらく過大評価で、そして過大評価というものは伝説にありがちである。
伝説の魔王は、自身を殺しても利益にならないよう図った。
伝説の勇者は、利益を度外視して殺しに来た。
「罠があると確認してから入った。最高! わたし身体が火照ってきちゃったあ。リート、剣をとれ。わたしが立てなくなるまで斬り合うよ」
「己が先にへたばりそうですね」
「知らないよ。あなたの脚が折れようが、あなたの腕が折れようが、わたしが立てなくなるまでやるって言ったの」
洗練された所作で腕を振る。手には何も握られていない。
幼い王は剣を構えた。
王は、蛮勇が大好きだった。
入口から第一の罠の小部屋に、一人だけが立って残った。
「ああ、手間だった」
探索者ヴィクロム・インヴィットである。
多種多様の怪物たちが倒れ、順に光の粒となって消えてゆく。
探索者は気息を整え、小部屋に置かれたものを見出した。
組んだ土台に棒を二本立て、横に棒を渡し、横棒の半ばから縄を下げ、縄は下端に輪を作る。
簡易な首吊り台である。
しかも使用中だった。人が吊り下がっている。
「うわっ」
ヴィクロムは台を破壊して、吊られた身体を下ろした。
「たぶん尋常な人間じゃあないんだろうな」
身体を寝かせる。
歴史上の魔王が生きた時代にこの種の首吊り刑は存在しない。なぜ迷宮にこの装置があるのか。
首から縄を外しながら、ヴィクロムは考えた。
その手首を、首吊り体の腕が掴んだ。
ヴィクロムは掴んできた腕に関節技をかけた。緩まない。折った。緩まない。
首吊り体の爪が、探索者の腕を傷つけた。
「げっ。吸血者だ」
吸血者は魔術師の一種で、血を吸い、眷属を増やす。
首吊り刑と同じく、中古代よりも遡れない。古代帝国の衰亡後に生まれた怪物である。
ヴィクロムは、自身に状態:吸血が付与されるのを知覚した。
首吊り体、生きていた吸血者は、起き上がった。
「おはよう。奴隷くん」
「残念ながら俺はお前の奴隷ではない」
探索者は返事をした。
状態:隷属が付与された。
状態:血流共有が付与された。
状態:吸血者化・仮が付与された。
怪異に返事をしてはならない。
「ああ。いいお人だな。礼節の上で、招待なしに侵入をしない方針なのだよ」
ヴィクロムは舌打ちした。
魔力点を二〇ポイント消費し、スキル詐術、スキル回復、スキル取消、スキル造型を使用する。
「お前は、この身体に傷をつけて血を吸うことができていない」
ヴィクロムはそう言って、無傷の腕と、爪跡のついた偽の腕を見せた。
「お前が爪を立てたのは、土でできた偽の腕だ」
「吸血が起こっていない。そう言うのだな。すると、この身体に君の血が入っていたら、君の言葉は破綻する」
「その身体への俺の侵入を認めるのか。スキル従魔や魔力簒奪を使ってやってもいいぞ」
吸血が起こっていないという主張を通せば、状態付与は消滅する。
起こっていると証せば、探索者が大きな権限を持つ可能性がある。
「従魔は吹かしすぎだ。通用するはずがなかろう」
吸血者は笑って言った。
「今のところ君の主張は通してやる。助けてもらったのであるからな。旅の道連れになってやろうか」
吸血者は腕に爪を立てていなかったことになった。
状態:吸血者化・仮が消滅した。
状態:血流共有が消滅した。
状態:隷属が消滅した。
「おお。ついてこい。なんて呼べばいいんだ」
「どういう名前で呼ぶことを望む?」
魔術師たちや長命者たちは一般に、いくつもの呼び名を持っている。
「ヴで始まらない名前がいい。俺がヴィクで、被るから」
「レブと呼びたまえ」
吸血者レブは、探索者ヴィクロム・インヴィットの仲間に入った。
レブは言った。
「誓って、このレブは、君の前に多くの苦難を置き、危険をもたらすであろう」
「なに呪ってきてんだよ。やめてくれよ」
「魔術師の誓いだ。このレブ、破れば死ぬ」
魔術師が死にうる、数少ないケースの一つである。
誰かのために命懸けで誓うのは友情の表明にもなる。
「初対面で重いよ」
「ゆえに、害をもたらす内容にした」
「迷惑すぎる。助けなきゃよかったかな」
「このレブがいるからには、迷宮探索も捗ろう。一区切りつく階層節まで行く」
到着した。
「ここが第一節の終わりか~」
通路の先に、開けた部屋があった。
階段のたぐいは見当たらない。
部屋の中央には胸像がある。いかにも古典古代の様式だ。
胸像が喋った。
「ようこそ。私が第一階層第一節の番人である」
喋るごとに、顔のあちこちにひびが開いては閉じていた。
「これどうなってんだ」
探索者ヴィクロムは胸像に近づいて観察した。胸像は喋り続ける。
「攻略者は、小試練を受けることができる」
「ていっ」
ヴィクロムは胸像の頭頂部を剥ぎ取った。
「君、何をするか!」
レブが叫んだ。
「見てくれレブ、頭の中身すごいぞ」
「数々の試練を乗り越え、戦士は歌となって名声を残すものである」
喋り続ける。
二人は胸像の頭蓋を覗き込んだ。
そこに、戦場があった。
広大な平野に河が流れる。河畔に二つの軍隊が向かい合う。
帝国軍の六万四千と、南東方王国の四万とが、ぶつかろうとしていた。
皇帝の栄光を高め、拡大を続けてきた、歴史の中の一幕だ。
普遍帝国の領土限界を決定することになる戦争の、重要局面である。
「なんで胸像の頭蓋の中で、歴史的戦闘であるオルヴェラの戦いが起こっているんだよ。ここはもっと昔の魔王にゆかりの迷宮だろ」
「なんと、ここは魔王ゆかりの迷宮だったのか」
「知らなかったのかよ」
ここは迷宮、無形魔王城である。
「英雄たちは不朽の名声を歌い継がれる」
第一階層の節に、胸像が待ち構えていた。その頭蓋が、魔王の時代よりも後の帝国の戦闘を収めていた。
「入ってみよう」
「は?」
探索者ヴィクロム・インヴィットは、頭蓋の中に飛び込んだ。
一瞬あっけに取られてから、レブも後を追って飛び込んだ。
二人は、次の階層節へと進んだ。
【第一階層第一節が攻略されました。ここに功績を賞します】
【あなたは称号、第一歩を獲得しました】




