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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
歌われた神々の栄光
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プロローグ:死にたくないと兵は思った

 死にたくないと兵は思った。

 生気を失ってゆく手を、別の手が握っていた。


「手負いの戦士とともにいるよりも、すべきことがわたしにあると人は言う。無いな」


 この方に何も返せないまま、死んではならない。わが王の役に立てないまま、死ぬわけにはいかない。



 今となっては神話に近い、歴史の中の一幕だ。


 厳しい土地は人間をたくましく育てる。

 畑を耕し家畜を追い、養いきれない子らは外界へ商いや戦いに出る。

 戦場に身を置く戦士たちは、他の氏族と競って突撃し、競って退却する。


 この兵は死に瀕して初めて、相対する侵略軍なる一つの生命を認識した。

 侵略軍を飲み込む、とても大きな、畏れ愛すべき森や沼や谷を認識した。

 ただ必死に走り回った兵たちが、知らずに形成していた秩序を認識した。

 今この手を握る王の指揮のもと、厳しくも優しい土地の神々は、供物を平らげたではないか。


 ぼやけた視界の中の王には、本来あるべき角が欠けていた。


 王たる資格を失っているのか。違う。

 戦争が則るべき軍礼を、敵軍が蔑ろにする秩序を、彼女は正しく踏み行なった。

 彼女は支配者だった。


 王は在るだけで神話を体現する。


 死にゆく兵は見た。

 その角を削り折られるとき、彼女は闘志を堅く保った。

 頭を垂れよと少女は言った。そして都城は崩れ落ちた。

 伝え聞く痛みと怒りとを、戦士は痕跡から見てとった。


 先王のもと、戦士たちが正しく戦っていれば、この王は虜囚の辱めを受けなかった。

 義に背いたその戦士たちを、王は見放さなかった。

 始まりつつあった氏族対立を収め、向けるべき矛の先を示した。隣の不心得者よりも憎むべき遠くの侵略者たちを示した。

 畏るべき神々の威力を、示した。


「わたしのために戦う者をひとり死ぬに任せて、すべきことなどない」


 誰にでも言うのだろう。だから、この取るに足らない雑兵さえも、愛おしんでやれるのだ。

 戦死者の扱いは士気を左右するからか。違う。

 王だからだ。


 兵は、師の称号を継ぐこともなく、父母の職能を継ぐこともなかった。

 功をなすため戦場を選べば、功もまたくだらないと冷めていた。


 死にたくないと兵は思った。

 世評のためではない。名誉のためではない。

 得るためでなく、義理に報いるため、この生命を使ってもらわなければならない。


 王と祖霊と神々とを侮る者どもを、一人でも多く道連れにせねばならない。


「役に立てなかったと言いたいのか。

 お前はよく戦った。お前自身が思う以上に、わたしには、お前がいてくれてよかった」


 身にあまる言葉だ。まだ兵は何も返していない。気づかないままに道具として動いただけではないか。

 期待を受け充足を感じて戦いたい、と兵は願った。


 内から突き動かす欲望と、外から整えられた運命との一致した、使命として、戦うのだ。

 気づくには遅すぎた。このことを師や将たちはさんざん説いてくれていた。闘志をたぎらせるほどに、血が身体から流れ出た。


 このように、後悔の中で、兵は生命を失った。

 たくさんのありふれた悲しみの一つである。




「ある人々は動物犠牲の機能を論じる。

 苦痛は共感されるのだという。

 自分がよく知っている害を誰かが被れば、日ごろ嫌う隣人であっても、憐れみを催す。

 誰もが惜しむ犠牲は、誰もの心を一つにする。

 これが動物犠牲の機能だと語る。

 祭儀を失った人間がぶち上げるにしては上出来な話ね」


 石や苔が光を放ち、広間を幽かに照らす。

 ここは迷宮、無形魔王城である。


【迷宮管理系作動中】

【召喚が成功しました】


 これは夢だ、と彼は思った。

 壇の上の少女に、彼は見覚えがなかった。


「象徴や機能は後付けにすぎない。

 論理の上で、儀式次第は宇宙法則に先行する。

 言葉にするとかえって難しくなるのねえ」


 何者なのか、彼には直ちに分かった。


「わが王」


 髪を二つに結んだ彼女は、支配者だった。


「然り。()が王である。

 あなたは、五代目スティリルの子として生まれ、個人名や父称や称号を持たない。

 ふらふら(チェルクル)と呼ばれた戦士でしょう」


「ご存じなのですか」


「わたしは、わたしのために死なねばならなかったすべての人間を覚えている。

 あなたには力が欲しいか」


「いいえ。私に欲しいのは力ではありません」


「あなたには名声が欲しいか」


「いいえ。私に欲しいのは名声ではありません」


「あなたに欲しいのは何か」


「私には、十分に与えられていました。私に、返礼をさせてください」


 兵は後悔の中で生命を失った。

 この方に何も返せないまま、死んではならない。わが王の役に立てないまま、死ぬわけにはいかない。


「そのようにあれ。

 だから、わたしはあなたを喚んだ。

 太陽、太陰、南天、十字は三重なり

 草木の季節を巡らしめ 海の潮を巡らしめ 宙吊り王を巡らしむる 天則は現れ出でよ

 万有を我が掌中において

 示せ

 あらしめよ

 知らし召せ」


 魔王は呪文を唱えた。

 すると、手中に剣が在った。


 研ぎ澄まされた刃が輝く。

 全体に彫り込まれた文様が古代を想起させる。

 柄にまじないの宝玉があしらわれている。


 儀礼用の剣である。


「わたしは問う。

 郷土なき今、あなたに戦う義は失われたか」

「否」

「民なき今、わたしに王たる義は失われたか」

「否」

「祭儀なき今、神々に神々たる義は失われたか」

「否」


 その洗練された動きの連なりを、今や誰も理解しない。

 無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き、すなわち儀礼行為である。


「戦いに出る未来、あなたは倒れるか」

「否」


 出陣準備の儀だ。


 王はわずかに笑みを浮かべた。

 形式化された神と等身大の人との中間にあたる表情は、先古典(アルカイック)期の特徴である。

 彼女は愛おしんでいた。


「立ちなさい。魔王の名において、あなたを迷宮の番人に任命する」


 これは夢だ、と彼は思った。

 何でもよい。果たせなかったことを、果たすのみだ。


 そして、使命が在った。


【迷宮管理系作動中】

【最上位権限の行使を確認】


【第一の番人が配置されました】

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