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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
過去編は語り直されよ
24/59

「最も強い言葉でお前を追放する」

 物語にはお約束がある。


 禁忌が定められれば、破られなければならない。


 学園迷宮〈時空(ジクウ)円周城(エンシュウジョウ)コーギトー〉の地下道は、混雑した表通りを避けて外へ繋がる。

 亜竜人ヴィクロム・インヴィットに向かって、魔王は言った。


「こんなに速やかにタブーを破ることある? 三日ぐらい待とうよ」


 その身体は発光していた。

 白シャツ越しに不可思議な図形が浮かび上がる。


 胸部と腹部とに空白を残して、胴体じゅうに蔓状の複雑な紋様がほのかに浮かび上がる。

 最下部で一対の蜥蜴が口から蔓を吐き出す。


 吐き出した蔓の一部は胸部を越え、頸を縦断して、片側の頬まで届き、萼を模って眼を戴く。

 大部分は胸から腹にかけてを埋め、互いに交錯する。

 一部は下へ曲がって対の蜥蜴自らの身体を編む。動脈に血を送り出し静脈から血を吸い上げる、生者の心臓に似ていた。


「闇の中にわたしの胴を見るな、と言った。明るい場所から暗い場所に移ると光るの」


「こんな禁忌が回避できるわけないだろ。

 蛍光の紋を入れるな」


「似合わない?」


 城塞が独立してできた諸領の、森の神は、口から蔓を吐き出して彫られた。同意匠の海の神は、波か触手を吐き出す。

 人は無限性に異界を見た。


 かつて栄えた商業都市の、異界の母なる蛇の魔女は、下半身が何本もの蔓に分かれた姿を有する。

 人は繁茂に生命力を見た。


 有史以前の彫刻で、頭領に権力を授ける女神は、枝分かれして曲がり花実をつける杖を掲げる。

 人は王杖に世界樹を見た。


「似合っている。あなたは諸世界を束ね、金銀を帯びる」


 言いながら亜竜人は、ある種の紋様を想起したと付け加えるのをためらった。

 魔王は言った。


「世界紋の安売り品を、あなたは見たことがあるはずよ」


「淫紋か。ちょうど言おうか迷っていた。知己の魔物にあったな。あの子は今どうしているんだろう」


「死んだんじゃないの?

 そんなことより、わたしは去らねばならない。あなたが軽はずみにも禁忌を破るからである」


 物語には、お約束がある。

 禁忌を破れば、別れ離れなければならない。


「聖女が証人となるでしょう」


 するとノイズとともに軽い音が鳴り、上から声が響いた。

 校内放送である。


「聖女が、定められた禁忌を証するのです。禁忌が破られたことを認め、あなたを〈時空(ジクウ)円周城(エンシュウジョウ)コーギトー〉から追放するのです。どこへなりと行くのです」


「なんて校内放送だよ」


 正しい形式に置かれた言葉は、位置付けにより効力を発揮する。

 追放の宣言は追放行為そのものである。


「じゃあね。あなたがわたしを好く以上に、わたしにとってはあなたのことが好きだったよ」


 魔王は、光の粒になって消えた。

 暗い地下道に、亜竜人は残された。


「過失がある俺でなくて、反故にされた側が追い出されるんだ」


 息を長く吐き出し、吸う。

 追いかけるために必要なことが、彼には分かっていた。

 自分自身に指を向け、言った。


「不在なる魔王の代理において、亜竜人ヴィクロム・インヴィットが告げる。

 最も強い言葉で、お前を〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉から追放する。

 どこへでも行くがいい!」


 すると、光の粒になって消え、彼は〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉を出た。




 亜竜人は歩みを緩めた。

 大剣が目に入ったのだ。


「この先へ行くのは、己を倒してからにしろ」


 かつて〈魔王の懐刀〉と呼ばれた大剣使いである。


「そうさせてもらう」


 倒した。



 進むと、光はなく、闇はなかった。


「ここは迷宮である。無形魔王城ヂアハトリーギである。あなたは追ってきてくれたね。

 ちなみにさっきの剣士はあとでまた出てくる」


「簡単なことだ。あなたには〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉の権限があるのだろう。当人がいなければ、俺が権限を代行できると思った。同じところに出るかどうかは賭けだったな」


 彼は手段を答え、追おうと思った動機を答えなかった。不要だからだ。


「被追放者の行く先は多くない。避難者や亡命者は探索者のルーツの一つだよね。

 あるいは、死や追放を宣言されたあと不思議な力で神への畏れを起こす。巡礼や修行地に向かうなら、権力者がこれを止めないこともある」


 史話の中で王たちは言う。お前を死刑に処す前に、もし不思議な力で急に信仰に目覚めたとしたら命は助けてやるから、修行者にでもなれ、と。


「修行とは何の話だ。探索と修行生活は大きく異ならないか」


「異なる。

 そして、迷宮と巡礼路とは、同じことだよ」


 神を祀るある種の公会堂は、床に迷宮の紋様を描く。

 日常的にはただの模様だ。

 儀礼のとき、人はこれを無視しない。沿って進み、縮小された巡礼を経験する。

 迷宮の模式は巡礼の模式である。


 迷宮は、種々の内世界を持つ。探索者が持ち帰るべき驚異の物語を抱える。

 巡礼は、諸世界や系譜や偉業を、一連の旅の中に置き定める。儀礼は神話を繰り返す。


「たしかに、一生のうちに迷宮の一つや二つ潜りきってみたいな。この想いは一昔前の聖地巡りと同じか」


「あなたはこのように追ってこようと、わたしとともにはいられない。

 禁忌を破れば、別れ離れなければならない。

 どうしてもという場合のために試練を課す。洞窟、森、城跡をはじめとする九つの異界を越えれば、わたしに会うであろう」


「どういうことだ?」


「迷宮を特設した。〈幽玄(ユウゲン)歴詞根(レキシコン)ペルペトゥア〉の特殊ルートだ。九つに区分され、各々いくつかの部分からなる。攻略して会いに来い。必ず、来い」


 彼は、あっ好きだ、と思った。


「理解した? どうしても、必ず、来なさい」


「理解した」


 この返事を聞いて少女は、亜竜人の後頭部を掴んで引き下げた。

 その額に、口づけをした。


「このわたし、メオラ・ディアケト=リギカが、最も力ある言葉であなたを祝福する。あなたはどこへでも行ける」


 そんな名前・肩書きだったのか、と場違いな感想とともに、彼は無の空間から浮かび上がった。

 魔王は最奥へと置き定められる。探索者は入り口へと置き定められる。

 迷宮である。



 物語にはお約束がある。


 試練が課されれば、果たされなければならない。

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