星屑の献花儀礼
「花をわたしは愛でる。
野火を煽り自らを焼きながら、次なる芽を準備する花が好きだ。
あるハチがなければ滅び、花がなければハチが滅ぶと、定められた花が好きだ。
路傍に生えて、踏まれるごとに跳ねて種を飛ばす花が好きだ」
大いなる火が夜を照らす。
ここは祭儀場である。
聴き手から相槌が入る。
「我らが長たる王よ。これは性愛の話か」
「わたしは植物の生殖の話をしている。
知れ。花は繁殖に直接には寄与しない。
繁殖を可能とするため、形をなしている。自らを存続させるためよりも、次を生かすという目的に仕える。
勇気をわたしは歌おう。
ある四人の小悪党は勇気により、砂の王から一人の娘を逃した。これもまた一人のわたしだ。かの王の手で、帝国が長年維持した緩衝地帯に統一王朝の礎が築かれ、新たな秩序が広がりゆく、歴史の中の一幕だ」
そして未来語りは始まる。
松明の灯が白い背中を照らす。
彼女はみずから服を裂き背中を晒して、ひれ伏していた。
「今わたしは殺されるべき者ではありません。どうかお願いいたします。
わたしはあなたがたを罠に掛けました。わたしの瑕疵ではありましょう。
あなたがたに打ち負かされて、わたしを守る手立てがない今、生きても、いやらしく恐ろしい武将に屈するほかありません。
虫のよい話とお思いでしょうところ、お願いいたします。なすべき勤めのため、七ヶ月間だけ、わたしを庇護下に置いてください。七ヶ月が過ぎたのちもわたしはあなたがたに隷属し、不要なら売られても殺されても構いません。今は殺さないでください」
命乞いである。
不幸か大不幸か、罠を破り彼女を追い詰めた四人の男は、火事場や戦場で道具や人間を拾っては金儲けに使うのを生業としていた。
「絶対危ないよ。手を出すと後が怖い」
「何が後だ。お前。次の飯時よりも後なんか知るか。俺たちは馬鹿なんだからさ」
「砂のお殿様が目をつけるぐらいだ。値打ちを損なってはならん」
「知らなかったことにできないかな」
「できるもんか」
四人は強盗も詐欺も誘拐も強姦も平気で行なうことができた。行ないながら、武人や騎士としての心得を本気で口にすることもできた。
幸か不幸か、彼女は生まれ育ちに恵まれていた。背に庇って英雄譚に酔い痴れるには都合がよかった。
そして、劇の幕が開く。
領地の敗残処理を済ませ、残された者に少しでもましな境遇を用意する。追っ手たちを退け、支配権の外へ逃げ延びる。目的のための期限を七ヶ月間と切った。
「わたしがやります。下がりなさい!」
「ダメですよ、いけません、あんたが下がってくださいよ! 困ります姫様!」
どちらが主とも従ともつかない、奇妙な関係が結ばれる。
一人が自信満々に言う。
「これで義憤に立たなきゃ男がすたるってもんだろ。計画ならある。まずは下働きの女を薬漬けにして手先とする」
騎士というには、あまりにも野蛮な無頼漢だった。
義侠とは、荒くれ者が都合よく唱える標語だ。
騎士への不適格は死に値した。
追っ手、あるいは刺客が差し向けられる。
コソ泥ふぜいに、抗うすべは乏しい。
「俺は馬鹿だからさ」
「喋るな。じっとしてろ。必ず助かるから」
「文字でも習っていればよかったなあ。きっともっと知恵が回って、あの忌々しい斧野郎にだって騙されることはなかった」
「大丈夫だ。斧野郎は死んだ。生きていればやり直せる」
「なあ。姫様を頼むよ」
「最期みたいなこと言うな」
「頼む」
小悪党の最期だった。
馬鹿だから騙されたと彼は言う。
馬鹿だから死んだ。
馬鹿だから刺客の油断を誘うことができた。
馬鹿だからたびたび他の三人を危機から救い、悪事を重ねてきた。
馬鹿だから、三人に愛された。
「ああ。頼まれた」
義侠とは、荒くれ者が都合よく唱える標語だ。
嘘偽りの士道を、結果的にたまたま正しく行なうことはあったろう。
たまたま正しく行ない、悪で上書きする前に死ねることもあった。
「同様にして残り三人も死ぬ。この未来の話は以前の会合でも歌った。あなたがたは思い出されたか」
魔の王は語る。
大いなる火が夜を照らす。
ここは祭儀場である。
「王よ。あなたは今日、語りをどのように続けるのか。あるときは、四人の犠牲の先に娘は生き延びる。あるときは、四人が死んだのち追っ手に囲まれる」
「二つは相反しない。彼女は四人の小悪党を束ねたよりも強いのだから」
「何? そんな話があるものか。バカみたいではないか。最初から本気を出せ」
聴衆から不満が発された。
巫女の託宣は、楽しまれるべき物語詩でもあった。
娯楽性を欠くことで非難されもする。
「あなたは、小悪党らが生き延びることを望む。彼らが死ぬに任せたことで、彼女を難ずる。
彼らは、困窮し路傍に倒れるのでなく、蔑まれ刑死するのでなく、士道に殉じた。くずが死んで星屑なら上出来だ。
頼る者のないかわいそうな姫様が、彼らが隠れて講じていた悪しき手立ても知らずにいた、とでも言いたいのか。
無垢な姫などない。貴種にとって自らが振るう力への無知は、臣民をたわむれに殺すよりもよほど大きな瑕疵である」
「確かだ。王よ。あなたが正しい。先のように侮ったのは適しないことだった。これもまた一人のわたしだ、と言われたのだから」
魔王譚は繰り返す。何度でも解き放たれる。
依って立つ価値観を変えながら、魔王譚は繰り返す。
「わたしは何度も現れる。召喚され形をとるイメージとして、人がわたしを求める」
「さて、王よ。疑問が二つある。まず、今の話は先のカー少年と似ているようだ」
「あれは力を発揮せずにいた。バカみたいではないか、最初から本気を出せ、と言いたくもなろう。
亜竜人は王にあらず。無知をわたしは咎めない」
「魔王譚文脈の亜竜人とは何なのか。王よ。ウル河の水脈や、尖高峰の山脈は、理解される。文脈とは水脈や山脈に並列されるものなのか」
「答えよう。竜のイメージを引き起こして魔法を使うのが亜竜人だ。
竜とはたとえば、水脈である。
竜とはたとえば、山脈である。
竜とはたとえば、血脈である。
とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。
不特定の長い物語の諸々がわたしを語り伝える。
魔王譚文脈の亜竜人たちは、それぞれわたしのイメージを喚起し、形をもたせる」
「また尋ねる。物語の中で、姫はひれ伏して命乞いなどしなくてよかったのではないか」
語りの中の彼女はみずから服を裂き背中を晒して、ひれ伏した。想定鑑賞者は屈従を読み取ろう。
語る者は答えた。
「あのわたしは何を考えたろう。わたしには知られない。人生で一回ぐらい命乞いをするのもいいというものではないか」
魔王は投げやりに言ってから、締めに入った。
「勇気という美徳をわたしは愛する。
花をわたしは愛でる。
花は繁殖に直接には寄与しない。
繁殖を可能とするため、形をなしている。自らを存続させるためよりも、次を生かすという目的に仕える」
虫や鳥を惹きつけてから散るために作られた形は、美しくなければならない。
王は微笑んで言った。
「小悪党らは勇敢であった」
月明かりが街道を照らす。
ここは国境付近である。
緩衝地帯に統一王朝の礎が築かれ、新たな秩序が広がりゆく、歴史の中の一幕だ。
「さあ。鬼ごっこは終わりですよ」
「砂の殿様が待っておられます」
現実が彼女に追いついた。
追っ手たちが囲む。彼女を守る者はもういない。
姫は毅然と言った。
「邪魔です」
倒した。
追っ手たちは戦闘や喧嘩において優れていた。
そして、一人の小娘を相手に、足止めにもならなかった。
では彼女が小悪党を従えたのは、戦力を誤認させるための策略か。
「彼らが恐怖しつつも立ち向かった、彼らが勇気を示したという、わたしの真実に従って、曲者どもは灰と散れ」
すると、追っ手たちは灰となって散った。
亡国の姫は目を瞑って言う。
「感謝します。悪しき勇士たちよ。愉快で勇敢なあなたがたがいたから、わたしは挫けることがありませんでした」
花は繁殖に直接には寄与しない。
次を生かすという目的に仕える。
散るために作られた形は美しくなければならない。
死者に花を手向けるのは、このためである。




