題を解く:「神々は人間たちを信じるほか、何もできない」
「形骸化の話だ。まず目的に適った形がある。機序がやがて忘れられる。形が力を持つと再解釈される。元来の目的と無関係な因縁譚を纏う。おわかりか。無駄に洗練された無駄のない無駄な動きとは、儀礼行為である」
大いなる祭火が夜を照らす。
ここは祭儀場である。
神がかった女が力ある言葉を述べる。
「さて。あなたがたは、英雄たちの苦難に対して神々が何もしてくれないことを、どうか憎く思わないでほしい。聴き手たちよ。あなたがたが知っている英雄行の一部始終を、神々も最初から知っているのだ。害意や無関心をではなくてむしろ、人間たちへの慈愛と期待とを感じようではないか。
勇気を、わたしは歌う。それによって人間たちが神々の祝福を確信するように、わたしは繰り返し歌う。勇ある行動は、何度でも繰り返されるからである。
一なる竜は常住する。一なる竜は生じたことがなく、滅することがない。
世界が始まって、今のようになり、また今のようではなくなっても、ずっと、竜はある。
世界のはじめに、意欲があった。
『何もない』が弾け、在るものが生じた。
波間が盛り上がり、方位が生まれ出でた。星が生じた。日と月とが生じた。
竜たちのうちいくらかも、このとき生じた。
波間から起こった者たちは、波間へと帰ってゆく。
はじめのうち太陽は、帰るべき波間を見失っていた。
世界の火が燃え続け、西という方位を示した。
今でも最果ての地では、夏になると太陽が帰るべき波間を見失うものである。
神々は天と空と地とを駆ける。
河神たちは流れる。霜神たちは降りる。軍神たちは征する。
わたしは遠い昔を知っている。神々と人間たちとの系譜が生まれ、祭火を焚く以前を知っている。
人間たちは神々の領域に挑む。
人は歌う。人は戦う。人は愛する。
わたしは遠い未来を知っている。神々と人間たちとの系譜が乱れ、祭火を失った先を知っている。
近く、人間たちは数々の苦難を味わう。征服者も被征服者も、有形無形の宝を失わずにはすまない。
勇気を、わたしは歌う。それによって人間たちが神々の祝福を確信するように、わたしは繰り返し歌う。勇ある行動は、何度でも繰り返されるからである」
託宣文学と呼ばれる文献群が、当世に伝えられている。
物語詩で、成立時点で知られている歴史上の人物を語り手とし、当人が生きた時代よりも後のことを語らせるのを特徴とする。
託宣文学のうち前期に属するものは、普遍帝国の衰退、辺境地域の荒廃、荘園の発達といった、成立時期の社会状況を強く反映している、と註釈者や研究者は考える。
前期託宣文学は典型的には、神話詩から始まり、神々や英雄たちの輝かしい行状を描く。過ぎ去ったものである、と語り手は述べる。古き良き諸王はことごとく敗れ、理想は失われてゆく、と予告する。
後期託宣文学は、前期と傾向が大きく異なっている。学術的には前期のみを指して託宣文学と呼ぶこともある。あとで述べる後期託宣の形式が、また韻文体よりも散文体が、写字者、伝承者の間では好まれた。後期託宣散文の形式は長きにわたり広く読まれ、当世にも復古されて新たに作り出されているといえる。
大いなる祭火が夜を照らす。
ここは祭儀場である。
幼くも老成しても見える女が語る。過去と現在と未来とを、炎の中に見出だして、超然と力ある言葉を紡ぐ。
「鐘は輝きを錆に隠し、炎は鎮まり燻るであろう。神の代の諸々のできごとが、わたしには懐かしい。人の世に待ち受ける苦難を、わたしはあらかじめ見ている。広い豊かな大地の上の、多くをわたしは知っている。
メドンツィア、メドンサ、メドゥーサ、すなわち支配する女、というのが、わたしの師匠の名前である。
さて海の人々は、くらげをこの名で呼び習わす。くらげという生物を歓迎せず、効率のいい駆除を求めた。全自動水棲生物粉砕装置である」
今となっては神話に近い、歴史の中の一幕だ。
魔女は恐ろしい魔法の一片を示した。
生き物たちは自ら罠に向かって漂う。
折れる。破れる。千切れる。
抵抗むなしく、引き込まれてゆく。
「きれい」
幼い姫にとって、模られた殺意は美しかった。
魔王の前日譚である。
「わたしは生涯にわたり独り身であり、子がない。男と女、父母、祖父母、叔父叔母、後見人たちの間の複雑な契約を一まとめにした、結婚というものを経験しない。領において妻として記されるはずだった、わたしの個人名は、知られない」
魔王を語り手とする後期託宣の伝本が、後世に流布するある性的な悪評に言及していなければ、比較的古く成立していた可能性が考えられる。
「男と女は、晩秋に先だって、森や洞穴や麦畑の合間にて愛に励み、冬ごもりに入ればなお激しく抱き合い、翌年の夏や秋に子をなす。収穫や冬迎えと合わせて、結婚の儀礼にて、豊穣すなわち繁栄を祝い、穀物を撒き散らす。
犠牲獣の角は加工され、収穫物で満たされる。ありがたく受け取り恩恵に与ることが、わたしにはなかった」
幼い姫はえらかった。えらかったので、泣かなかった。
後頭部から肩に伸びる角を削ぎ落とされたときも、泣かなかった。
「わたしは諸々の収穫具をもって、実を刈り取るであろう」
都城が落ちたのは、月齢の半巡もしないうちだった。
「季節は巡り、神話は繰り返す。コルウァ、コレー、あるいはペルセポネー、プロセルピナ、すなわち娘あるいは脱穀者、というのは大地の娘である。
冥界の主の誘拐するところとなり、果実を地上に持ち帰った。黄泉食いなどの冥界の掟や、現世における冬の季節は、誘拐婚に端を発する。
周知のように、毎朝太陽が昇るのは、夜の間人が火を焚くからである。毎年冬が開けるのは、地下で霊たちが火を焚いているからに他ならない。
秋の木の葉は色づいて地に落ちる。熱を持たず燃える葉は、生者死者の世界を渡る火の粉なのだ。
わたしは遠からず討たれて死ぬ。最も勇気ある人がわたしのもとへ来る。最も美しい死の瞬間が、神話に刻まれ、祭儀のたびに再現されよう。そして誰も、真の起源を覚えない。ゆえにわたしは勇気について繰り返し歌う」
後期託宣散文の内容はきわめて多様である。執筆者たちの時代よりもさらに未来を描くもの、未来の予測を目指さないもの、執筆者たちが知る歴史と異なるもの、予言とは言えないもの、あらゆる物語が含まれる。
託宣の語り手と広く認識されている人物が語る中で進行する、という形式の物語は広く分布しており、全てが当てはまる特徴は少ない。
大まかに、武勇や恋愛の趣を、滑稽味を加えつつ描くものが多いとされる。
前期に比べてまとまりがない一方、語り手となる人物のパターンは前期よりも少ない。
当世の迷宮都市、樹上積層都市〈毒樹枝節経アーバスキュール〉を含む地帯では、もっぱら魔王のなせるわざである。
魔王は、未来を語ることができる。
いつでもない時代でのことだ。
どこでもない場所でのことだ。
「はるかな未来、ある一人のわたしと、わたしの文脈を背負う者が、会う。そのわたしは、『こいつわたしのこと好きすぎだな』と思っている。いま、男について表してみよう。
賢人たちは言う。人生は演劇である。
ならば演じられる苦難に対して、舞台の外の者にできることは何もない。
神々は人間たちを信じるほか、何もできない」
大いなる祭火が夜を照らす。
ここは祭儀場である。
女は剣を手に取った。
「竜魔剣、インウィクトゥス」
インウィクトゥス、当世に言うインヴィットとは、「不屈」を意味する。
踊りが始まる。




