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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
過去編は語り直されよ
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婚礼/葬礼:ライスシャワー・アウトブレイク/コルウァ・ジェイルブレイク

 幼い姫はえらかった。えらかったので、泣かなかった。


 戦利品として凱旋式に参加させられたときも、泣かなかった。

 豪華な衣装は着用者に、立った状態から座る動作だけは許していた。彼女は、自身に許さなかった。

 努めて凛々しく立って、侮りを向けるすべての者を見つめ返していた。


 毎日の終わりに、跪く姿勢を練習する装置に載せられていたときも、泣かなかった。

 決められた時間の間、正しい振る舞いを身体に、屈従を心に刻まれる。

 受けた屈辱を覚えておくのは、望むところだ。


 後頭部から肩に伸びる角を削ぎ落とされたときも、泣かなかった。

 王権の象徴であり、帝国の軍人たちにとっては恐怖の象徴である。


 鋸の刃が左の角に噛み付いたときも、泣かなかった。鋸を引く音が繰り返し頭蓋に反響しても、泣かなかった。

 刃先が左の角にすっかり埋まったときも泣かなかったし、左の角の半ばにあたる最も太い箇所を通過したときも、爪ほどの厚みを残すばかりとなったときも、切断し終えて離れたときも、一瞬遅れて喪失を感じ取ったときも、泣かなかった。

 鋸の刃が右の角に噛み付いたときも、引き進めた間も、切断し終えて離れたときも泣かなかった。両方の角をすっかり失ったことに気づいたときだって、泣かなかった。


「謹んで感謝を申し上げます」


 式法通りに、伏して恭順の意思を表してみせた。


 多くの市民や官吏が安堵を覚えた。

 いくらかの市民や官吏が義憤を覚えた。

 人々はそれぞれ高揚や悲嘆や憐憫を覚えた。


 二人の高官が後悔を覚えた。一人は、「ここまでやる必要があったのか」と。多民族の盟主として抑圧をあからさまに演じては、諸州に反乱の機を与えかねない。

 一人は、「この程度で済ませてはならなかった」と。無邪気なわがまま娘と、油断していた。この場面で平静を装える人物だと分かっていれば、殺していた。


 帝国官僚たちは知っていた。

 王侯貴族が偉いのは受け継ぐ能力ゆえでも豊かな養育ゆえでもない。

 偉いから、偉い。

 忘れなどしない。

 気づいたときには、遅かったというだけだ。

 垂れ下がる二本角を失ってなお、彼女は支配者だった。


 人質の姫がもたらした草木をはじめとする諸物が、地と人とを蝕んでいた。

 都城が落ちたのは、月齢の半巡もしないうちだった。



 建てた壇を祭儀に適せしめる儀について述べる。

 祭主は穀物を撒き散らす。

 穀物とは、じつは光である。

 神々は光でもって区画を清める。

 よって祭主は穀物を撒き散らす。

 穀物を撒き散らすことで祭主は、建てた壇を祭儀に適せしめる。



 諸人生儀礼において、祭儀より戻り来るものに穀物を浴びせることについて述べる。

 穀物とは、じつは光である。

 かつて王ポリルスは山の洞穴に精霊たちを見出した。

 王ポリルスは、光を浴びて初めて、洞穴を出るを得た。

 王ポリルスはこの真実を伝え、祭儀の中にもたらした。

 よって、祭儀より戻り来るものに穀物を浴びせる。

 王ポリルスの名によって、穀物を浴びせることをポリュイスと呼ぶ。



 魔王は解き放たれた。


「わたしは諸々の収穫具をもって、実を刈り取るであろう」


 収穫具の形状は当たり前に、収穫に適している。

 種子や果実が自ら飛び込むかのようにも見えよう。


 魔法とは、こういうものである。




 蛍光灯が教室を隅々まで照らす。

 ここは学園迷宮、〈時空(ジクウ)円周城(エンシュウジョウ)コーギトー〉である。


「僭主の死後には生存説がありました。焼死体を、身代わりだったとするのです」


 教師が語る。

 ヴィクロム・インヴィットが初対面時に魔王を「女児」と考えたのは適切でなかった。

 当世で女児というと、この教師ほどの見た目の子供を指す。

 彼女こそが学術の聖女だ。


 手を叩くと、教室の六方に貼られた黒板から白墨が落ちる。


「書誌情報を挙げておくのです。詳しくは配布資料に書いてあるのです」


 正面の黒板に丁寧かつ力強く板書し、簡潔に説明を付した。


 紐をたぐって、再び活動画幕(スライド・スクリーン)を広げ下ろす。


「僭主の『真の最期』を描く一例を見てみるのです。もちろん創作なのです」


 灯が消える。

 掘り出された記憶が語る日々は、物語に彩られる。

 過去が再生する。




 傑出した個人の活躍が戦場に見出されていた、歴史の中の一幕だ。

 魔王を名告る僭主は、炎の中を逃れた。


「俺の死体など残さぬ。残すのは、誰でもない有象無象の骨だ」


 彼は死すべき場所を知っていた。


「愚民どもは作り物の神を、幾千幾万の命よりも惜しんだ。有形の滑稽な偶像と無形の退屈な儀式とを、終わらせてやるつもりだったがな」


 僭主は多くの信仰を不純とみなし、多くの僭主を偽りとみなし、真の正統を立てようと望んだ。

 古の、帝国に皇帝の血統すら成立していない時代の解放者を、旗印とした。

 僭主が生前すでに神格化されつつあったのは、喜ぶべきか悲しむべきか。


「俺がお前たちを憐れんでやる。模られた神は愛想を尽かしたのだから」


 僭主はたった一人で、巨大な神像の前にたどり着いた。


 神像は偉大さを模っている。

 見るものに畏怖を呼び起こし、隣人との協調を思い出させる。


 神像が崩れ落ちる。

 巨体が足元から傾いで、僭主の上へと覆いかぶさった。


 彫られた顔は見る者に慈悲を向ける。

 ただの石である。

 仰ぎ見る者は優しさを読み取り、見下す者は蔑みを読み取ろう。神像は偉大さを模っている。


「俺は神秘の隠蔽を取り除き、目的を有する形状を見出す。初めまして。美しや。死を与える者よ。わが鬼神よ」


 ただの石の塊が、ただの一人の人間を押しつぶした。


 このようにして一つの魔王譚は時を捉え、一つの魔王譚は時の中へ還った。

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