プロローグ:勇者らの決戦を、霊が語り給え
人の子は理解しないからである。
「五識の鏡」
「分割双剣」
「陽公子、は使えないな」
「引きて押す茶葉結界」
「黒の相乗だと。襤褸の浄」
「重ねること二つか!」
「魔法〈音の向こう側〉」
魔王が押し負けた。
「くく、あっはは。わたしが一本取られたな」
愉快に笑う。
註釈者が伝えるには、「鏡」に淵を定めたことが勝負を分けたという。また「浄」の札を切らなければ勇者らは全滅していたはずだという。
戦いにはそれぞれ文脈がある。
乗り物競争の語りは、乗り物競争のコードに則る。
見世試合は、見世試合のコードに則る。
剣術小説は、剣術小説のコードに則る。
勇者らは魔王を打倒するに至った。最後の戦いは、経験したことごとを踏まえて演じられた。
全貌を把握することは、今や誰にもできない。
「こんなとき君が傍にいてくれると嬉しいな。魔法〈ナイト・オブ・ワイツ〉」
「亡者も、そう思います」
魔王は呪文を唱えた。亡霊戦士が現れた。
「あなたの語る美食を味わわず仕舞いとなりそうだ。魔法〈フォーク・テイルズ〉」
「なあに、わらわが麺でもこねてくれよう」
魔王は呪文を唱えた。幻影狐狸が現れた。
「わたしはあなたの母親ではない。魔法〈ウォー・ホーク〉」
「知っている、知っているとも。俺は分かる男だともさ」
魔王は呪文を唱えた。仮想将軍が現れた。
「魔王軍、総勢一名参陣」
使い魔たちを現出させ、自ら嘲って宣言する。
ここは魔王城である。
残ったのは彼女一人だけだ。
使い魔たちについて、物語の断片が伝えられている。
魔王を倒すに至る旅の中で、立ちはだかったという。
草花に埋もれた廃墟の中で、戦士たちは対峙した。
「生きてた頃のお前となら、ダチになれたかもしれねえな」
「亡者も、そう思います」
敵は首をなくし、決まった言葉を繰り返すばかりだった。
鎧を剥がし、剣を折り、拳で殴り合って倒した。
制した者は、後世の勇者像の中で、拳闘と治療を得意とし実直の美徳を担うとされている。
偉大な河の上で、戦士たちは対峙した。
「まだ、人の子がお嫌いですか」
「おぬしは嫌いではないぞ。楽しかったからの」
敵は尻尾を豊かに実らせていた。
数百年は戻ってこないよう放逐した。
制した者は、後世の勇者像の中で、観察と戦術を得意とし節制の美徳を担うとされている。
いまだ不気味な戦場跡で、戦士たちは対峙した。
「てかおっさん、帝国将軍じゃん。なんでそっち側にいたのさ」
「分かったんだよ、魔王に勝てないことが」
敵は帝国人としての技能と魔王配下としての力を持ち合わせた。
多くを語らず、満足げに死を遂げた。
制した者は、後世の勇者像の中で、魔法を得意とし慈悲の美徳を担うとされている。
最後の戦いは容易に決着しない。
「第二形態だ。見たまえ、婚礼衣装向きではないか。自力で歩けないのだからな」
豪奢なドレスは固定砲台だ。
強大な魔法が飛ぶ。近づこうにも、辺り一面に罠がある。
「逃げ惑うわたしは滑稽だったかな。今度はお前たちが逃げる番だよ」
戦闘場面としてよく知られる。
制した者は、後世の勇者像の中で、剣術を得意とし信頼の美徳を担うとされている。
剣士は仲間の声を頼りに、罠を避けて魔王に接近した。
頭上を掠める致死の魔法も、たびたび不安を煽る囮も、彼を止めなかった。
剣の戦いになれば、魔王をしだいに押し始めた。
ついに剣士が足を斬りはらう。魔王の身体が傾ぐ。
勇者らは、つぶやき声を、魔法の言葉と判じ損ねた。
「あんたなんか大っ嫌い。はりぼて。できそこない。死んじゃえ。死なないで。虚礼から連れ出してくれればよかった。名誉なんて笑い飛ばしてよかった。中途半端に騎士ぶるな。後悔するなら置いていくな」
戦いには文脈がある。
最後の戦いは、経験したことごとを踏まえて演じられた。
「いなくならないで。魔法〈魔王の懐刀〉」
魔王は呪文を唱えた。
大剣が生えた。
胴を貫いて刺さり、失われた足の代わりに身体を支える。
「最終形態だよ」
放っておいても死ぬような状態で宣言する。戦いを続行する。
油断ならない、と相対者は知っている。
勇者らは魔王を倒した。
最終的にどのように倒したかは、明らかでない。
虚構性の高い伝説が曖昧に語るには、過去と未来とをすべて捧げた一撃を放ったという。根拠もなしに倒せることを確信し、賭けられるものをすべて賭けたという。
魔法の戦いの勝利とは、相手を見惚れさせることだった。
余人の知りえない前提のもとで、魔王は感じたはずだ。
「これになら、殺されてもいい」




